第106話 窮地に勝機あり
日頃から狂ったようなパワーレベリングを行っている気質と、悠のお節介さが家臣にも伝染しているのか、この海上決戦というまたとない機会を利用して、マルズの騎士団員を無理やり鍛え上げようとしているのだ。
(それに、何という強さでしょう。私たちの騎士団が全員でかかったとしても勝てない魔獣一体を、一人で難なく倒している者もちらほらと見受けられます)
悠の兵たちは、厄介な遠距離攻撃を放つ魔獣を優先して見つけ出し、各個撃破していく。
マルズはごくりと喉を鳴らした。
「テリア、本部に要請をしてきてはくれないか?」
「援軍ですか?」
「いや……魔獣の死体を搬送する兵をお願いしてきてほしい。このままじゃ足場どころか、視界すら奪われてしまう」
マルズの視線の先には、すでにうず高く積み上がった魔獣の死体の山があった。
「ッ! 承知いたしました。すぐに戻って参ります」
本当は死体を壁代わりに利用したかったマルズだが、悠の兵に提案したところ、露骨に嫌な顔をされた。「それだと魔獣を倒せないから」「魔獣の死体に傷がつくのが嫌だ」というのが理由らしい。
ここでは、マルズが学んできた常識が音を立てて崩れ去っていく。
マルズは、ひきつった頬を引き上げ、乾いた笑い声をあげることしかできなかった。
「おい坊主! おめぇもこっちこい! レベリングするぞ!」
「へ!? ぼ、僕! いや……い、行きますので引っ張らないでください!」
血まみれの悠の兵に腕を掴まれ、マルズは抗う間もなく地獄のレベリングへと巻き込まれていった。
◇◇◇
そして現在。巨大なイカが海面から出現した直後。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
船体が大きく跳ねた瞬間、船首にしがみついていた百花の小さな体が宙に舞った。
「百花さん!」
ジークは叫び、必死に手を伸ばしたが、わずかに数センチ届かない。
「クソ! 守れなかった!」
ジークは甲板を殴りつけた。百花だけでなく、数人の騎士たちも波に攫われ、暗い海へと吹き飛ばされてしまった。
「お前たち! あの巨大な魔獣に近づけろ! この俺が直接斬ってやる!」
「「「はっ!!!」」」
残された船員たちが必死にオールを漕ぐが、巨大イカが暴れることで生じる大波に阻まれ、うまく前進できない。おまけに、複数の太い触手の攻撃を躱すだけで精一杯だった。
「どうすれば……」
ジークが歯噛みしたその時、信じられない声が響いた。
「ひゃっほう!」
「ん?」
ジークが海面に目を凝らすと、荒波の中でピンク色の髪が跳ねていた。
「こうやるんだよ! あはは!」
「こうですね!」
次々と水面に浮かび上がってきた海に落ちた騎士団員たちが、百花の真似をして水を蹴り、空を飛ぶように水中を動いていた。
「お前たち! 無事だったか!」
「はい! 楽しいです!」
パラディス騎士団員が白い歯を見せて笑う。
「そういう問題では……まあいい! 早く上がってこい!」
ジークが手を伸ばした瞬間。
「このまま倒しに行こう!」
百花が短剣を抜き放ち、水面を滑らかに進んでいく。
「は!?」
「俺らも行きます!」
「なにを……」
ジークの制止も虚しく、パラディス騎士団員たちも雄叫びを上げて百花の後に続く。
海上で繰り広げられる常軌を逸した光景。
巨大な魔獣の触手が、百花の二振りの短剣によって目にも留まらぬ速さで切り刻まれていく。そこへ追従したパラディス騎士団の重い剣撃が、容赦なくイカの胴体へと叩き込まれた。
しばらくすると、巨大なイカは悲痛な断末魔の声を上げ、どおぉぉんと水柱を立てて海上に倒れ伏したのだった。
◇◇◇
それ以降、海からの大規模な侵攻が起こることはなく、戦場には波の音だけが響いていた。
無事に強固な木製の湾岸要塞が完成し、潮風の中にその威容を現す。
要塞の上から静かになった海を見渡し、俺は大きく息を吐き出した。
「ふう、これで少しは落ち着いて漁が楽しめるかな……」
海上決戦、これにて閉幕である。
「勝鬨を上げよ! えい! えい! おう!」
「「「えい! えい! おう!」」」
「さあ! 大航海時代だぁ!」
悠の雄たけびが海に響き渡る。だが大航海時代はまだ先である。
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