第10話 開拓民募集の掲示板と、即興の嘘
情報収集も一段落し、そろそろ帰ろうかというところで、悠はふと足を止めた。
「……あれ、なんだろ」
町の広場の隅、木製の掲示板に、一枚の紙が貼り出されている。
『北の地 開拓民募集中』
「お姉ちゃん、絢乃、ルフ、これ見てくれ」
三人が覗き込む。
「開拓民……」
茉莉の目が、すっと鋭くなる。
「悠、これってもしかして」
「うん。俺たちが目をつけてた、あの北東の未開の土地のことじゃないか?」
「おっしゃる通りかと思います」
しばし四人で顔を見合わせた後、頷き合う。
「行ってみる価値はありそうじゃない?」
絢乃の言葉に背中を押され、四人は近くにあった役所らしき大きな建物へと足を向けた。
◇◇◇
中に入ると、木の机の向こうに、木簡を大量に積み上げて仕事をしている初老の役人が座っていた。
「あの、掲示板の開拓民募集を見てきたんですが」
悠が声をかけると、役人は顔を上げ、筆を置いた。
「ああ……北の土地のことですか」
その表情が、わずかに曇る。
「正直に申し上げますと、あそこはあまりお勧めできません」
「え?」
「危険な動物が頻繁に出没する地域でしてね。ここ数年、入植を試みた者たちも、結局は諦めて戻ってくる有様です」
役人は困ったように眉を下げながら、机の上で指を組んだ。
「正直なところ、あの募集は……国として『生存権を拡張しようとするための形式上の掲示』に過ぎないのですよ。本気で人を住まわせようという意図ではなく、『土地を手に入れようと動いている』と、国民にアピールするための建前です。危険を承知で行かれるのは、あまりお勧めできません」
悠たちは顔を見合わせた。
そういうことか。だが──悠たちにとっては、むしろ好都合な話だった。危険な動物などいたところで、自分たちには関係のない話だ。それより、誰にも来られない土地であることの方が、よほど価値がある。
しかし、役人の表情を見るに、簡単には頷いてくれそうにない。
(どうしたもんかな……)
悠は一瞬、考えた後、口を開いた。
「……実は、妻が三人もいまして」
「へ?」
役人が目を丸くする。
「養っていくためにも、どうしても広い土地が必要なんです。危険は承知の上ですので、どうか」
しん、と場の空気が固まった。
絢乃と茉莉とルフの視線が、無言のまま悠の横顔に突き刺さる。刺すというより、もはや貫くような鋭さだった。
(……ごめん。後でちゃんと土下座するから)
悠は心の中でそっと謝罪しながら、困った顔を装い続けた。こんな世界だ、独り身の女性がうろうろするのは良くないだろう。既婚者として扱われた方が、何かと安全な気がする。咄嗟に出た嘘だったが、そう的外れでもないはずだ、と自分に言い聞かせる。
「そう、なのですね……」
役人はしばし悠を見つめた後、小さく頷いた。
「わかりました。それでしたら、農奴としてまずは登録させていただきます」
◇◇◇
あっさりと方針が固まり、役人は木簡を取り出した。
「お名前を伺えますか」
「ドレイク 悠です。ドレイクが姓です。えっと、こっちが絢乃と、茉莉とバールーフです」
「では、悠=ドレイク様、絢乃=ドレイク様、茉莉=ドレイク様、それとバールーフ=ドレイク様、ということで登録させていただきますね」
良かった。言った後に気付いたけど姓って一般的かどうか知る前に名乗っちゃった。でもどうやら反応を見るにちゃんと姓はあるようだ。
「……ドレイク?」
絢乃が聞いてくるが、口に指を立てる。
「開拓地に入植される方には、便宜上、最初の入植者の姓を土地名にするのが慣例でして。つまり、皆様の入植地は『ドレイク村』とさせていただきます」
思いがけない形で、村名が決まってしまった。
まずい。ついゲームでよく使っていた姓を名乗ったら、他の三人の姓もそれになってしまい、さらに村の名前も決まってしまった。相談すればよかった。どうしよ……。
「ドレイク村……いいじゃない、悪くない響きだわ」
茉莉が満更でもなさそうに呟く。絢乃とルフも小さく頷いていた。
「入植にあたり、家一棟分と、倉庫一つ分の資材をお渡しします。少々お待ちください」
役人が奥へ引っ込み、しばらくして戻ってくると、外に一台の手押し車が用意されていた。
動力源は人力である。木製の車輪がついた、人の手で押すタイプの荷車だった。
「……これ、誰が押すのかしら? 旦那様?」
茉莉が悠をじっと見る。
「喜んで押させていただきます」
Yesか、はい。答えは決まっている。
◇◇◇
資材を積み込み終えたところで、役人が丁寧に頭を下げた。
「それでは、新しい入植希望者が決まり次第、そちらへ送らせていただきます。皆様のご無事をお祈りしております」
そう言って、両手のひらをそっと合わせる、どこか神道の作法にも似た仕草を見せた。
この世界にも、祈るという行為の形があるのだと、悠は驚いた表情を浮かべるのだった。
◇◇◇
役所を出て、手押し車を押しながら町を歩いていると、すれ違う人々のひそひそ話が、悠の耳に届いた。
「ねえ見て、あの三人の美女……」
「きっとどこかの貴族様よ。あんな身なりでも、隠しきれない気品があるもの」
「使用人との禁断の恋の逃避行だったりして……キャー、ロマンチック!」
(使用人……? まあ、勝手にそう思っといてくれ)
悠は内心でにやりとした。妙な誤解をされているようだが、これはむしろ好都合だ。余計な詮索をされずに済むなら、その方がありがたい。
そんなことを考えながら、悠は上機嫌に手押し車を押し続けていた。
「いてっ!」
突然、背中に鋭い痛みが走る。
「ちょっと、ぼーっとしてないで、ちゃんと前見て押しなさいよ」
茉莉のピンヒールの尖った先端が、器用に悠の背中の中心を小突いていた。ヒールに葛布を巻いただけだが、見た目だけは貧相である。
そのヒールで手押し車に乗りながら蹴って来る。もちろん他の2人も手押し車の上だ。
「痛い痛い! そのヒールの先、地味に急所突いてくるからやめて!」
なんで痛いの!? 俺の方がステータスは桁違いに高いはずだよ? ……まさか超強力なヒールを渡しちゃったとか!?
「これくらいで音を上げないの。ほら、さっさと行きなさい」
ガタン、ガタンと車輪が鳴る音に、悠の情けない悲鳴が重なる。
夕暮れの町を抜け、四人と一台の手押し車は、新たな土地──ドレイク村となる場所へ向けて、ゆっくりと歩き出した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
PS
ハーレムってさ、良いなって思うよね。
でも憧れはしないんだよね。
2人の妻がいるとするじゃん?
一人ひとり100%で愛さなきゃいかんのよ。
2人ってことは200%で愛さなきゃいかんってことで、
それは一人では無理。2人にならなきゃ。
つまり、忍術を学べばいいってこと。




