第17話 大きな武家屋敷に住みたいな
朝の畑仕事と、川での漁。それだけで、四人の食卓は驚くほど豊かになりつつあった。
悠のアイテムボックスや亜空間倉庫に頼らずとも、絢乃の『ニグ・シュブニト』と、悠の規格外な狩猟能力が、食事を支えている。
「衣食住の『食』は、もう目処が立ったわね」
夕食後のキャンピングカーの中で、茉莉が満足げに頷いた。
「次は『住』ね。せっかくだから、ちゃんとした生活基盤を整えましょう」
「地下に、現代的な部屋を作るってやつ?」
悠が首を傾げると、茉莉はにやりと笑った。
「そうよ。どうせやるなら──地球と同じレベルの生活水準で大きめに作りましょう」
◇◇◇
「今、キャンピングカーを隠すように建ってるログハウス、あれをまず巨大にするわ」
茉莉が地図の上に、大きな円を描きながら言う。
「派手になりすぎないように、平屋で、広く取る建物と言ったら……」
「武家屋敷!」
悠が興奮気味に食い気味で答える。目がキラキラと輝いていた。
「……良いわね」
茉莉の口角が、すっと上がる。
「ならいっそのこと、寝殿造にしましょ。こんなに土地が広いんだもの、使わなきゃ損よ」
「いいぞいいぞ! もっとやれ」
悠がちゃちゃを入れた瞬間、茉莉の視線がぎろりと鋭くなった。
「……」
悠は瞬時に空気を察し、その場に正座する。
「よろしい」
茉莉は満足げに頷くと、話を続けた。
「かといって、一日ですべて作っちゃだめよ? ゆっくりやりなさい。そうね、ひと月で建つぐらいの速度でやって頂戴。ちなみに、地下部分の現代建築……ややこしいから、地球建築と呼ぶわ。それと、地上部の南西の寝殿は、今日中に作ってもらうわ。いいわね」
「はい! お姉ちゃん。頑張ります!」
武家屋敷に住めるんだ。何でもやるさ。あとは馬がいれば完璧だな。
「……茉莉と呼ぶことを許すわ。泣いて喜びなさい」
「ありがとう! 茉莉!」
悠は満面の笑みでそう返した。
◇◇◇
「まずは堀ね。地下室も作るから、今言う範囲、10m掘ること、堀自体のの幅は30メートルにしましょう」
「では、私がそれが入る場所の土地を、神眼で見つけます」
ルフがすっと目を閉じ、意識を集中させる。
「日照の角度、地盤の硬さ、地下水の流れ……総合的に判断いたしますと、あちらの区画が最も適しているかと」
「じ、じゃあ私は、その場所に線を引くね」
絢乃が悠の作った杭とロープを手に、示された区画をそそくさと囲っていく。
「すぐに大枠の設計を終わらせるわ……一応聞くけど」
茉莉がふと悠を見る。
「寝殿造の屋敷が亜空間倉庫にある、なんてことはないわよね?」
「……ないね」
悠が亜空間倉庫のリストを探しながら、力なく答える。
「書院造ならあるけど……おっ、戦国時代の庶民が住んでた家がある!ってことはもしかして、お城も……」
スクロールする指が、止まる。
「……なかった」
絶望だった。
「貴方が王にでもなれば、設計をしてあげてもいいわよ」
茉莉が優しい笑顔でそう言った。
「王……か」
悠は一瞬、笑いながらも、その言葉を口の中で転がすように呟いた。
王。この世界での、そんな立場。想像しようとしても、頭の中でうまく想像できない。ただの学生だった自分と、あまりにもかけ離れた響き。
「……あんまりイメージができないな」
悠は苦笑いを浮かべ、すぐにその考えを頭の隅へと追いやった。今はまだ、遠い話だ。
◇◇◇
「そういえば、電気系統ってあるのよね?キャンピングトレーラーは電力で動いてるんだし」
茉莉が思い出したように尋ねる。
「あるよ。電力設備っていう項目があって、その中に発電、蓄電、送電・制御、電気機器って枝分かれされてる」
「アイテムボックスは昨日見たけど、そういえばまだ亜空間層は見てなかったわね。私なら配線できるから、あとで見せて頂戴……やっぱ、今見せなさい」
「オッケー」
悠は苦笑しながら、亜空間倉庫のメニューを開いて見せた。
【アイテム】
・装備
・衣類
・消耗品
・道具
・素材
・建築
・栽培・料理
・乗り物
・特殊道具
・貴重品
・書籍
・生物・ペット
「ちょっと、書籍あるじゃない!」
茉莉の目が、獲物を見つけたようにきらりと光った。
「書庫も、必要な居室リストに入れておくわ」
「……サウナも欲しい」
絢乃が、少し小さな声で、ぽつりと零した。
「その、疲れが取れそうだし……あれば、いいなって……」
絢乃は頬を赤らめながら、視線をわずかに逸らす。普段は自分の要望を強く通してくる絢乃が、遠慮しがちに言ってくるのは、珍しいことだった。
「もちろん入れてるわ」
茉莉が即座に、あっさりと頷いた。
「ちゃんとマッサージ室もね。あなたのマッサージがないと、生きていけないわ」
「ま、まーちゃんったら……」
絢乃はほっとしたように微笑みながら、それでもどこか照れくさそうに、指先で頬を掻いていた。
「で、電気系統はどこにあったのかしら? 生物・ペットも気になるわね」
「電気系統は、こっち。建築欄にあった」
【建築】
・建物
・家具
・生産設備
・生活設備
・屋外設備
・電力設備
・魔導設備
「また気になるものが増えたわね……まあいいわ。電力設備欄を見せなさい」
そう言うと、茉莉は、勝手にスクロールしていく。指先が忙しなく動くたび、手元の紙に何かがどんどん書き込まれていった。
「ソーラーパネル、発電機、蓄電池、配電盤……あら、これも便利そうね」
「書庫、サウナ、マッサージ室、電力設備、工房、武器防具室、研究開発室……」
悠は横目でそのメモを覗き込みながら、じわじわと戦慄していた。
(増える……要望が、どんどん増えていく……)
「あとでこのメモに書いてあるものを出して頂戴」
茉莉はそう言って、書き殴った紙を悠の手に押し付けた。
「それと、暇な時でいいから、ウィルダム王国か魔導、あと魔法に関係ある書物をリストに書いておきなさい」
「わ、分かりました……」
悠は震える手でメモを受け取りながら、密かに思った。
(俺、隠居どころか、めちゃくちゃこき使われてる気がする……)
◇◇◇
時は経ち、日が暮れた頃。
完成した。いや、正確には──堀と、地下部分のみは完成した。地上部の寝殿は、まだ柱と梁を建てたところまでだ。堀はもちろん掘るだけでなく、石垣になっている。さらに橋も忘れていない。ただ南側に一つしか渡せなかった。
サッカー場ぐらいはあるんじゃないかという広さを、深さ10mも掘ったのだ。それも、半日で。さらにその後、地下室の大枠を作ったら、堀になるところ以外は埋めた。とんでもない土の量になっている。
(頭おかしいよね、これ)
さらにおかしいことにコンクリートを型枠に流した途端、乾燥を待つまでもなく完成したのだ。何言ってるのか分からないだろう?
大丈夫、俺も何言ってるのか分からないからだ。つまり鉄筋コンクリートの地下室は半日で完成してしまった。
鉄筋を組むのも、型枠を組むのも、とんでもないスピードで出来ていた。もはやマジックのたぐいだ。
悠は汗のない額を拭いながら、簡易的な橋の上から、作り上げたばかりの巨大な堀を見下ろし、他人事のようにそう思った。
茉莉いわく、4500坪にしておいたらしい。
「……どれぐらいだろう」
悠はぼんやりと考え始めた。
(確か、1坪って畳2枚分で、畳の長い方の長さが1820ミリだから……1枚が910ミリ×1820ミリで……それが2枚だから、1坪はえーと……)
頭の中で数字がぐるぐると回る。
(4500坪ってことは、それを4500倍して……いや堀の分も足されるってことは)
しばらく計算を続けていた悠だったが、やがて力なく肩を落とした。
「……もう疲れた」
どうせ完成すれば、目で見て分かる。今、無理に数字を追いかける必要はない。
そう結論づけて、悠は思考を放棄した。
◇◇◇
「お風呂入って、ご飯食べて、寝たい」
悠は誰に言うでもなく、そう呟いた。
半日で、堀を掘り、石垣を作り、地下室を組み上げ、橋を架け、柱と梁を立てた。規格外のステータスがあるとはいえ、頭も体もくたくたに疲れている──気がした。実際には筋肉の疲労感の一つもないのだが、精神的な疲労だけは、しっかりと悠の肩にのしかかっていた。
「悠くん、お疲れ様」
絢乃が労うように声をかけてくれる。3人は途中から地下室の内装を作っていた。様子を見に来てくれたのだろう。
「今日はもう、ゆっくり休みましょう」
「そうだな……」
悠はとぼとぼと、出来上がったばかりの地下室の入り口へと向かって歩いていった。
まだ完成には遠い、けれど確かな一歩を踏み出した、新しい住処。
夜の帳が下りる中、悠たちの開拓は、着実に、そして規格外な速度で進んでいくのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




