第18話 涼風の地下室と、愛妻たちの温かな時間
昼間の上棟作業で火照った身体を引きずりながら、悠は新しく掘り進められた地下への階段を下りていった。一歩、また一歩と下るにつれて、まとわりつくような外の熱気がすうっと引いていく。
階段をすべて下りきった足元で、信じがたい光景と心地よい空気が悠を迎えた。
「……涼しい」
思わず声が漏れた。
そこは、完璧に温度管理された空間だった。肌に触れる空気は、まるで地球のデパートの家電コーナーや、冷房が効いたホテルのロビーのそれと全く同じである。頭上からは、極めて静かな空調設備の稼働音がかすかに聞こえている。
(もう、ツッコミを入れる気力すら湧かないな……)
悠はあきらめたように息を吐き、苦笑した。ここが異世界の、しかもドレイク村という辺境だとは、部屋の中だけを見ている限りは到底信じられない。白を基調とした壁紙、きれいに埋め込まれたLED調のダウンライト、そして足触りのいいフローリング。どこをどう切り取っても、懐かしい地球の住宅だった。……住宅の規模ではないな、豪邸だ。
「なんて快適な空間なんだ……。生き返る……」
旅の疲れや、炎天下での土運びの疲労が、吸い込まれるように消えていくのを感じる。悠は思わずその場に立ち尽くし、冷たい空気を何度も胸いっぱいに吸い込んだ。
「俺の妻たちは天才だな。愛してる」
心からの感謝と愛情を込めて、悠がぽつりと呟いた。その言葉は、リビングのソファで思い思いの恰好でくつろいでいた三人の耳に、しっかりと届いたらしい。
「な、何言ってるのよ、バカ……! そういうことは、もうちょっと心の準備があるときに言いなさいよね。……ま、当然だけど」
茉莉がメモ用紙から顔を上げ、耳まで真っ赤にしながらツンとそっぽを向いた。髪を耳にかけ直す指先が、わずかに震えている。
「ふふ、悠くん、お疲れ様。私も悠くんのことを愛しているよ。今日もお仕事頑張ってくれてありがとうね」
絢乃はソファに腰掛けており、悠を見ると花が咲くような笑みを浮かべた。素直で一点の曇りもない愛情表現に、言った方の悠のほうが気恥ずかしくなってしまう。
「は、はい! 悠様、私も……その、悠様へ生涯の忠誠を……いいえ、私も悠様を深く慕っております! 愛情をお返しいたします!」
ルフが、軍人のように敬礼せんばかりの勢いで立ち上がった。だが、顔は林檎のように赤く染まり、視線をあちこちに彷徨わせている。
現代的な部屋で、それぞれが地球のルームウェアのような軽装で過ごしている。茉莉はショートパンツにゆったりとしたTシャツ、絢乃はシンプルなサマーワンピース、ルフは柔らかなコットンの部屋着をまとっている。
「みんな、可愛いな……。よし、俺も一風呂浴びて、寝間着に着替えてくるよ」
悠は自分の『亜空間倉庫』から、半袖半ズボンの夏用寝間着を取り出し、風呂場へと向かうことにした。
◇◇◇
脱衣所に入ろうとしたところで、後ろから足音が近づいてきた。
「あなた、お疲れ様。まさか今日一日で棟上げまで終わらせてしまうとは思わなかったわ。本当にさすがね。シゴデキな旦那様を持って誇らしいわ」
茉莉が廊下で腕を組み、からかうような、しかしどこか見直したような温かい眼差しで悠を見つめていた。
「そんなに褒められたって、何にも出ないぞ?……なんてね。はい、どうぞ」
悠はいたずらっぽく笑うと、亜空間倉庫から、冷んやりと冷えた木箱を取り出した。フタを開けて見せると、茉莉の目が大きく見開かれた。
「あら……! これって」
「茉莉の好きな柏餅と栗羊羹。それから、絢乃にはこの濃厚なベイクドチーズケーキで、ルフには王道のいちごショートケーキだ。みんなで分けて食べて」
緑の葉に包まれたもっちりとした柏餅と、透き通るような上品な甘さの栗羊羹。そして、甘い焼き色が美しいチーズケーキと、真っ白な生クリームに真っ赤な苺が載ったショートケーキ。
「まあ……! 嬉しいわ、気が利くじゃない。やっぱり私の旦那様ね」
茉莉は嬉しそうに頬を緩め、包みを受け取った。
正直なところ、これら食料やスイーツは、この世界で量産体制が整うまではあまり使いたくなかった。アイテムボックスや亜空間倉庫の中身は有限なのだ。しかし、愛する妻がこれだけ上機嫌になってくれるなら、出し惜しみする理由などどこにもない。彼女たちの笑顔は、悠にとって何物にも代えがたいエネルギー源だった。
「ゆっくり食べてて。俺は風呂に入ってくるから」
「ええ、温まってきなさい」
茉莉に見送られながら、悠は浴室の重厚なドアを開けた。
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