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異世界でも楽しんで生きていこう  作者: 弥人(ヤアド)
第一章 辺境での身分確保と安寧への道
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第20話 やることいっぱいで大変だ

 爽やかな朝の光が、木々の隙間から幾筋もの光の帯となって降り注いでいた。

 ルフが、建てたばかりの『寝殿』の縁側手すりに腰を掛け、悠は手押し車に、焼き上がったばかりのレンガを一つずつ丁寧に積み上げていた。カチン、と心地よい陶器のような音が響く。

 その隣で、絢乃が、心配そうに眉を下げて悠を見つめていた。


「悠くん、やっぱり私たちも一緒に行った方がいいんじゃないかしら?」


 続きを言おうとした絢乃の言葉を、悠は人差し指を立てて優しく遮った。


「気持ちは嬉しいんだけどね、絢乃。三人はここに残っていて欲しいんだ」


「どうして? 私たちは足手まといにはならないと思うけれど」


 少し不満そうに頬を膨らませる絢乃に、悠は苦笑まじりの、しかし真剣な眼差しを向けた。


「足手まといなんてとんでもない。むしろその逆だよ。三人はね、いくら泥で汚してボロを着せても、隠しきれないくらい美しいんだ。そんな状態で治安もよく分からない町へ行ったらどうなると思う? 変な男たちに目を付けられて、人さらいに遭うかもしれない。何なら、偉そうな悪徳貴族に目を付けられて『君たちを僕の妻に迎え入れたい』なんて、お決まりの台詞を聞かされる羽目になるかもしれないだろ?」


 悠はそこで一度言葉を切り、真顔になって空を見上げた。


「もしそんな奴が現れて、三人に不躾な手を伸ばそうものなら……。怒りのあまりこの世界を根こそぎ滅ぼしてしまう気がするんだよね」


 その大真面目な懸念に、後ろの部屋から淹れ立てのハーブティーの入った木杯を持って現れた茉莉が、すかさず呆れたような声を上げた。


「ちょっと、あなた。やめなさいな、そういう冗談は。……でも、今の貴方の能力数値を考えると、冗談で済まないのが少し恐ろしいところね。人間以外にも潜んでいる脅威があるってことを、忘れちゃだめよ?」


 フッと悪戯っぽく微笑みつつも、茉莉の切れのある瞳は冷静だった。それに続くように、金色のハンサムショートにした髪が耳にかかったのだろう、それを指で耳の後ろに沿うように撫でたルフが、頷いた。


「私も茉莉様の仰る通りだと思います。もし旦那様の大切なお体に触れようとする不届き者が現れれば、このルフ、世界がどうなろうとそ奴の一族もろとも灰塵に帰す所存です。……旦那様を害するものは、一切を生かしてはおけません」


「あれ? 今俺のターンだったはずなんだけど?」


 悠の狼狽ぶりを見て、茉莉はくすくすと上品に声を立てて笑った。


「まあ、冗談はさておき。悠が一人で行くのは認めてあげるわ。自分の身は自分で守れるようにならなきゃいけないものね。……でも、ちょっと待ちなさい」


 茉莉は木杯を縁台に置くと、その切れ長の目をすっと細めて悠の全身を値踏みするように見つめた。


「この世界に『ステータス』というシステム的な概念が存在するのなら、肉体的な基本構造はともかく、男女による能力値の決定的な差はスキルや数値次第でいくらでも覆るはずよね。……性差による身体能力の違いは、そもそもないと考えていいのかしら。悠、武器を亜空間倉庫から出しなさい。何でもいいわ」


「え? 武器? まあ、護衛用に何か渡していた方がいいか……」


 悠は頷き、自身の脳内に浮かぶ半透明のウィンドウを操作した。ふと「武器といえばこれだろう」と、馴染みのある名称の項目に手を伸ばした。


「じゃあ、とりあえず扱いやすいハンドガンか、サブマシンガンあたりを――」


「世界観ぶち壊しでしょ! 却下よ、却下!」


 茉莉がすかさず悠の額を軽く小突いた。絢乃もまた、両手を頬に当てて困ったように笑っている。


「そうよ、悠くん。そんな火を噴く鉄の筒なんて持ち歩いていたら、せっかくのファンタジーが台無しになってしまうわ。それに、この世界には魔法や剣があるのだから、目立たない剣や弓といった武器にしなさいな」


「うぐっ……ごもっともです」


 悠はすごすごと検索カテゴリを切り替える。

 あっという間に彼の手元には、しなやかな長弓、頑丈なコンバットナイフ、日本刀を持っている。悠はそのセットを3人に渡す。


「これでよし、と。筒……銃は大人しくしまっておくよ……」


 悠が肩をすくめると、絢乃が彼の衣服の汚れを払うように背中をポンポンと叩いた。


「本当は私たちも一緒に行って、悠くんの交渉を手伝いたいのは山々なのだけれど……。ここでもやることが山積みだからね。だから悠くん、町での調査はあなたに任せるわ」


「やることって、そんなにある?」


 悠が問いかけると、茉莉が懐からノートにペンでびっしりと書かれたメモを、悠の目の前に突きつけた。


「あるに決まっているでしょう。まず第一に『畑の移動』よ。前に適当に配置した畑は一旦そのままにしておくけれど、今後の居住区の設計を考えると、もっと川に近くて日当たりの良い場所に新しい畑を開く必要があるわ。第二に『乾燥した草の運搬』。古いログハウス跡地に干してある草を近くに移動させないといけない。さらに雨に濡れないように軽く屋根を作らないといけない。第三に『土の再利用』。あなたが今朝設置した焼成窯を使って、レンガの増産はもちろん、水や食料を保管するための壺や土器を作っておかなければ生活が立ち行かないわ。そして第四に『道路の整備』。将来的に建物を増やす予定の位置に、迷わないよう石で大まかな形を取って、道を作っておく必要があるの。……要するに、男手…高ステータスの人が必要な作業は終わっているから、細かいインフラの初期配置は私たちで進めておくわ」


「ふむ、完璧な役割分担だ……」


 悠はただ感心するしかなかった。これだけの作業を一日で並行してこなすつもりなのだから、確かに彼女たちが町へ行く時間などない。


 悠は少し心配になり、「やっぱり俺も残って手伝った方がいいか?」と尋ねた。だが、茉莉はきっぱりと首を振った。


「いいえ。それ以上に、今は『情報』が何よりも重要よ。私たちはこの世界のルールをまだほとんど知らない。悠、あなたに渡すこのメモの内容を、できる限り調べてきなさい」


 彼女から手渡された紙片には、ペンで書かれた美しい文字で以下のような項目が整理されていた。


『調べることリスト』

■優先して聞くこと

・市場で何が売られているか。また、何が決定的に不足しているか。

・何を買い取ってくれるか。逆に、どのような物品を持ち込むと嫌がられるか。

・この地域を治める領主は誰か。また、町を実質的に仕切っている有力者は誰か。

・支払うべき税の種類と、その納め方。納期のタイミング。

・門番や役人に対して、どの程度の礼儀(挨拶や態度)が必要とされるか。


■さらに重要な情報

・信頼できる宿屋、および「市(いち)」が開かれる正確な場所。

・取引に使われている通貨の種類と、その大まかな相場。

・町に存在する専門職(鍛冶屋、石工、木工、薬師、医者、粉挽き、酒場など)の有無。

・周囲の交易路の状況。どの街や村から物資が流れ込んでいるか。

・盗賊の出没情報、危険なモンスター、疫病、火事など、町全体が警戒している脅威。


■開拓地(ドレイク村)視点で大事なこと

・領主や役所が、この新しい開拓地に「何を求めているか」。

・どの作物や素材を持ち込めば高く買われるか。

・加工品(陶器、漆器、木工品など)の町での評価。

・領主が個人的に欲しがっている、あるいは喜ぶ嗜好品は何か。

・開拓村が最終的に課される予定の税額。

・特定の商売や仕事を行うにあたり、事前の許可が必要なものは何か。


「……うん、さすが茉莉だ。頭が上がらないよ」


 悠は苦笑しながら、そのメモを丁寧に折り畳んでポケットにしまい込んだ。


「これだけ調べれば、ドレイク村の未来設計がぐっと現実味を帯びるね。よし、行ってくる。みんな、留守をよろしく」


「気をつけてね、悠くん。変な誘いには乗っちゃだめよ?」と絢乃が手を振り、「悠様、ご武運を」とルフが深く一礼する。茉莉はただ腕を組み、「成果を期待しているわ」と不敵に微笑んで見送ってくれた。


 悠は木製の手押し車を取り回し、森の小道を歩き始めた。車輪が地面の草や土を踏みしめる鈍い音が、静かな森に響いていく。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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