第43話 龍の栖(すま)う館
「そういうことか……。大麦はそのまま置いておくと虫が湧くし、場所も取る。だが、この小さな銅貨にしておけば、腐ることもないし、保管も楽だな」
「その通りだ」
俺は頷き、言葉を続けた。
「それに、みんなに給料を支払う。毎日支払う予定だ」
「えっ!? 給料をもらえるのか!?」
村人たちの間にざわめきが広がった。
「ああ。もちろん、今まで通り衣食住はドレイク家がすべて提供する。その上での小遣い……いや、労働の対価としての給料だ。さらに、職人のみんなが作った道具や、農家のみんなが作った農作物は、俺たちの『ドレイク商会』が代表して町へ売りに行く。その売り上げは、ボーナスとしてみんなの給料に上乗せして還元する予定だ」
俺の言葉に、職人たちの目が一瞬で鋭くなった。
「俺たちの作ったものが、町で売れたら、それが自分たちの稼ぎになるのか……!」
むしろ今までなってなかったことに驚きを禁じ得ない。
「さっきも言ったように、今はまだこの銅貨で何も買えないが、近いうちに、村の中に色々な店を作って、この銅貨でありとあらゆるものが買えるようにしていく。服も、娯楽も、もっと美味い酒もな。だから、みんなでこの村を豊かにしていこう!」
「おおおおっ!!」
酒場の中に、地鳴りのような歓声が巻き起こった。
「よーし! 俺は最高の農具を作ってやるぞ!」
「町でどんなものが売れるか、さっそく話し合おうぜ!」
絶望の淵から救われた新住民たちの目に、確かな希望の炎が灯っていた。
◇◇◇
酒場での説明を終えた後、俺たちは新しく建てたコの字型の建物の応接間に集まっていた。
メンバーは俺と、絢乃、茉莉、ルフの四人だ。
「この正門を囲むコの字型の建物全体を、これからは『龍栖館』と呼ぶことにしよう」
俺が地図を広げながら言うと、茉莉が楽しそうに頷いた。
「龍栖館、いい名前ね。龍が栖う場所、というわけかしら。それで悠、この建物の空いたスペースはどうするの?」
「そこなんだ。子供たちが七人いるだろ? 全員十才未満なんだが、子供たちを日中預かる場所が欲しいと思ってさ」
「まあ、それは素晴らしい提案です」
ルフが賛同してくれる。
絢乃が目を細めた。
「子供たちが安全に過ごせる場所があれば、母親たちも安心して開墾や畑仕事に専念できるもんね」
「それに、ただ預かるだけじゃなくて、読み書きや簡単な計算も教えたいんだ。この村を大きくしていくなら、みんなの識字率を上げるのは絶対に必要だからな」
俺の意見に、茉莉が深く賛同した。
「大賛成よ。教育はすべての基本だもの。その学び舎の名前は『龍学舎』にしましょう。敷地内だから安全だし、十才未満の子供たちを育てるには最高の環境ね。もちろん、将来もっと大きな学校が必要になったら、それは堀の外に作りましょう」
「よし、決まりだ。じゃあ、龍栖館のレイアウトはこうしよう」
俺は図面に羽ペンで書き込んでいく。
「北側は、この応接間を含めた管理スペース。西側は、酒場『龍の寝床』と、子供たちの学び舎『龍学舎』。そして東側は、これから本格的に稼働する『ドレイク商会』の本社オフィスだ」
「機能的で素晴らしい配置ですね、悠様」
ルフが感心したようにメモを取る。
「使用人が合計129人。子供の7人を除くと、大人の労働力は122人です。これだけの人手があれば、並行して多くの事業を進められます」
「そうだな。建物は俺がどんどん建てられるから、職人27人には俺の寝殿の近くに作った工房で、もの作りに専念してもらおう。具体的には、畑で使う農具の作成、村の狩猟用の武器防具の作成と修繕、それと革を使った革細工だ。あとレンガもあったな」
「では、残りの95人はどうしますの?」
絢乃の問いに、俺は不敵に微笑んだ。
「全員で、堀の外にある森の開墾と、農地の整備だ。さすがにこれだけの人数分の食料を賄うには、今のドレイク邸の敷地内だけじゃ畑が足りないからな」
「ふふ、何を育てようかしら? 今までのを元にそれ以外の作物も欲しいわね。サトウキビとかサフラン、てん菜もいいわね……」
茉莉が楽しそうに想像を膨らませる。
「よし、そうと決まればさっそくやるか!」
その日の午後から、堀の外では凄まじい開墾作業が始まった。
俺も大斧を手に取り、村人たちに混ざって大木を切り倒していく。スパッ、スパッと音を立てて巨木が倒れるたびに、大地に温かい太陽の光が差し込み、新たな農地としての姿が広がっていく。
飛び散る木屑と、男女たちの威勢の良い掛け声。泥と汗にまみれながらも、全員の顔には未来への希望が満ちあふれていた。
◇◇◇
開墾作業が一段落し、辺りが夕闇に包まれる頃。
俺は一人、静まり返った神社へと足を運んでいた。
隣接する精霊社の前に立ち、『亜空間倉庫』から取り出したばかりの、冷えて透き通った『純米大吟醸』の四合瓶とお供え用の柏餅を差し出す。
お神酒を奉納し、三礼三拍手一礼。
(精霊様。初めまして。悠=ドレイクと申します。これからよろしくお願い致します)
静寂の中、かすかに風が吹き抜け、神社の木々がさわさわと音を立てた。まるで、精霊様が俺の捧げ物を受け入れ、微笑んだかのように。……ささげたものが無くなっている……だと!?
◇◇◇
――しかし、ドレイク村が温かい光と希望に満ちている一方で。
そこから数キロ離れた「狩りの村」には、どんよりとした暗雲が立ち込めていた。
すっかり日の沈んだ薄暗い広場で、狩人たちが泥のついた不味い干し肉を無言で噛みしめている。
「おい……今日のスープはこれだけか? 味が何もねえじゃねえか」
「うるせえ! 女たちが全員いなくなっちまったんだ、作れるわけねえだろ!」
広場には罵声と苛立ちが渦巻いていた。料理を作る者も、水や薪を運ぶ者もいない。さらに最悪なのは、武器や防具を修繕する職人たちまで失ったことだった。
「クソッ……! 弓の弦が切れたが、直せる奴がいねえ!」
「俺の青銅の鎧も穴が開いたままだ。これじゃ、獰猛な動物の草原には入れねえぞ……!」
狩りを生業とする彼らにとって、職人の喪失は死活問題だった。まともな獲物も獲れず、村は急速に困窮し、飢えの影が忍び寄っている。
「全部……あのドレイク村の若造のせいだ……!」
一人の狩人が、暗い憎悪の籠もった目で、ドレイク村のある方角を睨みつけた。
「俺たちの女や職人を騙して奪い去りやがって……。絶対に許さねえ……!」
飢えと怒りに狂った彼らの恨みは、確実に、そして急速にドレイク村へと向けられていく。
領主である男爵がこの地を訪れるまで、残り、あと3日。
最後までお読みいただきありがとうございます。




