第42話 応接間を作ろう
翌朝、東の空が白み始めた頃、俺は神社の境内に立っていた。
まだ夜の冷気が残る澄んだ空気の中、拝殿に向けて深く一礼する。柏手の乾いた音が静寂に吸い込まれ、全身がすっと洗われるような感覚があった。
参拝を終えて鳥居をくぐり、寝殿へと続く玉砂利の道を歩いていると、ちょうどヤマブキ寝殿(南西寝殿)から出てきた絢乃、茉莉、ルフの三人を見かけた。朝の淡い光を浴びた彼女たちは、相変わらず言葉を失うほどに美しい。
「みんな、おはよう。いい朝だな」
「あら、悠君。おはよう。今日も早いね」
絢乃が上品に微笑み、長く艶やかな黒髪を軽く手で払った。
「おはよう、悠。神社の空気はどうだった? 私たちもご挨拶した後、お茶にしようと思っていたところよ」
「悠様、おはようございます」
茉莉が小首をかしげ、お茶目な笑みを浮かべる。その隣では、ルフが姿勢を正し、金色の瞳を柔らかく細めて深く一礼した。
「ああ、すごく清々しかったよ。……ところでさ、みんなにちょっと相談があるんだ」
俺が切り出すと、三人は興味深そうに視線を向けてきた。
「これから村人も増えるし、外部からのお客や、もしかしたら男爵の使者だって来るかもしれないだろ? だから、中央寝殿の南側に『応接間』を作りたいんだ。ちょうどヤマブキ寝殿(南西寝殿)とスミレ寝殿(南東寝殿)に挟まれる位置にさ」
俺の提案に、茉莉が少し意外そうな顔をしながらも、すぐに納得したように頷いた。
「それは良い考えね。私たちは外の人間をみだりにプライベートな空間に入れたくないもの」
「ええ、本当に……。素性の知れない者たちが私たちの住む寝殿に入るなんて、想像するだけで鳥肌が立つわ」
「同意します」
絢乃が肩をすくめ、本当に嫌そうに腕をさすった。元お嬢様である二人と、天使であるルフは、実は揃ってかなりの潔癖症だ。使用人以外の人間が自分たちの居住エリアに足を踏み入れるのを、極端に嫌がっていた。
「特に寝殿は、私たちだけの場所にしましょう。そうとなれば、誰でも気軽に入れて、村人からの要望を聞いたり、商談をしたりする『簡易的な謁見の間』が必要ね」
茉莉の言葉に、ルフも静かに頷いた。
「はい、茉莉様。今後増えるであろう新住民との調整業務や、ドレイク商会の窓口としても、境界線を明確にすることは極めて有効かと存じます」
「よし、許可は得たな。じゃあ、さっそく取りかかるか!」
俺は腕をまくり、気合を入れた。
今回も、スキルで一瞬にして建物を「建築」させることになるだろう。はたから見れば出現したようにも見えるかもしれない。
「悠君、また一人でやるの……?」
絢乃が心配そうに眉をひそめたが、俺は笑って答えた。
「心配ないって! 俺の能力を信じろよ。正確にはスキルだけど……」
「そういう意味じゃ……」
◇◇◇
俺は堀の外に生えてる、巨大なオークの原木を切る。重さにして数トンは下らない大木だが、今の俺の筋力値は人界の限界を遥かに突破している。
ふんっ、と軽く息を吐きながら原木を担ぎ上げると、まるで羽毛でも持つかのように軽々と作業スペースまで運んだ。その様子を見ていた絢乃たちが「相変わらず規格外ね……」と呆れたような笑みを漏らす。
そこからは、まさに圧巻の大工仕事だった。
設計図はすでに頭の中に完璧に描かれている。あれだけ寝殿を作ったんだ、覚えない方がおかしい。
まずはノギスと墨壺を使い、寸分の狂いもなく木材に線を引いていく。次に鋸を手に取ると、凄まじい速度で刃を往復させた。シャッ、シャッ、という小気味良い音が響き、硬いケヤキの木があっという間に美しい柱や梁へと加工されていく。
接合部となる「ほぞ穴」をノミと玄能で穿つ動きは、もはや職人の職人芸を超えて芸術の域に達していた。トントンと規則正しい音が静かな朝の村に小気味よく響き渡る。
「はい、悠君。水分補給をしてくださいね」
絢乃が淹れてくれた冷たいお茶を受け取り、一気に喉を潤す。額にうっすらと浮かんだ汗が心地良い。
「ありがとう!」
ふたたび作業に戻った俺は、加工した大黒柱を地面の礎石へと垂直に打ち立てた。一本、また一本と、巨大な木柱が俺の豪腕によって寸分違わず据えられていく。梁を上部に渡し、木栓を叩き込むと、建物の骨組みが驚くべき強度で一体化した。
屋根板を並べ、滑らかな漆喰を壁に塗り重ねていく。俺の俊敏な動きによって、手作業でありながらも、あっという間にコの字型の見事な平屋の建物がその姿を現した。
中央寝殿の南側に、正門をコの字型で囲った堂々たる佇まい。
その西側の一角には、大きな窓を設けた開放的な空間を作っておいた。
「よし! ここが村の憩いの場、酒場『龍の寝床』だ!」
俺が胸を張ると、茉莉と絢乃、ルフが拍手を送ってくれた。
ちょっと大きく作りすぎてしまったが、用途はあとで考えよう。
◇◇◇
太陽が完全に昇り、暖かい光がドレイク村を照らし出す頃、新しく完成した『龍の寝床』は大盛況となっていた。
新しく移住してきた職人や女性たち、そして以前からの使用人たちが、木の香りが漂う広々とした酒場へと続々と入ってくる。
「うわあ……なんて綺麗で広い場所なんだ」
「それに、この匂いは……!」
彼らの視線の先、酒場のオープンキッチンでは、エプロンを身にまとった絢乃を筆頭に、数人の料理人が料理を並べていた。
大皿に盛られているのは、こんがりと黄金色に焼けた大麦の丸パン、ハーブを効かせた豚肉のソーセージ、そして湯気を立てる具だくさんの野菜スープだ。ちなみにソーセージなど加工食品は悠が作っている。
すべて、絢乃のユニークスキル『ニグ・シュブニト』の権能による永続バフが付与された、至高の朝食である。一口食べれば体の芯から活力が湧き上がり、疲労など一瞬で吹き飛ぶ代物だ。もちろんステータス向上効果もついている。その数値の法則性はまだよくわかっていない。
「さあ、皆さん! 席に着いて、温かいうちに召し上がってください!」
絢乃が朗らかに声をかけると、村人たちは緊張しながらも木製のテーブルに着き、恐る恐る料理を口へと運んだ。
「いただきます!っ!? なんだこれ……美味すぎる!」
「体が、ぽかぽかと温かくなって、力がみなぎってくるぞ……!」
あちこちから感嘆と感動の声が上がる。以前の村では満足な食事すら与えられていなかった人々だ。涙を流しながらスープをすする職人の姿もあった。
彼らが一段落したのを見計らい、俺は酒場の中央に立って声を張り上げた。
「みんな、ドレイク村へようこそ! 美味い朝飯は食えたか?」
「おうよ、村長様! こんなごちそう、生まれて初めてだ!」
一人の若い職人が興奮気味に答える。
「よかった。今日はみんなに、これからのこの村のルールと、新しい『銅貨』について説明したいんだ」
俺は懐から、事前に作っておいた数十枚の銅貨を取り出し、テーブルの上にジャラリと置いた。
青銅の鈍い光を放つその硬貨の表面には、『神仏霊開貨』の文字が、裏にはとぐろを巻く龍の紋様が刻まれている。そして中央には穴があけられていた。
「これは、俺たちが新しく発行する『銅貨』だ。単位は『龍』と呼ぶ。……と言っても、これはまだ本物の通貨じゃない。今はあくまで、俺たちが管理する『大麦の交換権』だ」
村人たちは、不思議そうに銅貨と俺の顔を見比べた。
「大麦一桝につき、この銅貨一枚――つまり『一龍』と交換できる。今はまだ、この銅貨で直接他の物を買うことはできない。だけど、この銅貨をここに持ってくれば、いつでも確実に大麦と交換できる。そしていずれすべての取引はこの銅貨などといった貨幣でされることになる」
すると、移住してきた職人の一人が、あごに手を当てて考え込むのであった。
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