第21話 レンガは大麦じゃなくて油
開拓地から歩くこと数時間。
目の前に、木製の防壁と、粗末な木製の門が見えてきた。
門の手前には錆びついた槍を手にした、やる気のなさそうな二人の門番が立っていた。彼らは手押し車を押してやってくる悠の姿を認めると、面倒くさそうに槍の柄で呼び止めた。
「おい、待ちやがれ。ん? 昨日北に行ったやつじゃねえか。その手押し車の中身は何だ?」
「おはようございます。町で売るためのレンガを持ってきました」
悠が愛想よく答えながら、手押し車に被せていた葛布をめくると、そこには赤褐色の美しい直方体が整然と並んでいた。
悠が今朝、性能差の暴力とも言える焼成窯で焼き上げた、高品質のレンガである。もうちょっとうまくできたかもしれない。
「あ? ……なんだこりゃ。レンガか?」
一人の門番が手を伸ばし、そのうちの一つをつまみ上げた。その瞬間、彼の顔からだらしない表情が消え失せた。
「おいおい……妙に重いし、角が少しも欠けてねえ。それにこの滑らかさは何だ? まるで磨き上げた石のようじゃねえか。……おい、これを見ろ」
もう一人の門番も引き寄せられるようにレンガを覗き込み、自身の指で表面をなぞった。
「本当だ、ザラザラした安物とはわけが違う。焼きムラも全くない……。おい、お前、これをどこから持ってきた? 昨日開拓に行ったばかりだろうが。たった一日で、どうやってこんな極上品を焼き上げたんだ?」
門番たちの目が怪しむような、同時に驚愕に満ちたものに変わる。悠は頭の後ろを掻きながら、あらかじめ用意していた嘘を吐き出した。
「いやぁ、たまたま運良くいい粘土の層を見つけましてね。昔、旅の職人から教わった方法で窯を作って焼いてみたら、思いのほか上手くいったんですよ」
「運良くってレベルじゃねえぞ、これは……。おい、お前。これを市場で売るつもりなら、先に役所へ行け。あそこの建材担当の奴らに見せれば、かなりの額で買い取るはずだ。今、町では領主様の命令でインフラを整え直しているからな。特にこんな上等なレンガなら、喉から手が出るほど欲しいはずだぞ。これだけの上物だ、取引は油になるだろうな」
「油ですか? それはありがたい。役所ですね、行ってみます」
大麦だと思っていたので、得をした気分だ。
「ああ。入るなら入場税として大麦五桝を払いな。それがここのルールだ」
悠は手押し車の隅に乗せていた大麦の袋から、規定量を木製の枡で計って手渡した。一昨日は三桝だったので、為替が変動したのだろう。門番たちはそれを受け取ると、どこか同情と称賛の混ざった目で悠を見送り、門を開けた。
「……それにしても、開拓地はどうだ? あそこは動物も出るし、まともな家もないだろう」
「まあ、のんびりやってますよ」
悠は軽く受け流し、町の中へと足を踏み入れた。
門をくぐった悠の目に飛び込んできたのは、ひどく煤けた、陰鬱な光景だった。
前来た時はゆっくり見てなかったから、分からなかったが、異世界物によくあるような、美しいハーフティンバー様式のオシャレな家並みなどはどこにも存在しない。
そこにあるのは、雨風に晒されて黒ずんだ木材を適当に組み合わせ、泥や藁で壁を埋めただけの、今にも崩れそうな木造のあばら家ばかりだった。道は舗装されておらず、家々の隙間から流れ出た生活排水でぬかるみ、何とも言えない悪臭が漂っている。
行き交う人々の服は泥汚れが目立ち、表情は暗い。「スラム」という言葉がそのまま当てはまるような有り様だった。
前回来た時のあの活気のある市場のような雰囲気はどこにいったのやら……。
(……想像以上にぼろいな。中世に近いのか、あるいはそれ以下か。我が家のあの快適な寝殿や地下室を知っていると、ここに住むのはちょっとした、いやかなりの苦行だぞ)
悠は妻たちが作った内装に改めて感謝しつつ、目的の役所へと向かった。
中に入ると、薄暗い廊下の先に木製のカウンターがあり、神経質そうな受付が木簡を前にため息をついていた。
「すいません、ドレイク村から来ました。レンガの買い取りをお願いしたいのですが」
悠が声をかけると、役人は顔も上げずにめんどくさそうに手を振った。前回担当してもらったおじいちゃんとは別の人だ。
「ああ、開拓民か。レンガ? そんな木っ端は建材用の倉庫の端にでも置いておけ。買い取りは規定の油量、五個で一壺だ」
「まあ、まずは実物を見てください」
悠が手押し車からレンガを一つ、カウンターの上にコトンと置いた。
木製の机に当たったその音が、驚くほど澄んでいたため、役人は不審そうに目を細めて顔を上げた。そして、机上のレンガを一瞥し、言葉を失った。
「な、何だこれは……? これが、レンガだと?」
役人は震える手でレンガを取り上げ、光にかざして細部を観察した。気泡一つなく、完璧な水平と垂直を保ったその造形は、この世界の粗悪な草レンガとは一線を画していた。
「この滑らかな手触り、驚異的な硬度……。お前、これは本当にドレイク村で焼いたものなのか?」
「ええ。ドレイク村の粘土を使い、特別な窯で焼きました。どうです、買い取っていただけますか?」
「あ、ああ……これほどの品質なら、確かに上に報告せねばならん。だが、買い取り価格は規定通りだ。それと税金についてだが……」
役人が帳簿を開こうとしたので、悠はすかさず交渉を切り出した。
「待ってください。私は開拓地を開き始めたばかりの者です。風聞では、困難な未開地の開拓民には、最初の数年間は免税措置が取られると聞きましたが?」
もちろんそんなことは聞いたことはない。
「ふん、そんなものはあってないようなものだ。本来なら一年は免税だが、開拓地といえども最低限の税は納めてもらわねばならん」
「そこをなんとか、五年になりませんか? まだ生活基盤も整っておらず、作物の収穫も安定していません。この上質なレンガを優先的にここへ卸すことを約束しますから」
役人は手元のレンガの品質と、悠の真剣な表情を見比べ、しばらく考え込んだ。
「……チッ、仕方ないな。では、免税期間は三年にしよう。ただし、今回のレンガの売り上げから、手続き手数料と将来の税金の予納分として一部を差し引かせてもらう。それで手を打つなら、この内容を書類に書いてやる」
「わかりました。それでお願いします」
この人嫌いだ。左遷されないかな?
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