第35話 メールはないので言伝で
「悠様、リラックスして、目をカッってするイメージです。クウァッではありませんカッです」
という感覚肌の説明を受けた。
(何そのしぐさ可愛い!)
「…わかった。やってみる……『神眼』」
意識を集中させると、視界が急激に歪み、世界の色彩が反転した。
壁を透過し、地面の底まで見通せるようになる。
(うーん、これってゲームの神視点ってやつに似てないか? いや、どちらかと言うとCG制作ソフトのカメラ操作みたいな感じか。視点そのものを移動できる感じ)
「……これだけじゃ、どれが粘土でどれが普通の土か分からないな」
「では、そこに『鑑定』を重ねてみてください!」
ルフの声に従い、私は神眼の視界の中に鑑定をかける。
すると、地中の中に詳細な情報ウィンドウが重なり合うように出現した。地中を泳ぐように視点を動かしていくと、村の南西の方角に、ひときわ濃厚な粘土質が集まっている場所を発見した。
「見つけた……! 南西のあのエリアだ。かなり深いところまで良質な粘土が眠っているよ」
「さすが悠様です!」
ルフが嬉しそうにパチパチと手を叩いた。
すぐにルフにお願いして、村人たちをその南西の場所へと案内してもらうことにした。その間に、私は採掘作業の効率を劇的に上げるための道具を作ることにした。
「土を運ぶなら、手押し車が必要だな」
私は木材と簡単な金属パーツを取り出し、スキルを駆使して作業を開始した。一輪でバランスの取りやすい頑丈な手押し車だ、確か猫車とも呼ばれていたはずだ。村人たちの軽い力で大量の土砂を運べるようにとこれにした。
トントンカンカンと小気味よい音を響かせ、短時間で数台の手押し車を完成させる。
「よし、これで完璧だ!」
満足げに汗を拭ったその瞬間、重大な事実に気がついて私は硬直した。
「……あれ? この作った複数の手押し車、どうやって粘土採掘場まで運ぼう?」
作ることに夢中で、運搬要員をすべてルフの案内について行かせてしまったのだ。手元には俺一人しかいない。
結局、私は一番大きな手押し車の上に、他の猫車をパズルのように積み重ねてロープで固定し、それを自分で押して運ぶという、なんともマヌケでシュールな姿で粘土採掘場へと向かう羽目になった。
「……やっぱり計画性は大事だな」
車輪の軋む音と共に現場へ到着すると、そこにはすでにルフに率いられた村人たちが集まっていた。彼らは俺の奇妙な姿に一瞬あ然としたものの、運ばれてきた画期的な道具に目を輝かせた。
「す、すごい道具ですね、悠様! これなら一気に土が運べます!」
「これを使って、円形にどんどん露天掘りしていこう。掘り出した土は無駄にはしないようにな」
悠は採掘作業の指揮を執りながら、今後の作業を説明した。
「表面の質の低い土は、干し草と混ぜて乾燥させ、日干し煉瓦にする。それを軽く焼いて『草レンガ』として、村の建物用や、安価な普及品として売り出そう。そして、深いところから採れる粘土は、しっかり焼成してレンガとして町へ出荷するんだ。という事を茉莉に相談してみよう」
「承知しました! 使い分けるのですね! 最後のやつがなければかっこよかった!」
ジークが感心したように頷く。
「報告連絡相談は大事なのだよ」
「それと、土器の壺だけじゃなくて、いずれは滑らかな『陶器』も作りたいと思っている。そのためには、もっと高温で焼くための『木炭』が必要だ。周囲のまばらな木々を計画的に切り出して、炭焼き窯も作らないとね。というのも茉莉に報告しておく」
陶器は欲しい。だからどうしてもこの案は通したい。いずれは湯呑を……
この地には美しい四季があり、今は爽やかな春の季節だという重要なことをジークがさらっと言っていた。
「今のうちに、冬に向けての薪もしっかり確保しておかなければならない。この件は、すぐに茉莉に共有して、村の年間計画に組み込んでもらおう」
報告をマリアンに頼んで、俺はここに残ることにした。メールという物がないのだから人に頼むしかない。
目の前で活気づく村人たちの姿を見つめながら、私は開発の確かな足音を感じていた。
◇◇◇
開発と並行して、もう一つの重要な課題である「村人の訓練」も開始した。
生活圏を広げ、動物や外敵の脅威から身を守るためには、村人たち自身が強くなるしかない。
「まずは無難に、基礎体力をつけるところから始めよう」
俺は希望する村人たちを集め、スクワットや腕立て伏せ、ランニングといった地味な基礎トレーニングを課した。
この世界では、筋トレによって見た目が変わることはジークの話にもあった、つまりそれに伴ってステータス上の数値も向上するというのが俺の仮説だ。
俺は訓練の様子を少し離れた寝室、『神眼』と『鑑定』を併用して観察した。
「ええと、みんなのステータスは……」
見えた数値をメモ帳に書き留めていく。
一般の村人たちは、驚くほど一律の数値だった。
レベルは全員「1」。
ステータスは、筋力や敏捷などすべての項目が「オール4」で統一されており、HPは「13」だった。
それに人間族が『亜人種』に分類されていることに驚いた。
(全員が同じ初期値なのか。ここから訓練でどう変化していくか、観察が必要だな)
次に、私はジークとアレスを呼び出し、彼らには「弓」の訓練をさせることにした。接近戦は体が出来てからにして、遠距離から敵を仕留める技術を習得するためにも、体づくりのためにも、極めて重要だからだ。
「二人とも、まずはこの弓を持ってみてくれ」
「は、はい……!」
手渡された木製のしっかりとした弓を手に、ジークもアレスもガチガチに緊張していた。初めて触る武器の感触に、彼らの指先は微かに震えている。
(経験値が入るシステムについても検証したいところだな……)
悠は弓を引く彼らを見守りながら、経験値を得るというシステムがこの世界にどう適用されているのかを思考した。
一撃でも敵にダメージを与えれば経験値が入るのか、それとも最後にとどめを刺した者にしか入らないのか。
もし前者なら、2人が敵に一撃を入れて俺が倒すという「パワーレベリング」が可能になる。しかし、それはあまりやりたくないのが本音だった。安易にレベルだけを上げても、実際の戦いにおける身のこなしや判断力、何より『実戦の恐怖に打ち勝つ心』が育たないからだ。
強敵に立ち向かい、葛藤を乗り越えてこそ真の強さが身につく。だが、ここは「死=ゲームオーバー」の過酷な現実世界だ。安易に彼らを危険に晒すわけにもいかない。そのジレンマが悠の胸を締め付けた。
考えを切り替えるように頭を振り、俺はあらかじめ用意しておいた防具を取り出した。
「二人のために、これを作っておいたんだ。訓練の時から身につけて慣れておいてくれ」
「これは……鉄製の胸当てと兜ですか!?」
ジークがそれを見るなり、驚愕のあまり声を裏返した。
「悠様、鉄は超高級品ですよ! 我々のような開拓村の農奴が身につけていいものではありません! 近隣の村でも、良くて青銅製の武器、噂に聞く限りでは未だに黒曜石の石器を使っているところもあるというのに……!」
「えぇ……時代がゴチャゴチャすぎるだろ……ってことは農具と採掘道具も青銅製に変えておかないと。……猫車も変えないとな」
私は思わず頭を抱えた。鉄器と青銅器と石器が同じ時代に混在しているなど、地球の歴史観からすればあり得ない。
しかし、ジークの説明を聞いてその理由が氷解した。
「仕方ありません。山に入ろうにも、そこには野生動物とは比較にならない強さの『魔獣』がのさばる深い森を抜けなければなりません。内陸部にも山がありますがそこから取れる鉄は貴族たちによって厳重に管理されています。海に出ようとすれば、すでに海岸線は頑強な『海の魔獣』に占拠されており、近づくことすらできません。資源の輸送も、技術の伝播も、魔獣のせいで完全に遮断されているのです」
「そんな過酷な状況なのに、なんで同じ見た目同士(人間族と人族)で戦争なんてしてるんだよ……南はどうなの?」
この世界のあり方に、私は虚しさを禁じ得なかった。ジークはさらに、この国の絶望的な地理状況を教えてくれた。
「この国の南は、別の国ではなく海です。西には『人族』の国が控え、北の山林には陸の魔獣、東と南の海には海の魔獣……。まさに四方を敵と怪異に囲まれた状態です」
「よく今まで国が滅びなかったな……」
「唯一の救いは、国の北西から南と東にかけて連なる巨大な山脈です。これが天然の城壁となり、人族が一斉に大軍で攻め込んでくるのを防いでくれています。人族の国と陸路で繋がっているのは、南西の極めて狭い一部の地域だけなのです」
「……それって、こちらからの逃げ道もその狭い一箇所だけってことだよな?」
私が指摘すると、ジークは言葉を詰まらせ、暗い表情で頷いた。
最悪の立地条件だ。もしその南西の関所が突破されれば、この国は逃げ場を失い、完全に袋のネズミとなって滅び去るだろう。
(急いで村の戦力を整えないと、貴族の身分を手に入れる前に国ごと滅ぼされかねない……)
背中に冷たい汗が伝わるのを感じながら、私は決意を新たにした。
「……よし。まずは茉莉に相談しよう」
もし効率的かつ安全な「パワーレベリング」の手段が見つかれば、その実行の許可を。それか難しいだろうが、私が必ず近くで護衛として付き添うことを前提とした「実戦訓練」の許可をもらう。
愛する妻たちと、この平和な村での暮らしを守るため、村の人たちを飢えさせないため、強くなってもらう。
遠くで響くアレスの放った矢が的を外れて草むらに消える音を聞きながら、私は迫り来る時代の荒波に対抗するための計画を、頭の中で練り始めるのだった。
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