第36話 地下室の家族会議
昼間の喧騒が嘘のように、開拓地である村の夜は静まり返っていた。
太陽が沈み、明かりのないこの世界では日が沈むことが一日の終わりだ。あたりから聞こえてくるのは夜風が木々の葉を揺らすサワサワという音と、遠くで時折鳴く得体のしれない生物の遠吠えだけだ。過酷な労働を終えた村人たちは、泥のように深い眠りについている。
そんな静寂に包まれた村の片隅。悠たちの秘密基地だけは、まだ柔らかな橙色の光が灯っていた。
地下リビングの頑丈な木製テーブルを囲むようにして、悠、絢乃、茉莉、ルフの四人が腰を下ろしている。
卓上には、絢乃が淹れてくれた温かいハーブティーが湯気を立てており、甘い柑橘類の香りが部屋いっぱいに広がっていた。その横には、木の実をふんだんに使ったルフの手作りのクッキーが盛られた小皿が置かれている。
「はぁ……。今日も一日、よく動いたなぁ」
悠は背もたれに深く体重を預け、両腕を大きく伸ばして伸びをした。心地よい疲労感が全身を包み込んでいる。
「お疲れ様、悠君。はい、温かいうちにどうぞ」
絢乃がふわりと柔らかい微笑みを浮かべ、悠の前にカップを差し出した。彼女の細く白い指先が、悠の手に触れる。それだけで、昼間の疲れがすうっと溶けていくような気がした。
「ありがとう、あやちゃん。やっぱりあやちゃんの淹れてくれるお茶は最高だよ」
「ふふ、そう言ってもらえると作り甲斐があるわ」
「とてもおいしいです!」
悠のすぐ隣に座っていたルフが、嬉しそうに翼をひらひらと揺らしながらカップを両手で包み込んだ。
悠が『俺たちしかいないんだからイヤリング外していいんじゃない?』と言ったら『それもそうですね』と外して見せてくれた。
小さな口をすぼめてお茶をすする姿は、まるで小動物のようで微笑ましい。
和やかな空気がリビングを満たす中、対面に座る茉莉だけは、静かにカップを傾けながらも、その切れ長の瞳を悠に向けていた。
音を立てずにカップをソーサーに戻す。茉莉は低く落ち着いた声で口を開いた。
「――さて。一日の労をねぎらうのはこのくらいにして、少しお話があるのだけれど。悠?」
「ひゃいっ!?」
急に名前を呼ばれ、悠は思わず背筋をピンと伸ばした。茉莉のその声音には、明確な『お説教』の気配が混ざっている。悠は冷や汗を流しながら、隣の絢乃に助けを求めるような視線を送ったが、絢乃は困ったように眉を下げて苦笑いするだけだった。
「悠。貴方、またやらかしたわね? それに『報連相』を事後報告すれば、なんでも通ると思っていないかしら」
「い、いや、そんなことは決して……! ただ、ちょっと、こう、新しいアイデアが浮かんじゃったら欲望が突っ走っちゃったというか、その……」
悠は人差し指同士をツンツンと合わせながら、気まずそうに視線を泳がせた。
悠は一度何かに集中すると、周りが何も見えなくなるという性格である。「あそこにこれを作ったら便利だな」とか「この資材を使えばもっと頑丈になる」と思いついた瞬間、脳内はその考えで埋め尽くされてしまい、他のことが一切考えられなくなってしまうのだ。
「また周りが見えなくなっていたでしょう? 報告に行かせて、その返事を待って、それから作業に取り掛かる……その時間が待っていられないんでしょう?」
「うぐっ……仰る通りでございます……」
茉莉の鋭い指摘は、悠の痛いところを正確に射抜いていた。完全に図星である。
「それを世間一般では『事後報告』、あるいは『勝手な行動』と呼ぶのよ」
茉莉ははぁ、と深いため息をつき、額を手で押さえた。
「昼間、粘土採掘場に居座って、マリアンに伝言を頼んだでしょう? 『草レンガと粘土のレンガの使い分け』だの、『陶器作りのための年間炭焼き計画』だの……。これほど重要な村の産業計画を、人づての言伝だけで済ませようとするなんてどういうつもり?」
「あ、いや……メールとかメッセージアプリみたいな、手軽に文字で送れれば良かったんだけど。そういうのがないから、つい誰かに頼めばいいかなって……それに帰って来るの待てなくて」
「メール? メッセージアプリ? そんなものこの世界にはないわ。さっさと慣れなさい。だからこそ、重要な決定は直接私のところへ来て相談しなさいと言っているのよ」
「うぅ、返す言葉もございません……」
悠がうなだれると、茉莉はさらにテーブルの上に一枚の図面を広げた。昼間、悠が作った手押し車と防具の簡易設計図だ。
「それから、もう一つ。これが一番の問題よ。ジークとアレスに、鉄製の胸当てを渡したそうね? おまけに、粘土を運ぶための手押し車のパーツにも鉄をふんだんに使ったとか」
「あ……それは、その……頑丈な方がいいかなって……」
「ジークから聞いて肝が冷えたわ。この辺境で『鉄』がどれほど貴重な国家管理資源か、私も分からなかったのだからすぐに報告して頂戴? 調理道具や他にも変えなければならないものがあるかもしれないでしょ? それにジークが言っていた、『近隣の村では良くて青銅、下手をすれば黒曜石の石器を使っているところもある』って下手したら黒曜石にしなきゃいけないかもしれないからね?」
「は、はい……」
茉莉の冷徹な指摘に、悠は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
前世の地球の感覚で、「採掘や防具には鉄を使うのが当たり前」と思い込んでいたが、この異世界――それも動物によって資源輸送が遮断されている極限状態の辺境においては、鉄は貴族や国の軍隊が独占する超高級品なのだそうだ。
早くこの世界の常識になれないと。という焦りが芽生えてくる。
「男爵様の視察が5日後に迫っているのだから…何度も言うようにリラックスしなさい、後ろには私達妻がいるのだからね。堂々と仁王立ちしてるだけでも結構助かるのよ? 落ち着いて行動すれば貴方のやることは私と絢乃が認めるぐらいのことをやってのけるんだから……」
そう言って励ましてくれるのがとてもありがたいし、愛情を感じる。絢乃は財閥の令嬢で社長をし、茉莉は財閥の現当主だ。その言葉は本来ならとても力強く、背中を押すことができるだろうが、当の悠にはあまり響かない。金持ち何それ楽しいの? を地で行く変わり者で、楽しいか楽しくないかで判断して生きてると言いながらも、誰かが困っているとすぐに手を貸して進んで楽しくないことをやるような超お人よしだ。
「それに今あなた『早くこの世界の常識になれないと』と思ったわね? 顔に書いてあるわ。貴方はその考えで、体を壊しかけたのを忘れたのかしら? いい?」
そこで一回止めて重要な言葉を言うために間を開ける。それに引き寄せられるように耳を傾ける。
「『貴方の常識をこの世界に押し付ける』ぐらいの気持ちでやりなさい。貴方は優しすぎる性格だもの、それぐらいでやってちょうどいいと思うわよ」
その言葉に何かもやもやとしたものが吹っ切れた気がした。
「王になるから城設計して」
「ブッ! ちょっと吹いちゃったじゃない! それに、そこまで吹っ切れていいとは言ってないわ!」
飲んでいたハーブティーを吹きながら突っ込んでくる。
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