第39話 無手でも倒せる動物
(……まあ…いいか)
今度は錫鉱石を同じように打つ。
カン、カン、カン!
これまた一瞬で、銀白色に輝く『錫インゴット』が出来上がる。
そして、この二つのインゴットを混ぜ合わせるように熱してゴネゴネすると。あら不思議。
手元に残ったのは、独特の鈍い光沢を放つ金属の塊だった。
急いで人目のつかない場所で『鑑定』スキルを使ってみる。
「青銅インゴットだ……マジか……どうなってんだこれ……!?」
鉱石を溶かして比率を調整して、本来なら途方もない時間と技術が必要なはずの合金作りが、ものの数十秒で完了してしまった。スキルの力は本当に規格外だ。
その一部始終を後ろで見ていたジークが、わなわなと震えながら話しかけてきた。
「ゆ、悠様……。私はこれでも、かつて高名な職人たちの仕事を何度か見学させていただいたことがあるのですが……」
「お、おう。ジーク、どうした?」
「鍛冶仕事というのは、熱い炉の前で汗を流し、何度も槌で叩き、冷やし、また叩き……そうしてようやく一つの塊にするものです。見た目は簡単そうに見えても、実際にやってみると温度管理一つで台無しになる、極めて繊細で難しい技術のはずなのです。ですが、悠様が今なさったのは……その、ただ槌で叩いただけにしか見えませんでしたが……?」
「いやあ、まあ、俺って……その……じ、上手だからだよ……あはは」
俺は後頭部を掻きながら笑ってごまかすしかなかった。
ジークの常識がまた一つ崩壊した音が聞こえた気がした。ルフさんの視線が刺さるが気にしない。気にしたってなにもならないからだ。手加減スキルは飾りなのだろう。
◇◇◇
午後からは、村人たちのレベリングを行うことになった。
希望した四十人の村人たちを連れて、村の外の森へと狩りに出かける。
目的は、彼らのステータスを底上げし、万が一の襲撃に備えること。そして何より、村で家畜を飼育し、屠殺して食肉加工する際に、万が一暴れられても怪我をしないだけの強さを身につけてもらうためだ。
「パワーレベリングは依存するからやめておこう」と最初は思っていたが、家畜を飼って自分たちで処理するなら、最低限の強さは絶対に必要だという結論に、四人で話し合って達したのだ。やはり、肉を食べたい。
レベリングの方法はいたってシンプルだが、超強力だ。
まず、ジークやアレスが背の高さの草原の奥へ矢を放ち、動物をこちらに誘い出す。
獲物が近づいてきたところで、同行した茉莉が鋭い柔術で獲物を押さえつけ、身動きを取れなくする。
そこへ、四十人の村人たちが代わる代わる武器で攻撃を一撃ずつ当てていき、最後にトドメを刺す。
「これなら、全員に経験値が行き渡るわ」
一回の狩りを終えるたびに、村人たちから「レベルが上がりました!」との報告が相次ぐ。
どうやら、一撃でも攻撃を当てて戦闘に関与すれば、経験値はしっかりと分配されるシステムのようだ。もらえる量が四十等分されて減っているのかは、彼らの詳細なステータス画面を直接覗くわけにはいかないので正確には分からないが、全員が一律で安全に強くなれるなら、リスク分散の観点からも大正解だ。
「最初は俺が抑える役をやろうと思ってたんだけどな」
俺がぼやくと、隣に立つ茉莉がフンスと鼻を鳴らした。
「何を言っているのよ。私もレベルアップしたいって言ったでしょう? あなたばかり強くなって、私たちが置いていかれるなんて真っ平ごめんだわ。それに、たまには体を動かさないと鈍ってしまうもの」
今日の茉莉はやる気満々だ。
その時、前方の茂みが激しく揺れ、巨大なクマが躍り出てきた。
その鋭い牙と爪を見た村人たちが悲鳴を上げる。
「うわっ、クマだ! でっか――」
俺が前に出ようとした瞬間、茉莉が風のように前に飛び出した。
「下がっていなさい!」
茉莉は美しく長い脚をしならせ、突進してくるクマの眉間へ向けて、目にも留まらぬ速さで強烈な前蹴りを叩き込んだ。
「ガッ!?」
クマが悲鳴のような声を上げて吹き飛ぶ。茉莉は着地と同時に身を翻し、さらに追撃の回し蹴りをその脇腹へと叩き込んだ。
ドゴォン! と重低音が響き、クマはなすすべもなく地面に転がり、意識を失ってピクピクと痙攣している。
「よし、今のうちに攻撃を!」
茉莉が涼しい顔で髪をかき上げながら指示を出すと、村人たちが慌ててトドメを刺しに向かった。
(……クマって無手で倒せるんだ)
悠は放心した様子で見ているが、本人はそれ以上の事を出来ることを完全に忘れているのだった。
結果として、今日の狩りの成果は、野生の牛が二頭、豚が三頭、鶏が三羽、そして茉莉がボコボコにしたクマが一頭。大収穫だ。
「よし! 今日からは朝も昼も夜も、肉をたらふく食えるぞ!」
悠の宣言に、村人たちから歓声が上がる。
狩った獲物は、すべて美味しくいただくのが礼儀だ。クマの肉も、工夫して調理すれば食べられるだろうし、毛皮は良い防寒具になる。
ところで、今回の狩りで牛と豚を積極的に狙ったのには、ちゃんとした理由があった。
実は昨夜、絢乃の「アレルギー」がすっかり治っていることが発覚したのだ。
それを教えてくれたのはルフだった。
「絢乃様。私たちがこちらに転移する手続きを行う過程で、天使たちが肉体を完全に『健康体』にする処置を施してくださっていたのです。ですから、前世で持っていたアレルギーはすべて綺麗に消え去っていますよ」
ルフからそう教えられた絢乃は、最初こそ半信半疑だったが、試しに少しだけ口にしたアレルギー源だった食材も、何の問題もなく美味しく食べられたのだ。もちろん、牛肉や豚肉も例外ではない。
「だからこそ、今日は絢乃に初の牛肉と豚肉をお腹いっぱい食べさせてあげたくて、茉莉と二人でこの獲物を狙っていたんだよ」
俺がそう言うと、絢乃は目を潤ませて俺と茉莉の手を握りしめた。
「まーちゃん、悠君……ありがとう。私、本当に嬉しい……!」
その笑顔が見られただけで、今日の狩りの苦労なんて吹き飛んでしまう。
村に戻ると、さっそく解体作業に入る。
「うふふ、お肉、お肉〜♪」
茉莉がうっきうきで解体ナイフを手に取り、鼻歌を歌いながら手際よく牛の皮を剥ぎ取っていく。
「……あの、茉莉さん? 血まみれになりながらニコニコ笑うのはやめなさい。ほら、後ろでアレスたちが本気で怖がってるから」
「あら、失礼ね。ただの調理の下準備よ?」
美しい顔に一滴の返り血を浴びた茉莉が、小首を傾げて微笑む姿は、正直に言って別の意味でホラーだった。
見かねた俺は、自分でも解体してみることにした。
豚の死体の前に立ち、解体しようとする。
すると、そこには完璧に血抜きされた各種部位の肉(ロース、バラ、モモなど)が綺麗に切り分けられ、磨かれたような白い骨や、なめされた綺麗な皮といった素材ごとに、きっちりと整列して置かれていた。
そして極めつけは……。
「瓶……? 解体したら、瓶に入った状態で血が出てくるのか……? この瓶は一体どこから湧いたんだ……?」
スキルの便利さに感謝しつつも、包装資材(瓶)まで勝手に生成するチートっぷりに、俺は深いツッコミを入れるのを諦めた。
「まあ、綺麗に解体できたし……いいか」
考えるのをやめた俺は、ふと傍らをひらひらと飛んでいる黄色い蝶に目を留め、その行方を目で追いかけながら、のんびりと佇むのだった。
◇◇◇
その日の夜は、村全体でお祝いの宴となった。
絢乃が腕によりをかけて作った、牛肉のステーキと豚肉の角煮がテーブルに並ぶ。
「美味しい……! こんなに柔らかくて、ジューシーなお肉、生まれて初めて食べた……!」
絢乃は頬を落とさんばかりにして、幸せそうに肉を頬張っている。その姿を、俺と茉莉、そしてルフが微笑みながら見守る。
村人たちも、肉をたらふく食べて大満足の様子だ。絢乃の料理の効果で、彼らのステータスがまた少し上がっていることだろう。
食事が落ち着いた頃、俺たちは地下室に集まり、明日の予定について話し合った。
「明日は、いよいよ近くの村へ挨拶に行く日ね」
茉莉が手元のメモを確認しながら言う。
「ああ。俺たちの村が急激に発展しているだろうから、周囲の村との摩擦を避けるためにも、友好関係を築いておきたい。大麦と、挨拶の品として今日作った燻製肉を持って行こうと思っているんだ」
燻製肉は、悠が作ろうと思ったらすぐにできた。過程は言わなくて分かるだろう。
「良い判断だと思います。燻製肉なら保存も効きますし、喜ばれるでしょう」
ルフが小さく頷いて賛成する。
「私もついていくよ! 悠君の隣は私の指定席だもんね」
絢乃が俺の腕に抱きつき、茉莉も「じゃあ私とルフは村に残るわね。楽しんできなさいな」と微笑んだ。
明日はまた新しい一歩を踏み出すことになる。
俺は心強い妻たちと、これから始まる未来に深く胸を躍らせるのだった。
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