第11話 手押し車での告白
ガタン、ガタンと車輪の音が、夕暮れの街道に響く。
手押し車を押す悠の背中に、絢乃と茉莉、そしてルフの視線が突き刺さっていた。町を出てからというもの、誰も、あの役所でのやり取りについて口を開こうとしない。
沈黙に耐えかねたのは、悠の方が先だった。
「……ごめんなさい」
悠は前を向いたまま、車を押す手を止めずに謝った。
「妻が3人もいる、なんて。とっさに口から出ちゃって……三人の気持ちも聞かずに、勝手なこと言って申し訳ございませんでした」
しばしの間があった。風が草原の穂先を揺らす音だけが、静かに耳に届く。
「まあ、いいわ」
先に口を開いたのは、茉莉だった。
「実家っていう、頼れるつながりがないこの状況で、『家族』っていう繋がりを持っておくのは、悪い判断じゃないと思うし」
彼女は腕を組み、遠くの空を見つめながら続けた。
「異世界で身寄りがないっていうのは、想像以上に心細いことよ。特に、女が一人でふらふらしてるなんて、危険しかない。だから、まあ……理屈としては、悪くなかったわ」
「あなたも、同じような考えだったんでしょ?」
茉莉が横目でちらりと悠を見る。
「その通りです」
悠は素直に頷いた。
茉莉が、ふん、と小さく鼻を鳴らす。
「……でもね」
その声のトーンが、少しだけ柔らかく、拗ねたようなものに変わった。
「どうせなら、ちゃんと告白してほしかったな、って思っただけ。こんな、役所のおじさんの前で不意打ちみたいにじゃなくて」
「ま、まーちゃん……」
絢乃が驚いたように茉莉を見る。
「私も、同じ気持ちよ」
綾乃はそう言って、頬を膨らませた。
ルフが、静かに口を開く。
「私は特に、何とも思っていません。むしろ、合理的な判断だったと思います」
いつも通りの、落ち着いた口調。
「へえ、そう」
茉莉が、にんまりと悪戯な笑みを浮かべる。ルフの頬は少し赤くなっていた。
「じゃあ聞くけど、悠くん」
綾乃がにっこりとした笑顔で聞いてくる。
「な、なんでしょうか」
「さっきまーちゃんが言った、『家族のつながりを作っておくのが合理的』っていう理屈と──」
茉莉の目が、すっと細くなった。
「単純に、ハーレムを作りたいっていう欲望。どっちが強かったの?」
「……」
悠は、しばし言葉に詰まった。
嘘をついても、この二人には見抜かれる気がした。長年の付き合いは、伊達ではない。
「……ハーレムが作りたいと、思ってしまいました」
観念したように、正直に白状する。
「正直でよろしい」
茉莉がぷっと吹き出し、絢乃も呆れたようにくすくすと笑い出した。
張り詰めていた空気が、そのやり取り一つで、すっと和らいでいく。
◇◇◇
悠は手押し車を止め、周囲をぐるりと見回した。
街道沿いには人影一つ見当たらない。
「よし……今はこれで、勘弁してください」
悠は亜空間倉庫を探って、次々と品物を取り出していく。
「絢乃には、これ」
差し出したのは、つやつやとした表面が美しい、チーズケーキだった。
「これ……私の好きな……」
絢乃の瞳が、ぱあっと輝く。
「茉莉には、こっち」
次に取り出したのは、上品な艶を放つ栗羊羹。茉莉の好物だ。
「あら、分かってるじゃない」
茉莉が満足げに口角を上げる。
「ルフには……ごめん、好きなものがまだ分からなくて。とりあえずこれで」
悠が最後に差し出したのは、白いクリームで彩られたショートケーキだった。
「わ、私にまで……よろしいのでしょうか」
ルフが戸惑いながらも、両手でそっと受け取る。
「……ちゃんと、三人を一生愛するなら許してあげる」
絢乃がチーズケーキを一口頬張りながら、静かに、けれどはっきりとそう告げた。
「裏切ったら、斬るわ」
茉莉が栗羊羹を口に運びながら、にっこりと、それでいてどこか本気の混じった笑みを浮かべる。
「い、いただきます……。んん! これ、美味しいです!」
ルフがショートケーキを口にした瞬間、その涼しげな目元がふわりと緩んだ。スイーツの繊細な甘さが、よほど新鮮だったのだろう。
悠は、三人の顔を順に見つめてから、静かに深く頭を下げた。
「一生かけて、3人を愛し続けます」
その言葉に、絢乃と茉莉が顔を見合わせ、照れくさそうに笑い合う。
夕暮れの街道に、温かな沈黙が満ちていった。
◇◇◇
それからしばらく歩き続け、四人はようやく、役所から渡された地図の場所へとたどり着いた。
「……ここか」
悠は辺りを見渡し、小さく息を吐いた。
草に覆われた広い土地。だがよく見ると、あちこちに不自然な痕跡があった。かつて誰かが作ったであろう畑の跡は無残に踏み荒らされ、朽ちた木材の残骸が、崩れかけた家の面影を残している。
「……前に入植しようとした人たちの、跡かしら」
絢乃が痛ましそうに呟く。
「危険な動物が出るって、役人さんも言ってたもんな」
悠は荒れた土地を見つめながら、ここで生きていくことの厳しさを、改めて実感していた。
だが、不思議と怖くはなかった。
この土地には、自分たちを脅かすものなど、もう何もいない。
◇◇◇
「よし、じゃあまず、家を建てるか」
悠は支給された資材の山を見下ろした。
丸太と、加工された板材。それだけが、手押し車いっぱいに積まれている。
「……これ、どうやって組み立てればいいんだ?」
悠は困惑した顔で資材を眺めた。
釘は一本もない。金槌も、ノコギリも、設計図の類も、何一つ渡されていない。
「一人でやろうと思ってたんだけど……」
「馬鹿ね、四人でやるに決まってるでしょう」
茉莉が、当然のように言い放つ。
「私が指示するわ。悠は力仕事、絢乃は細かい調整、ルフは支えるのを任せるわ」
「まーちゃん、頼りになるわね」
「当たり前よ。伊達に色んな現場を見てきてないもの」
茉莉の指示のもと、作業が始まった。
「悠、その丸太、まずは基礎の部分に組んで。継ぎ目はこう、ノッチを刻んで嵌め込むの」
「ノッチ……えっと、こう?」
悠が丸太を持ち上げると、ずしりとした重量のはずのそれが、まるで発泡スチロールのように軽々と宙に浮く。規格外の筋力があれば、木材の加工も、切断も、思うがままだった。
悠が手にした丸太の断面が、まるで職人の手による仕事のように、寸分の狂いもなく削られていく。
「す、すごい……」
絢乃が目を丸くしながら、板材の位置を微調整していく。
足りない資材は、悠が亜空間倉庫から同じ材質の木材を取り出して補充した。
太陽が徐々に西へと傾いていく中、三人の共同作業は着々と進んでいった。
柱が立ち、梁が渡され、あっという間に、丸太造りのログハウスと、地面から少し高い位置に床を設けた倉庫が姿を現していく。
「……よし、完成!」
日が完全に暮れる前に、二つの建物が無事に建ち上がった。
悠は額の汗を拭いながら、満足げにそれを見上げた。
「思ったより、ちゃんとしたものができたわね」
茉莉も感心したように頷く。
◇◇◇
「さて、今日は疲れたし、ドラム缶風呂でも」
悠がそう言いかけたところで、茉莉がふと思いついたように口を挟んだ。
「ねえ、悠。あなた、コンパクトな家とか、キャンピングトレーラーみたいなの、持ってないの?」
「……キャンピングトレーラー?」
悠は首を傾げながら、亜空間倉庫の一覧を漁ってみる。
「……あった」
「はぁ? 本当にあるの?」
「もう何でもあるな、この亜空間倉庫……」
悠が呆れながら取り出したのは、以前ハマっていたゾンビサバイバルゲームで使っていた、無骨ながらも設備の整ったキャンピングトレーラーだった。
風呂、キッチン、寝室まで完備された、隠れ家めいたそれを、悠は今建てたばかりのログハウスの中に配置する。
「今夜は、これで一晩過ごすことにしよう」
「悪くないわね」
茉莉が満足そうに頷き、早速中へと足を踏み入れていく。
◇◇◇
風呂に入った後。
もちろん一人で入った。物事には優先順位がある。生活基盤を整えるのが先だ。
「地下に、現代的な部屋を作るのもいいわね」
茉莉がキャンピングトレーラーの内部を改めて見回しながら、ふと呟いた。
「紙とペンはあるかしら?図面を描くわ」
悠がすぐさま道具を取り出すと、茉莉は嬉しそうにそれを受け取り、テーブルに向かって早速シャーペンを走らせ始めた。
「あと、シャトーブリアンもあるといいわね。それに合うチーズも、頂戴」
「オッケー」
「私もチーズとワインが欲しいわ」
綾乃が椅子に腰掛けながら、当然のように要求を重ねる。
「私は……昼に食べたショートケーキが、また食べたいです。それに合う飲み物も、あればお願いします」
ルフが控えめに、けれど期待の込もった目で悠を見つめた。
「もちろん、わかった」
悠は苦笑しながら、亜空間倉庫を漁っていく。それぞれの望みを一つ一つ叶えていくたび、キャンピングトレーラーの中に、穏やかで満ち足りた空気が広がっていった。
茉莉は紙に向かって夢中で図面を描き、綾乃はワイングラスを傾けながら満足げに目を細める。ルフはショートケーキを頬張り、幸せそうに頬を緩めていた。
悠はそんな三人の姿を眺めながら、静かに息を吐いた。
異世界に来て、まだ何日も経っていないのに、こんなにも穏やかな夜を過ごせるとは思っていなかった。
窓の外、暗闇に沈んだ背の高い草原の先には、これから自分たちが切り開いていく未来が広がっている。
「……明日は、畑仕事だな」
悠は小さく呟き、静かに笑みを浮かべた。
新しい生活の、確かな一歩が、今夜、ここから始まっていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
PS
キャンピングトレーラーは乗ったことないけどキャンピングカーは乗ったことがある。
なんだろうねあの感じ、車に乗ったのに部屋があるあの感じ、何と表現したものか分からないけどいいものだって言うのはわかる。
秘密基地感に近いかもしれないね。
懐かしいな。
小さいころ秘密基地を作ろうと空地の地面を掘っていたら、金属網に阻まれてそれ以上掘れなかったんだよね。
あれはいったい何だったんだろう…




