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異世界でも楽しんで生きていこう  作者: 弥人(ヤアド)
第二章 ウィルダム王国戦国時代
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第105話 戦争ではなくレベリング

 ──ザバァァァァァンッ!!


 海面が爆発したかのように盛り上がり、轟音と共に巨大な触手が空を突いた。

 むせ返るような潮の匂いと、生ぬるい大量の水飛沫が俺の頬を打つ。


「なっ……巨大イカだと!?」


 思わず叫び、俺は本陣の柵を強く握り締めた。

 沖合で大波がうねり、出撃した十隻のロングシップが木の葉のように急激に傾く。


 船がひっくり返ることはなかったものの、バランスを崩した船員たちの悲鳴が交錯し、何人かが波間に投げ出される水音が響いた。

 その落下していく影の中に、見覚えのある鮮やかなピンク色の髪が翻るのが見えた。


「なんで百花がいるの!? 助けなきゃ!」


 俺の心臓が早鐘のように打ち始める。なぜ戦場のはずの海上に百花がいるのか意味が分からないが、そんなことを考えている余裕はない。

 筋肉を強張らせ、海へ飛び込もうと身を乗り出した、その途端。


『ビエェェェェッ!』


 空気を震わせる巨大イカの雄叫びが轟いた。

 ……が、その声は巨体に似合わず、どこか情けなく、威嚇というにはあまりにも弱々しく響いた。

 俺が目を瞬かせ、眼下の海面に視線を落とすと、そこには目を疑う光景が広がっていた。


 海に落ちたはずの船員たちが、波間を縫うように力強く泳ぎながら、すでに武器を振るって巨大な触手と交戦しているではないか。

 ザシュッ! ドスッ! と、水しぶきを上げながら剣を叩き込む音が、あちこちから聞こえてくる。


(……うちの領民、戦闘IQと状況適応力高すぎません?)


 俺の肩からふっと力が抜けた。

 さらに呆れたことに、崩れ落ちそうにうねる巨大イカの頭頂部には、すでに百花が這い上がり、両手の短剣を天高く掲げて高らかに雄叫びを上げているではないか。

 俺はただ、半開きの口をそっと閉じることしかできなかった。


 ◇◇◇


 少しだけ時間を遡る。作戦開始直前、海へと続く川の船着き場。


「皆の物! この精霊様より授かりし船にて魔獣を打ち倒そうぞ!」

「「「おうよ!」」」


 ジークが腹の底から声を張り上げると、彼に付き従うパラディス騎士団の面々が、決死の形相で雄叫びを返した。

 いよいよ海上決戦。全員の士気が最高潮に達したその時だった。


「じゃあ、しゅ──」

「出航だ!」


 横から甲高い声が割り込み、ジークの号令を鮮やかに奪い去った。

 振り返ったジークは、目を丸くして言葉を失う。


「……なんで百花さんがここに!?」


 ジークの額に冷や汗が伝った。


(百花さんは悠様のお気に入りだと聞いている。万が一のことがあってはならない!)


 ジークは慌てて手を伸ばす。


「百花さん、早く陸に……」

「いやだ!」


 百花は船の先端にしがみつき、ぷいっと顔を背けた。

(なんてわがままな方だ……!)


「それにもう戻れない」


 百花の言う通りだった。船はすでに川の激しい水流に乗り、海に向けてものすごいスピードで滑り出していたのだ。ごうごうと風が耳元を通り過ぎる。


「ああ! もう! 良いですか!? しっかりと捕まっててくださいね!?」


 ジークは頭を抱えながらも、波の飛沫に目を細めた。


「魔獣どもが見えてきたぞ! 野郎ども突撃ー!」

「なんでそんな危ない場所にいるんですか!」


 百花は船首の装飾にしがみついたまま、身を乗り出して前方を指さしている。

 前方からは多数の魔獣が迫り、毒液や水の刃といった遠距離攻撃が雨霰と降り注いできた。しかし船はそれを避けず、真正面から突っ込んでいく。


「斬り捨てろ!」


 ジークは甲板に飛び上がってくる小型の魔獣を、目にも留まらぬ速さで片っ端から両断していった。


 ◇◇◇


 一方その頃、海岸線の陸上部隊。


「お前たち! なんとしてもこの場所を死守するのだ!」


 焦燥に満ちた声を張り上げるのは、悠から武士の称号を賜ったばかりの少年、マルズ=クラウスだ。犬伯爵の息子である彼の声は、緊張でずいぶんと上ずっていた。


「マルズお坊ちゃま。私の前に出ないでくださいね」


 落ち着いた声でそう言い、マルズの前に立ち塞がって守るのは侍女のテリアだった。

 

「でも、どうにかして手柄を上げなければ、おか……母上に顔見せ出来ないんだ」


 マルズは唇を噛み、握りしめた拳を震わせた。悠から陸上部隊の指揮を預かった身として、何としても手柄を上げなければという焦りに支配されている。

 

 これまでの制度上では、「侯爵」の下に「伯爵」、その下に「子爵」といった階層になっていたが、子爵が伯爵に忠誠を誓っているかと言うとそうではなかった。

 

 男爵クラスになると所属はさらに多種多様で複雑怪奇だった。しかし、悠は「武士」という新たな叙勲制度によって、自らの下に家臣を連ねるという強固な縦社会を構築した。さらに悠が持つ圧倒的な武力を目の当たりにした今、彼に疑念を抱く者など皆無だった。


「そんなに焦ることはありません。堂々としていてください。それで騎士たちは奮い立つという物です」


 テリアは表面上は優しく微笑みながらも、内心では鋭く状況を分析していた。

 

(悠子爵様は何を考えているのでしょうか? 最初は犬伯爵の勢力を削るために、マルズ様を危険な前線に立たせていると思っていました。ですが、兵たちの動きを見る限り、そうではなさそうです)


 戦場を見渡せば、マルズの率いる騎士団は、悠の兵たちに完全に囲まれ、手厚く守られる形で戦わされていた。

 

 いわゆる「姫プ」状態であったのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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