第40話 繋がる村々
ドレイク村の周囲に広がる大森林となった元荒野。俺たち――悠=ドレイクとその一行は、さらなる村の発展と近隣との交易の足がかりを築くため、周辺に点在する集落へと挨拶回りに赴いていた。
最初に向かったのは、およそ二十人ほどの小さな村だった。
かつて俺たちがこの地に足を踏入れたばかりの頃、草むらに隠れて街の情報を聞き耳したあの村だ。当時は姿を隠していたため、村人たちと顔を合わせるのはこれが初めてになる。
「こんにちは! 北の開拓地で新しくできたドレイク村から来ました、悠=ドレイクです! 村長さん、どこですかー!」
村の入り口に立つなり、俺は喉が裂けんばかりの大声を張り上げた。静かな農村に場違いなほどの陽気な声が響き渡り、畑で作業をしていた村人たちが一斉に手を止めてこちらを凝視する。
何より彼らの目を引いたのは、俺たちの奇妙な装いだっただろう。
俺が身にまとっているのは、過酷な開拓の現場に耐えうる実用性に満ちた日本の伝統的な「作務衣」だ。
深みのある藍染めの上衣に、衿元から覗く暗色のインナー。腰元は同系色の太い布帯で固く結び、激しい動きでも乱れないようにしている。
下半身には膝下から絞り込まれた濃い泥色の立付け袴を穿き、膝から足首にかけては丈夫な葛布製の脚絆を隙間なく巻き付け、草や岩擦れから足を護っている。
足元は使い込まれた草鞋をしっかりと締め上げ、大地の感触を直に掴む。泥と木屑に塗れる日常のための、飾り気のない最強の作業着。それが俺たちの正装だった。
それに対して、作業を中断してこちらへ歩み寄ってきた若い女性の服装は、まるで絵本から飛び出してきた中世ヨーロッパの農婦のようだった。
胸元が優雅に開いた生成りのブラウスは柔らかく、肘の上で絞られた袖口には控えめなフリルが揺れている。その上から身につけた深みのある茶の革コルセットは、胸下から腰元までをきっちりと締め上げ、前面の紐通し(レースアップ)が彼女の引き締まった健康的なプロポーションを際立たせていた。
下半身にはくすんだ緑のロングスカートに、斜めに散らしたような泥染めの革エプロン。
腰の無骨なベルトからは鍵束と小さなポーチが下がり、足元には頑丈な編み上げの革ブーツを履いている。
あまりにも異なる異文化の衝突に、女性は呆然と俺たちを見つめ、口を半開きにしていたが、やがて小さく息を吐き出した。
「え? ……あ、ああ。いいよ。案内してあげる」
驚きつつも素直に案内してくれた彼女の後を追い、俺たちは村の奥にある木造の家へと向かった。
通された部屋にいたのは、白髪交じりの髪を短く刈り込んだ、温厚そうな初老の男性だった。
「初めまして、ゴードン=フォスターという。ここフォスター村の村長をさせてもらっている者だ。で、そちらは……」
「初めまして、悠=ドレイクです。新しく出来たドレイク村の村長をしています」
俺が笑顔で自己紹介をすると、ゴードン村長は椅子から転げ落ちんばかりに目を見開いた。
「え!? そ、そちらの村長さんなのか!? 村の代表自ら来ちゃったの!? こうしちゃおれん……歓迎の準備をしなければ!」
「あはは、お気になさらず。立ち話もなんですし、それよりまず、お水を一杯いただけますか?」
俺が肩をすくめて言うと、ゴードンはハッとしたように慌てて外に向かって叫んだ。
「わかった! おい、誰かすぐに冷たい水を用意してくれ!」
少しして、木製のコップに注がれた澄んだ水が運ばれてきた。それを飲み干し、一息ついたところで、俺は本題を切り出した。
「今日こちらにお邪魔したのは、フォスター村へのご挨拶と、今後の交流……つまり交易についてお話ししに来たんです。これが、我がドレイク村からのご挨拶の品になります」
俺は背嚢から、しっかりと紐で縛られた燻製肉の塊を取り出し、机の上に置いた。ちなみに、これがクマの肉だということは内緒である。
「これは……! 干し肉、ですか!? こ、こんな貴重なごちそう、とても受け取れませんよ!」
ゴードンは干し肉のずっしりとした重みと、漂う芳醇な燻製の香りに唾を飲み込みながらも、恐縮して手を振った。
「いえいえ、本当にお気になさらず」
悠が笑って返そうとすると、隣に控えていた絢乃が、あきれたように俺の脇腹を軽くつついた。
「悠君? 『お気になさらず』って言えば何でも通るわけじゃないのよ? ――ゴードン村長様、実は私たちの村では最近、狩猟の成果が上がりすぎてしまいまして、肉の処理に少し困っているのです。もし受け取っていただけないとなると、私たちはこれをまた別の村へ運ばねばならず、少々骨が折れるのですが……」
「お、おお、そういうことなら! ありがたく、本当にありがたくいただきます!」
絢乃の交渉に押され、ゴードンは嬉しそうに干し肉を抱え込んだ。と言うよりも他の村に行くなら自分たちの村で食べようというのが本心なのだろう。
その後は、絢乃が主導権を握り、今後の取引についての詳細な交渉が進められた。
フォスター村の特産品は「ジャガイモ」とのことだったが、今年は種芋の質が悪かったのか収穫量が少なく、自分たちの食い扶持で精一杯らしい。そこで今回は、ドレイク村から木材を供給し、代わりにフォスター村からは川沿いで採れる上質な「粘土」を送り届けてもらうことで合意した。そして、将来的に彼らのジャガイモの生産が安定した暁には、ぜひ優先的に取引してほしいという約束を取り付けた。
その他の細々とした物資の交換は、状況に応じてその都度決めるということで、最初の挨拶は非常に友好的に幕を閉じた。
◇◇◇
次に向かったのは、大麦のほかに大根を多く育てている村だった。
この村に足を踏み入れた瞬間、俺は思わず小さくガッツポーズをした。村人たちが身につけていたのは、フォスター村のような革を使った中世風の服ではなく、ぼろ布を纏っただけの服だったからだ。
「よし、これなら作務衣を着ていても浮くことはないはず。このあたりでの作務衣は革製の服とぼろ布の服の中間ってとこだな」
俺の呟きに、絢乃がクスクスと笑う。たとえ浮いていたとしても、動きやすくて着心地の良い作務衣と脚絆のスタイルを変えるつもりは毛頭ないが。
この大根の村では、予期せぬ大きな収穫があった。
しかし、村長と話すうちに、村の土地が狭く、新しく成人した若者たちに分け与える畑が不足しているという深刻な問題を聞かされたのだ。
「うちの村は土地だけは無駄に余ってますからね。良ければ、畑を持てない若者たちをドレイク村で受け入れましょうか?」
悠が提案すると、村長は涙を流しながら喜ぶ。結果として、二十五人の若い男女がドレイク村へ移住することになるのだった。
村人を受け入れてくれたお礼に、大根を大量に貰ってほしいと言われる。しかし、人身売買をしているようなものなので、丁重に断ろうとしたのだが。あの手この手で言いくるめられてしまい。結局いただくことになった。
もちろん村人との交換ではなく、後払いになってしまうが木材と交換という形にした。
茉莉の推測通りで、木材で取引するのは大変喜ばれる。町で高値で売れるからだ。「レンガの需要が高いということは建築資材の需要として木材の需要も高いはずよ」とのことだ。
交流関係を続けるためにも最初に損をしておいた方がいいらしい。これも茉莉の言葉だ。
俺はすぐに懐から木簡を取り出し、サラサラと茉莉への報告と受け入れの指示を書き込んだ。それを同行してくれた伝達係に渡し、移住を希望する二十五人を率いて先にドレイク村へ向かうよう手配した。労働力が増えるのは、これからの村開発において何よりもありがたいことだった。
◇◇◇
そして最後に向かったのが、大麦の栽培と草原での狩猟を生業にしている村だった。
ここはこれまでの村とは規模が違った。立ち並ぶ建物の数も多く、ざっと見ても人口は百人を超えているだろう。活気はあるが、どこか排他的で、村のあちこちからこちらを睨みつけるような刺々しい視線が突き刺さる。
広場を通りかかったとき、見るからに素行の悪そうな男たちが、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて俺たちの前に立ち塞がった。
「おいおい、見ねえ顔だな。北の開拓地に出来たっていう新参の村の奴らか?」
先頭に立つ、胸板の厚い大柄な男――いかにも村の「狩人」といった風貌のチンピラが、俺を上から下まで値踏みするように見下した。
「へっ、お前みたいなヒョロヒョロなガキが、草原でまともに獲物を仕留められるわけねえだろ。おい、そこの別嬪な嬢ちゃん。そんな頼りないガキなんかより、俺の――」
男が絢乃の肩に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
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