第15話 一人の作業時間
朝食の後片付けを終え、絢乃たちが畑の準備に取り掛かる中、悠は一人、村の外周をぐるりと見て回っていた。
「……思ったより、草が近いな」
ログハウスのすぐ傍まで、腰の高さほどの雑草が生い茂っている。これでは、夜間に動物が身を隠しながら近づいてきても、気づきにくいかもしれない。
「まずは、これをどうにかしないとな」
悠は、防衛策の検討を始めた。
◇◇◇
最初に思いついたのは、単純な柵だった。だが、すぐに頭の中でその案を却下する。
(森の大木を使うのが一番早いんだろうけど……もし誰かに「どこから木材調達したんだ」って聞かれたら詰むよな)
開拓民として登録されたばかりの身分だ。あまり目立つ真似をするのは、得策ではない。
悠は村を出て、近くにあるの背の高い草原地帯へと足を向けた。
草を掻き分けながら進んでいくと、ぽつぽつと点在する木々が目に入る。オーク系らしき硬そうな幹の木、白い樹皮のシラカバに似た木、しなやかに枝垂れる柳系の木。
「よし、疑われない程度に、少しだけもらっていくか」
悠は『採集百般』を意識しながら、目についた木を数本だけ、丁寧に伐り出していく。スキルの恩恵で、切り出した分がそのまま倍に増えていくのが、なんとも不思議な感覚だった。
草原をさらに歩いていくと、今度は低木がまばらに生えているエリアに差し掛かった。ほとんどが松のような針葉樹だが、それでも家の高さほどにまで育っている。中には、オーク系の木も混じっていた。
「……これ、貴重なんだろうな」
悠は少しだけ採取した後、残った実からいくつか種を取り出し、丁寧に地面へと蒔いておいた。今すぐには育たないだろうが、いつか、この土地の一部にこの木々が根付く日が来るかもしれない。
そんなことを考えながら、悠はふと足を止め、辺りを見渡した。
草を食む動物たちの、のんびりとした姿。風にそよぐ草原。遠くで羽ばたく、見たこともない色をした鳥。
(そういえば……)
悠は、ふと森の中での出来事を思い出していた。
あの鬱蒼とした森では、魔獣たちが自分の存在に怯え、指一本動かせずに震えていた。だが、この草原に来てからというもの、動物たちはまるで気にする様子もなく、悠のすぐ近くで悠然と草を食んでいる。
(同じ「生き物」でも、魔獣と動物じゃ、ここまで反応が違うのか)
ルフの話では、魔獣とは魔核を体内に宿した、マナを生み出す存在らしい。対してこの動物たちは、地球の生き物とそう変わらない、ただの「生態系の一部」なのだろう。
自分がどれほど規格外な存在なのか、あの怯えきった魔獣たちの目を思い出すたび、実感が湧く。だが、こうしてのんびりと草を食む動物たちを眺めていると、不思議と心が落ち着いた。
「……悪くないな、こういうの」
誰に言うでもなく、悠はぽつりと呟いた。
◇◇◇
村に戻った悠は、さっそく作業に取り掛かった。
「木は貴重だし、柵じゃなくて堀にするか」
悠は村の外周を歩きながら、頭の中でおおまかな設計を組み立てていく。
「幅3メートル、深さ2メートル……このくらいあれば、動物避けとしては十分だろ」
悠はしゃがみ込み、地面に手をつけた。力を込めると、まるで柔らかい粘土をすくうように、地面がごっそりと抉れていく。
アイテムボックスから取り出した、石のスコップを持って掘っていく。
「うわ、思った以上に簡単だな……」
あっという間に、村を囲むように、深く整った溝が形作られていく。
掘り進めていくうちに、悠はふと、山のように積み上がっていく土に目を留めた。
「……これ、そのまま放置するのもったいないよな」
ゲームや専門学校の知識を頭の中で照らし合わせながら、悠は閃く。
「レンガに加工すればいいのか」
土を練り、成形し、形を整えていく。悠の手の中で、粗い土くれが見る間に、均一で頑丈な焼成前のレンガへと姿を変えていった。思い描いたものががそのまま形になっていくのは不思議な気分だ。もはや手が勝手に動いているとも言っていい。
「これで、火を通せば防壁も作れそうだな」
一つ、また一つと、焼成前のレンガが積み上がっていく。単調な作業のはずなのに、不思議と苦にならなかった。
◇◇◇
村の周りに生えていた草は足首ぐらいの高さを残して刈り取っておいた。
刈り取った草は、まとめて日当たりの良い場所に広げ、乾燥させておくことにした。
(これ、加工したら何かに使えるかもな。今度町に行った時に、聞いてみるか)
葛布のようなものになる可能性はあるが、確証はない。念のため保留にしておくのが賢明だろう。
木材も同様に、乾燥させるために積み上げておく。薪にするにしても、家具や道具に加工するにしても、乾燥は必須の工程だ。
大量の土は、レンガに加工して売り物にするか、あるいは家の増築にでも使おうか、壺にして油入れや水入れなど、保存容器にするかと考えていた。
ふと、試しに一握りの土をぎゅっと握りしめてみた。
「……ん?」
手を開くと、そこにあったのは──土ではなく、硬く滑らかな、灰色の石だった。
「……あー、うん」
悠はしばらくその石を見つめた後、静かにポケット、もといアイテムボックスへとしまい込んだ。
「見なかったことにしよう」
深く考えるのはやめておく。今考えても、答えは出そうにない。答えを出したくない。
握ったら石になるとか。笑えん。あれはフィクションだから笑えるんだ。
◇◇◇
気づけば、堀もレンガの加工も、思っていたよりずっと早く終わってしまっていた。
太陽はまだ高い位置にある。
「……あれ、もうやることないな」
悠は額の汗を拭いながら、拍子抜けしたように空を見上げた。
(隠居生活のはずなのに、なんか色々やってるな、俺)
昨日は家を建て、今日は堀と壁を作った。のんびり昼寝をするどころか、朝からずっと働き詰めだ。
(でも……)
悠は、乾燥した草の匂いを吸い込みながら、小さく笑った。……土を流して風呂入りたい。
(まあ、こういうのも、悪くないか)
誰かに急かされるでもなく、自分のペースで、自分の手で何かを作り上げていく。それは、専門学校で図面を引いていた頃とはまた違う、不思議な充実感があった。
「よし、じゃあ、次は……」
悠はふと、あることを思いついた。
「井戸掘るか。いや、その前に、川の様子見てみるか」
水汲みで通うことになる場所だ。どんな川なのか、実際に自分の目で確かめておきたかった。
◇◇◇
草原を抜け、オートマップの記憶を頼りに南東へと進むと、ほどなくして、せせらぎの音が聞こえてきた。
「お、あった」
川辺に出ると、思っていたよりも穏やかな流れが広がっていた。周囲に切り立った崖もなく、川幅もそれほど広くない。水汲みに通うにも、悪くない立地だ。
「せっかくだし、魚も獲ってみるか」
絢乃の「食卓が豊かになるわね」という言葉を思い出し、悠は川面を覗き込んだ。
透明度の高い水の中を、銀色の鱗を持つ魚たちが泳いでいる。
だが、いざ獲ろうとしたところで、悠は根本的な問題に気づいた。
「……あれ、どうやって獲ればいいんだ、これ」
釣り竿を作ろうにも、肝心の糸がない。素手で掴もうにも──
アイテムボックスの存在は…忘れている…
「多分、握った瞬間に潰れるよな、これ」
さっきの石化事件が脳裏をよぎる。あの馬鹿力で魚を掴めば、原型を留めないのは目に見えていた。
「……よし、投げ槍作るか」
悠は近くに落ちていた流木を拾い上げ、先端をその辺の石で鋭く削っていく。あっという間に、即席の槍が完成した。
早速、川辺に立ち、狙いを定めて構える。
(よし、慎重に……)
力の加減を、いつもよりずっと意識しながら、そっと槍を突き出す。
ザシュン!
水しぶきが上がったかと思うと、槍の先には──原形を留めない、無残な肉片のようなものが引っかかっていた。
「……あ」
悠は無言で川に視線を戻した。
(力、入りすぎた……)
二投目も、三投目も、似たような結果になった。悠は嘆息しながら、何度も力加減を調整していく。
「もっと……もっと優しく……」
まるで繊細な工作でもしているかのような集中力で、悠は槍を操り続けた。
試行錯誤の末、ようやくコツを掴んだのか、五投目あたりから、綺麗な形のまま魚を突けるようになってきた。
「よし、この調子だ」
悠は『鑑定』のスキルで一匹ずつ毒の有無を確認しながら、丁寧に魚を仕留めていく。
(姉ちゃん、結構食べる方だしな……三十匹くらい、獲っておくか)
黙々と作業を続けること、しばらく。
悠のアイテムボックスの中には、綺麗な形のままの魚が、ちょうど三十匹分収まっていた。
「よし、こんなもんか」
満足げに頷いた悠は、ふと、水を運ぶ手段について考えを巡らせた。
「せっかくだし、水も汲んでいくか」
悠は流木を組み合わせ、両端に草と木で編んだ桶を吊るした、簡易的な天秤棒のようなものを作り上げた。バランスを取るように、両側に均等に水を汲んだ桶を吊るす。
「おお、いい感じじゃん」
肩に担いでみると、まるでやじろべえのように、ゆらゆらと絶妙な均衡を保っている。悠は満足げに、その出来栄えを眺めた。
◇◇◇
荷物を担ぎ、悠は来た道を戻り始めた。
草原を抜け、村の方角へと歩いていくと、やがて視界の先に、細く立ち上る白い煙が見えてきた。
「……ああ、飯の準備してるのか」
絢乃たちが、昼食のためにガスコンロで何かを作っているのだろう。遠くからでも、その煙はどこか温かく、悠の胸に安堵をもたらした。
一人で黙々と作業をしていた時間も、悪くはなかった。だが、こうして誰かの気配を感じると、自然と足取りが軽くなる。
「……よし、帰って昼飯だ!」
悠は担いだ水と、獲れたての魚を手に、煙の立ち上る拠点へと、大きな歩幅で歩き出した。
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