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異世界でも楽しんで生きていこう  作者: 弥人(ヤアド)
第一章 辺境での身分確保と安寧への道
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第19話 理想の住まいへの第一歩

 浴室に一歩足を踏み入れた悠は、そこでもまた放心することになった。


「……銭湯かよ」


 思わず独り言が漏れる。

 そこにあったのは、一般家庭のユニットバスなどではなく、壁一面に美しいタイルが張られた、巨大な浴槽だった。ゆうに十人は同時に浸かれる広さがある。湯口からは、なみなみと透き通ったお湯が注がれ、湯気が天井に向かって立ち上っていた。


 悠は身体を洗い、大きな湯船へと滑り込んだ。


「ふぅぅぅ……」


 肩までお湯に浸かると、身体の芯から凝り固まっていた緊張がほぐれていく。目を閉じると、今日一日の肉体労働──丸太を運び、柱を立て、梁を渡した光景が頭をよぎる。いくら桁違いのステータスをした身体とはいえ、精神的にはやはり気を張っていたのだ。

 誰もいない贅沢な大浴場で、悠はすっかりリラックスし、気づけば大好きな日本の古いポップスを鼻歌混じりに歌い始めていた。極上の湯加減に包まれ、彼の歌声は浴室の天井に心地よく反響していた。


 十分に温まった悠は、湯から上がり、置いていた半袖半ズボンのパジャマに袖を通した。水分を拭き取り、さっぱりとした気分でリビングに戻ると、そこには信じられないほど香ばしい香りが漂っていた。


「あ……!」


 テーブルの上には、すでに湯気を立てる美味しそうな料理が並べられていた。

 悠は愕然として立ち尽くした。


「なんてことだ……。料理に参加する予定だったのに、全く参加できなかったじゃないか……!」


 自分の不甲斐なさと申し訳なさで、悠はガックリと肩を落とした。

 そんな彼の姿を見て、エプロン姿の絢乃がくすくすと上品に笑いながら歩み寄ってきた。


「いいのよ、悠くん。そんなに落ち込まないで」


「でも、俺だけお風呂で極楽気分を味わってて、みんなに料理を押し付けるなんて……」


「だって、悠くんがお風呂でとっても気持ち良さそうに歌を歌っているのが、ここまで聞こえてきたんだもの。すごく分かりやすくて、おかげで茹で上がりのタイミングがバッチリ計れたのよ?」


「うっ……!」


 悠は両手で顔を覆った。風呂場での鼻歌──いや、かなりの大声で歌っていた自覚がある──が、リビングまで筒抜けだったのだ。恥ずかしくて顔がカッと熱くなる。


「照れてるあなたも可愛いわね」


 少し頬を赤く染めた茉莉が、グラスを片手に手すりに寄りかかりながら話しかけてきた。どうやら、悠が風呂に入っている間に、すでに少しお酒を嗜んでいたらしい。心地よさそうに目を細めている。


 彼女も今日は本当に大活躍だった。電気の配線はもちろん、ガスの配管や、複雑な上下水道の配管システムまで一日で設計して通してくれたのだ。彼女の素晴らしい技術がなければ、この快適な地下生活は絶対に実現しなかった。


 悠は照れくささを抑え、茉莉の前に歩み寄ってその肩を優しく叩いた。


「茉莉、本当にお疲れ様。ありがとう。何かしてほしいことがあったら何でも言ってね。俺にできることなら、何だって叶えるから」


 茉莉は少し眠たそうに、しかし熱を帯びた瞳で悠を見上げると、ふにゃりと柔らかい笑みを浮かべた。


「……じゃあ、鳥肉が食べたいわ。いくら絢乃が料理をしてくれるって言っても、やっぱりお肉がないとスタミナが出ないじゃない?野菜と魚だけだと……ちょっと、ねえ?欲を言えば、ほかほかの白いお米も食べたいわね」


 お嬢様らしからぬ率直なおねだりに、悠は思わず笑ってしまった。

 綾乃は豚と牛アレルギーだから食べることはできない。なので鳥肉をチョイスしたのだろう。


「お安い御用だよ。米は俺が炊く。肉は、とりあえず亜空間倉庫にあるお惣菜の唐揚げや鳥そぼろになっちゃうけど……」


 悠がそう言いかけたとき、絢乃が後ろから元気よく手を挙げた。


「お肉料理なら私が作るわ!あとは新鮮なキャベツが欲しいな」


「おっ、さすが絢乃。それじゃあ、食材を切る下準備は俺がやるよ」


 悠がエプロンを締めようとすると、茉莉がグラスをテーブルに置き、おぼつかない足取りで二人の間に割り込んできた。


「ずるい! 私も参加するわ!」


「酔っ払いさんはお断りです。危ないから、まーちゃんはそこで大人しく座っていてください。その代わり──ルフちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」


 絢乃がキッチンカウンターの隅で恐縮そうに直立していたルフに声をかけた。ルフは金色の瞳を丸くし、自分の胸に手を当てた。


「えっ……? しかし、私はそのような……地球の料理など、一度も経験がございません。皆様の足を引っ張ってしまうだけかと……」


「何言ってるの。誰だって最初は初めてなんだから。それとも、一人寂しくそこに座って、私たちが働いているのを見てるほうがいい?」


「いえ! 決してそのようなことは……! ぜひとも参加させて……ご、ご教授ください!」


 ルフが意を決したように拳を強く握りしめ、キッチンへと一歩踏み出した。その生真面目な様子に、絢乃はふふっと優しく微笑んだ。


「『参加』でいいのよ。畏まる必要なんてないんだから。だって私たち、同じ夫を持つ『夫婦』でしょう?」


「夫婦……。はい、絢乃様……いえ、絢乃さん!」


 ルフの表情がぱっと明るくなり、絢乃の隣に並んだ。その様子を見ていた悠は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


(俺の妻たちは、本当に最高だな……)


 異世界に飛ばされたときはどうなることかと思ったが、こんなに愛おしく、頼もしい家族に囲まれている。悠は心からの幸福感を噛み締めながら、絢乃に指示された通りのサイズでキャベツをザクザクと刻み始めた。


◇◇◇


 翌朝。

 眩しい太陽の光が辺境の森を照らす中、敷地の中央には立派な『寝殿』がその全貌を現していた。


 釘を一切使わない伝統的な日本建築。優美な曲線を描く屋根と、美しい木目の柱が立ち並ぶその姿は、まるで千年前の世界からそのまま抜け出してきたかのようだ。

 本来の歴史や貴族社会において、寝殿造の主殿である『寝殿』は、大きな宴会や高貴な来客をもてなすための公的な場所として使われることが多い。家族のプライベートな日常は、別の棟で過ごすのが一般的だ。しかし、悠たちの家族は少人数であるため、この広々とした寝殿をそのまま家族の共同生活空間として贅沢に使うことに決めていた。


 また、将来的に本格的に作る予定ではあるが、まずは炊事場、トイレ、風呂のためだけの、仮設の小屋を作った。

 日中は地上部の施設を使って生活するため、一時的な利便性を確保するためのものだ。そして、夜になれば快適で涼しい地下の地球建築室に移動して眠るという、贅沢な二重生活の動線がこれで完成した。


 さらに、作物を保管するための『高床式倉庫』も敷地内に完成していた。

 ここは移動させるつもりはないので、設計図通りにしっかりと作った。その代わり、出来上がった寝殿からちょっと離れているのが悠としては少々気になるが、のちのちに西対や北対、東対、さらには使用人たちが生活する建物などを作っていけば、おのずと配置の違和感も消えるだろうと納得する。


(それにしても、使用人を雇うことをもう計画に織り交ぜているあたり、二人とも本当にすごいな……)


 いずれはこの敷地内だけで、何不自由なく完全な自給自足ができるようにする計画らしい。やはり絢乃と茉莉の二人は、物事を考えるスケールが最初から違っている。そして、ルフもそれが普通だと思って頷いていた。


(全然普通じゃないからね? あの二人、地球では知る人ぞ知る超一流の家系のお嬢様だから、数百人規模の使用人や専属の護衛を平気で雇っていた規格外な人たちなんだから……)


 そんな常識外れの妻たちに囲まれた自分の未来を想い、悠は少しだけ遠い目をした。


「……名前、覚えられるかな」


 朝の爽やかな風が吹き抜ける縁側に横になり、頭の後ろに手を添えて、悠はそんなことをぼんやりと考えた。板張りの床はひんやりとしていて心地よい。

 悠の後ろ、少し離れた部屋の奥からは、「次はどの場所を建ててもらおうかしら」と、楽しそうに話し合っている声が聞こえてくる。その声を聞いているだけで、なんとも言えない安心感が胸を満たしていくのだった。


「よし、町にまた行ってみよう」


 悠は勢いよく立ち上がると、伸びをして身体をほぐした。

 今回の目的は、今後の活動資金を得るための市場調査と物販だ。悠は手で引く馬車に、新しく作り上げたばかりのレンガを焼成窯から取り出してく。たぶん、この世界の建築事情から見ても、十分に魅力的な売り物になるはずだ。

 昨日乾かした草や木は、茉莉いわくもう乾いているらしい。


 もちろん、町への入場税として支払うための大麦を載せておくのも忘れない。


「また町まで行ってくるか!」


 そう言うと、悠は人力車に出来たばかりのレンガを載せ始めるのだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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