第31話 アイデアはやらかしの中から
「よし、許可はもらった。それじゃあ本題の特産品について話し合おう」
部屋に戻った悠は、懐から取り出した真っ白なノートを広げ、ボールペンをノックした。
「まず、昨日決めた『壺』と『レンガ』は生産を確定させる。それ以外に、街で不足しているものや、高く売れそうなものは何がある?」
ジークフリートが顎に手を当て、記憶をたどる。
「そうですね……。街では食料全般、特に長期保存ができる魚、それと調味料が常に不足しています」
「お肉! 俺、お肉が食べたいな!」
アレスが元気よく挙手する。
「アレス、今はお前の要望を聞いてるんじゃないぞ」とジークフリートが窘めるが、悠はペンを回しながら考え込んだ。
「いや、アレスの言うことも一理ある。俺なら森でいくらでも動物を狩れるから、その肉や皮、素材を売れば大きな利益になる」
「それは魅力的ですが……村長様お一人しか狩れないとなると、特産品としての継続性に欠けます」
マリアンが冷静に指摘した。
「そう言われればそうだな。俺がいないと回らない仕組みは、村の産業とは言えない。村の連中だけでも生産できるものじゃないとな」
そう言いながらも罠を仕掛けたりなどして、狩りをしやすくできやしないかと考える。頭の中の今度やることリストに入れておく。
「それなら、ヤマブキ様たちが獲ってくる魚を、保存の利くように香辛料漬けの壺詰めにしたり、干した魚に加工して売るのはいかがでしょうか」
マリアンが補足する。
「壺詰めと干物か、いいね。……じゃあ、こういうのはどうだ? 『燻製』にすれば、さらに保存が利いたはずだし、味も格段に良くなる」
「くんせい……?」
ジークフリート、マリアン、アレスの三人が、同時に首を傾げた。
「知らないのか? 木を燻した煙で、肉や魚をじっくりいぶす加工法だよ。独特の香りがついて、保存性もめちゃくちゃ高くなるんだ」
「そんな奇跡のような保存方法があるのですか!? もしそれが本当なら、特産品として間違いなく高く売れます!」
ジークフリートが興奮気味に身を乗り出す。
「よし、燻製もリストに入れておこう」
悠はノートに『燻製』とサラサラと書き込んだ。
その様子を見ていたジークフリートが、ふと悠の手元を指差した。
「……あの…その手に持っている、白くて薄くて滑らかな板みたいなの、何でしょうか?」
「え? ああ、これ? メモ用の……あ」
悠はピタリとペンを止めた。背筋を冷たい汗が流れる。
(やらかしたあああ!!! 紙だ! この世界、紙はまだ普及してないんだった!)
この世界での記録媒体は木簡が基本。上位の貴族がようやく羊皮紙を使う程度で、それすら非常に高価な代物だ。現代日本の、純白で均一な厚みのノートなど、存在自体がオーバーテクノロジーの極みだった。
「あ、ああ、これね! 羊皮紙だよ、羊皮紙! ちょっと特殊な加工がしてあるんだ!」
悠は引きつった笑みを浮かべ、必死に言い訳を取り繕う。
「羊皮紙ですか?」
ジークフリートが目を細め、ジリジリとノートに近づいてきた。
「実家で羊皮紙を触ったことあるのですが、こんなに薄くはなく、もっとゴワゴワしてて獣の匂いがしていました。何より、こんなに白くありませんでしたよ?」
ジークフリートがノートの端を指先でツンツンと触る。その懐疑的な視線に、悠は完全に冷や汗が止まらなくなった。
「くっ……! こ、これはだな……『布紙』って言うんだ! 亜麻の古布を細かくすり潰して、薄く伸ばして乾かした特別なものなんだよ!」
異世界ファンタジー物の小説やゲームの記憶を頼りに、紙に似たものを思い出す。
「布紙……?あの亜麻布から作った紙なのですか?」
ジークフリートが驚きに目を見張る。
「これはすごい! 羊皮紙みたいに重くないし、手触りも滑らかだし、文字がすごく書きやすい!村長様、これを特産品にして売り出せば、大儲けできるじゃないですか!?」
ジークフリートが身を乗り出して興奮する。
「えっ……紙を特産品に?」
悠はハッとした。
原料は亜麻。この世界で通貨としても使われている亜麻布と同じだ。
(ちょっと待てよ……。取れたての亜麻や新品の亜麻布を使うとコストがかかるけど、村人や街の人たちから古くなってボロボロになった亜麻布の服を安く買い取って、それを原料にして紙を作ればいいんじゃないか? 栽培した亜麻は亜麻布に加工する感じで)
古布のリサイクルによる紙の製造。
これなら原材料費を極限まで抑えつつ、高級品である紙を量産し、高値で売ることができる。
それに豪商人たちとかの蔵にため込んだ亜麻布を出させることができるかもしれない。
「いける……! 古布を買い取って布紙を作る。これも特産品リストに決定だ!」
悠は確信を得て、ノートの『布紙』の文字を大きく丸で囲んだ。
「全体の方向性が見えてきたな。
農業、漁業といった一次産業で原料や収穫物を確保しつつ、土器や燻製といった加工品を作る二次産業を展開する。
さらに、他の場所から古布や安価な原料を買い取り、加工して付加価値の高い商品にして売る。このサイクルでいこう!」
「うん!これなら男爵様を驚かせることができると思います!」
ジークフリートが力強く頷き、マリアンも頼もしく微笑んだ。
こうして、ドレイク村を貴族の領地へと押し上げ、安住の地を手に入れるための壮大な特産品計画が、本格的に動き出すのだった。
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