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異世界でも楽しんで生きていこう  作者: 弥人(ヤアド)
第一章 辺境での身分確保と安寧への道
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第27話 泥を流し腹を満たす

 夕焼けがきれいに映るドレイク村の敷地内、拠点の正門へと続く木橋の袂まで辿り着いた時、そこには三人の人影が待っていた。

 悠が率いる四十七人の新しい村人という大所帯を目にした瞬間、妻の一人である茉莉は、美しい眉をひそめて呆れたような溜め息を吐いた。


「……悠。私、町へ行って『情報を集めてきて』とは言ったけれど、『村人を集めてきて』とは一言も言っていないわよ?」


「あはは……いや、成り行きというか、気づいたらこうなっちゃってさ」


 悠が申し訳なさそうに頭を掻くと、茉莉は即座に思考を切り替え、隣に立つルフへと耳打ちした。


「ルフ、急いで地下にあるお肉以外の食材を高床式倉庫へ運び出しなさい。彼らに高価なお肉を見せるのは、まだ早すぎるわ」


「はい、承知いたしました」


 ルフが素早く姿を消すと、茉莉は鋭い視線を悠へと向けた。こちらに来いという事らしい。


「悠、私たちがこの方たちに明日からの仕事の割り振りや説明をするから、北東対の区画に『大衆浴場』を作りなさい。それと、寝殿からそこへ続く渡殿もね。急ぎながら、かつ静かに終わらせること。いいわね?」


「おっけ、速攻で作ってくる」


 茉莉のテキパキとした指示のもと、広場では難民たちのグループ分けが始まった。建築班、畑の開墾班、そして近くの川での釣り・水汲み班。

 茉莉は当初、小さな子供や赤子を抱える母親たちは仕事から外し、ゆっくり休ませるつもりだった。しかし、ボロ布を纏った子供たちは痩せてはいるものの、どの子も賢く、生き生きとした熱意を瞳に宿していた。


「おねえちゃん、俺たちも働けるよ! 何でも言って!」


「奥様、私も赤ん坊を背負ったまま畑仕事できます! どうか、タダ飯を食わせるマネだけはしないでください!」


 口々に泥のついた小さな手や、傷だらけの手を合わせて懇願してくる親子の熱意に押され、茉莉もしぶしぶ作業への参加を許可した。ただし、怪我をするような危険な仕事は絶対にさせないと心に決め、軽作業といった安全な仕事へと割り振っていった。


 その頃、一行の中でひときわ気品を漂わせていた少年――ジークフリートと、その傍らに控える従者のマリアンは、目の前に聳え立つ日本の平安貴族の寝殿造を彷彿とさせる豪奢な建物を見上げ、言葉を失っていた。


「な……なんだ、この建物は……!? こんな巨大で美しい木造の邸宅、王都の公爵家でもお目にかかれないぞ……!」


「坊ちゃま……ここは本当に、開拓中の辺境なのですか……?」


 ジークフリートとマリアンが顎が外れんばかりに驚愕している間にも、悠の作業は爆速で進んでいた。

『亜空間倉庫』から切り出された極上の木材と石材が、悠の建築スキルのもとで吸い付くように組み合わさっていく。ものの十数分で、北東対の区画には立派な瓦屋根を持つ2つの大衆浴場が立ち上がり、さらに雨に濡れずに移動できる情緒溢れる渡殿(渡り廊下)が寝殿とを繋いだ。東側の居住区画である東対も、ついでとばかりに建築が完了する。


「よし、男湯と女湯、それぞれ巨大な五右衛門風呂を二つずつ設置完了!お湯もバッチリ沸いたぞ!」


 ◇◇◇


「……おいおい、マジかよ……。なんだよこの広さと、湯気は……。夢でも見てるんじゃないだろうな」


 大衆浴場の男湯に足を踏み入れたジークフリートは、ヒノキの香りが充満する広い洗い場と、波々と温かいお湯が注がれた巨大な風呂桶を見て、口を開けて呆然としていた。


「おいジーク、口動かしてる暇があったら手伝ってくれ。ほら、チビっ子たちから順番にお湯にかけるぞー」


「あ、ああ……分かった!」


 悠は慣れた手つきで、男の子たちの頭や体を泡立ちの良い石鹸で優しく洗い流してあげていた。長年の泥と煤が落ち、さっぱりとした表情を浮かべる子供たちに、悠は微笑みかけた。


「そういやみんな、おいくつかな?」


「俺、十歳!」


「僕は十二歳です!」


「俺は十四だぜ」


 口々に答える少年たちの年齢を聞き、悠は目を見開いた。

 みんな十歳から十五歳だというが、栄養失調のせいで背丈は地球の小学生低学年並みに小さく、洗って現れた肋骨は皮一枚で浮き上がっていた。


(……くそっ、こんなに痩せ細っちまって。腹いっぱい食わせて、絶対に丸々と太らせてやるからな)


 悠が胸の奥で固く誓っていると、洗い終わった少年たちが「うわあぁ、温かい!」「気持ちいいよー!」と歓声を上げながら湯船へと飛び込んでいった。

 悠とジークフリート、そしてアレスの三人も、ゆったりと大きな湯船に身を沈めた。


「ふぅぁぁぁ……生き返るなぁ……」


 悠が深いため息を漏らすと、隣で肩までお湯に浸かったジークフリートが、湯気に包まれながらポツリと呟いた。


「……信じられないな。つい数時間前まで、あの汚い泥の上で死を待っていたなんてさ。にーちゃん……あんた、本当は何者なんだ?」


「ん? ただの…なんだろうな、自由人かな。まあ、みんなで楽しく生きていきたいだけの、ただの男だよ」


 悠がニカッと笑うと、小さなアレスもお湯をパシャパシャと叩きながら「ゆーにいちゃん、お風呂たのしい!」と笑顔を見せた。ジークフリートもまた、強張っていた表情を緩め、初めて年相応の柔らかな笑みを浮かべるのだった。


 ◇◇◇

 

 「お、おいしい……! こんな美味しい粥、生まれて初めて食べた……!」


「どうしてこんなに旨味があるの……!?」

 

 風呂から上がり、清潔な服に着替えた村人たちが通されたのは、広々とした大広間だった。

 そこに並べられたのは、妻の綾乃が腕を振るった温かい大麦と米の混ざり飯、出汁の効いた野菜たっぷりの味噌汁、そして野菜の煮物や漬物だった。

 あまりの美味しさに涙を流しながらがっつく村人たち。きちんと『いただきます』して食べているので、問題ない。そこは、この世界でも同じようで、びっくりした。


 食事が終わった後、皆思い思いに過ごす。


「奥様達にお料理を作らせるなんて…申し訳ございませんでした! 明日からは私どもが……!」


 女性たちが慌てて料理の手伝いを申し出たが、綾乃はエプロン姿で胸を張り、眩しいばかりの気迫を放った。


「ダメですよ! お料理は私の生き甲斐なんですから、譲れません! でも、お野菜の下ごしらえや配膳なら大歓迎です! 明日から一緒においしいご飯を作りましょうね!」


 綾乃の圧倒的な「料理愛」に気圧された女性たちは、「は、はいっ!」と素直に頷き、嬉しそうに皿洗いをしていた。


 その大広間の片隅で、悠、茉莉、ジークフリートの三人は車座になり、今日あった出来事の情報交換を行っていた。


「……でね、街の北西地区で警戒されちゃったからさ。手っ取り早く信頼してもらうために、俺が『龍神族』だって打ち明けたんだよ」


 悠がケロッとした顔で報告した瞬間、茉莉の表情が凍りついた。


「……は? ちょっと悠、バカなの!?」


「ひっ!? い、いや、だって人族を怖がってたからさ……」


「正体を明かすなんてリスクが高すぎるでしょう! それで、他に見られた人はいるの!?」


「えーっと……見られた人たち、約五十人全員をここに連れてきたんだけど……」


「さらにバカなのーーーーっ!!?」


 茉莉の凄まじい雷が落ち、悠は小さくなって頭を押さえた。

そのやり取りを見ていたジークフリートが、ふっと鼻で笑い、少し見下すような口調で口を挟んだ。


「フン、なんだ。あんたたち、夫婦揃って案外チョロいんだな。俺ならもっとスマートに――」


 言いかけたジークフリートの言葉は、ピタリと止まった。

 茉莉が悠から視線を外し、氷のように冷たく、圧倒的な威圧感を孕んだ瞳でジークフリートを射抜いたからだ。


「……何か言ったかしら、ボウヤ? 一人前に働いてから口をききなさい」


「――っ!?」


 ジークフリートの背筋に、ゾクリと恐ろしい悪寒が走った。

 目の前にいる美しい女性は、自分など一瞬で捻り潰せるほどの絶対的な主導権を握っている。それを本能で理解したジークフリートは、一瞬で背筋を伸ばし、顔を青くして頭を下げた。


「ぶ、無礼を失礼いたしました……! 申し訳ございません、奥様!」


「よろしい。……ところでジークフリート。あなたのその身のこなし、言葉遣い、そしてマリアンの立ち振る舞い。ただの平民ではないわね?」


「……隠すつもりはありません。俺は、元貴族の家系です。そしてマリアンは私の侍女です」


 茉莉は満足そうに頷くと、静かな声で告げた。


「いいわ。ジークフリート、あなたを今日から『ドレイク家』の【執事】に抜擢します。そしてマリアン、あなたは執事補佐として彼を支えなさい。この家と村の管理、雑務の取りまとめを期待しているわ」


「えっ……お、俺が、ドレイク家の執事に……!?」


「まさかいやだとでも言うつもりかしら?」


「いいえ!謹んで、拝命いたします!」


 ジークフリートは深々と頭を下げた。ただの村人ではなく、正式な役割を与えられたことに、彼の瞳には確かな誇りと光が宿っていた。


 その後、悠は街でハンナと交わした「七年間の税金免除」や「一週間後の視察」、レンガの取引についての情報を共有した。

 お返しとばかりに、執事に就任したジークフリートから、この王国の頂点に立つ貴族たちの情報が語られた。


「このウィルダム王国の当主は、国王【ウィルダム=ヴァン=アキレス】様。王都ノヴァルカを中心に治めておられます。そして、その下に王都に居を構える三大公爵家――【バルトロメウス=アルデン=アキレス】、【ランドルフ=ハルデン=アキレス】、【ギルベルト=ゼファー=アキレス】の三家が存在します」


「へえ、みんなアキレスって名前が入ってるんだな」


「王家の血を引く最高位の貴族ですからね。さらに、地方の広大な領地を治める強力な『四侯爵』が存在します。それぞれ通称で呼ばれていまして……」


「通称?」


「ええ。『鶏侯爵』ことガルドラン=アヴィス=アイゼン様。『牛侯爵』ことゼノス=ヴァッカ=テスタ様。『豚侯爵』ことバルドス=セルド=ギルガメス様。そして『羊侯爵』ことレグナルド=アニュス=メディウス様です。ここらの地域は牛侯爵の支配領域でもあります」


(鶏、牛、豚、羊って……なんだか美味しそうな名前の侯爵たちだな)と悠は能天気な感想を抱いたが、ジークフリートの解説をしっかりと記憶に留めたのだった。


「バカ(ヴァッカ)…ね」


(茉莉そこ気づいちゃダメ)


 ◇◇◇


 情報共有が終わる頃、完成した『東対』の建物へと村人たちが案内された。

 そこは、ほのかに木の香りが漂う畳敷きの綺麗なお部屋だった。頑丈な壁と屋根、厚手の温かい布団が用意された空間を目にし、村人たちは再び感動に震えた。


「こんな……こんな素晴らしいお部屋に、私たちが住んでもよろしいのですか……?」


「ああ、もちろん!家が新しく建つまでの仮住まいだけど、ゆっくり体を休めてくれよな!」


 悠が爽やかに笑いかけると、村人たちは何度も頭を下げ、涙を拭いながら温かい部屋の中へと入っていった。泥の上で凍えていた日々が、まるで遠い昔のようだ。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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