第104話 海上決戦、作戦開始
「恩賞か……」
俺は腕を組んで考え込む。
貴族の戦といえば領地の加増が定番だが、海上の要塞を下賜するのは嫌がらせのようなものだ。
「うーん……土地をポンと渡すのは色々と都合が悪くてな。何か具体的に欲しい物はあるか?」
再び武士たちが「おおっ」「何がいいだろう」「やはりあれか?」とざわめき合い、やがて全員の総意としてジークが目を輝かせて言った。
「……手柄を立てた者に、『船』をいただくことは可能でしょうか……!?」
「船?」
思わぬ要求に目を丸くする。
「良かろう! 今回の戦いで格別の武功を立てた者には、恩賞の儀にて精霊様の船を一隻ずつ下賜する! それに加えて、戦で武勲を上げた者には『武士の称号』を授与すること忘れず周知させるのだぞ? さらに──討伐した海の魔獣の死骸は、ドレイク商会が全て買い取る! これでどうだ!?」
「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!」」」
天幕が吹き飛ぶのではないかというほどの大歓声が巻き起こった。
ジークが感極まった様子で深く頭を下げる。
「全員、異存などあろうはずもございません! 身命を賭して戦う所存です!」
すっかり武士たちの頼れるまとめ役になったジークの姿に頼もしさを覚えつつ、俺は立ち上がる。
「では、作戦開始だ! 美味い海鮮を手に入れに行くぞォォッ!!」
「「「いざぁぁぁぁぁぁッッ!!」」」
大地を揺るがすような鬨の声が上がった。
まだ見ぬ海の幸──新鮮な刺身、焼き魚、貝の網焼き、出汁の効いた味噌汁──を脳裏に思い浮かべ、俺は涎を垂らさんばかりの勢いで川岸へと急行し、亜空間倉庫から取り出した十隻のロングシップを次々と水面へと浮かべて頑丈なロープで繋ぎ止めていくのだった。見られるわけにはいかないのだ。
◇◇◇
──ドォォォォォンッ!!
ザザザザァァァッッ!!
本陣の丘の上から見下ろす海岸線は、まさに地獄絵図のような大激戦となっていた。
河口から突撃した十隻のロングシップが、大波を蹴立てて海へと躍り出る。
パラディスの騎士たちがオールを漕ぎ船の横に付けた盾が水鉄砲の雨を弾き返し、船上から放たれる無数の鋼鉄の矢が、海面を埋め尽くす魔獣の群れを次々と撃ち抜いていく。
その隙を突いて砂浜へと雪崩れ込んだ陸上部隊が、まさに怒涛の勢いで魔獣を薙ぎ払いながら扇状に陣地を押し広げ、その後方では建築組が信じられないスピードで魔木の巨木を打ち込み、みるみるうちに巨大な防壁が組み上がっていく。
「ふむ、順調だな。実に素晴らしい連携だ」
俺がお茶をすすりながら満足げに頷いていると──背後から猛烈な勢いで砂煙を巻き上げながら、一人の男が駆け上がってきた。
「ほ、報告がございますっ!!」
掲げられた旗印は、ドレイク町の伝令兵のものだ。
ちなみにドレイク町の伝令兵には、当初は足の速い軍馬を支給していたのだが、日々のレベリングで身体能力が上がりすぎた結果、『馬に乗るより自分の足で走った方が圧倒的に速い』という謎の現象が発生してしまい、今では草履にたすき掛けという江戸時代の飛脚のような風貌で野山を爆走するスタイルが定着している。
もちろん、こんな珍百景が見られるのはドレイク町だけである。
「どうした!? ドレイク町に敵襲か!?」
ドレイク町にはアイリス様がいる。守備兵は残してきたとはいえ、万が一にも不測の事態があっては困る。
だが、息一つ乱さずに直立した伝令兵が口にしたのは、全く別の報告だった。
「違います! 猫伯爵様および犬伯爵様が連名にて、正統なる王女アイリス様を推戴し──『イグゾムリア王国』の復活を全土に向けて宣言なさいました!」
「……そうか。報告感謝する」
俺は湯呑みを口元に運んだまま、気の抜けた返事をした。
なんだ、てっきり町が燃えてるとかそういう大惨事かと思ったら、そんな話か。
今は目の前で繰り広げられているエビとカニの収穫祭の方が、百倍くらい重要である。必ず食えるようにしてみせる!
まだ魔獣を腹を下さずに食べる方法は見つかっていない。そんな中食べる大バカ者はいつの時代にもいるのだ。
「……ちょっと、あなた。そんな呑気な顔をしている場合じゃないでしょう?」
隣にいた茉莉が、ジト目で俺の横顔を睨みつけてきた。
「王国の復活を宣言したということは、ウィルダム王国の諸侯や他の伯爵家が一斉に敵として攻め込んでくるということよ? 全面戦争になるわ」
「でもさ、茉莉。ここ、主戦場になりそうな南の要所や西の要所からめっちゃ遠い北の未開地だよ? 現場の防衛は前線の男爵たちや猫伯爵軍に任せておいて、俺たちは海を確保しよう」
子爵導ブレイシアは戦線に接してすらいない。
「援軍は出さないの?」
絢乃が小首を傾げて尋ねてくる。
「要請もされていないのに勝手に兵を送り込んだら、指揮権がどうこうとか後で絶対に面倒なトラブルになるからな。正式な要請が届くまでは静観だ。まあ、食料援助なら変わらず出すが……」
──ビシュッ!
海岸から流れ弾のように飛んできた高圧の水滴を、俺は左手に持った湯呑みの茶托で『パシッ』と軽く弾き落としながら話を続ける。
「それに、この海を制圧して海上輸送ルートを確立できれば、陸路が封鎖されたとしても大量の物資や食料を一気に運べるようになる。後々、戦局をひっくり返す最大の切り札になるはずだ。海上から兵を送ることもできるからね」
「……言われてみれば、確かにそうね」
茉莉が納得したように吐息を漏らし、絢乃とルフを見やった。
「分かったわ。私たちは町に戻って、有事に備えて内政と防衛体制を整えておくわね。何かあったらすぐに伝令を送りなさい」
「承知。あ、お土産は何がいい? 昆布? それともワカメ?」
「私は海水を持って帰ってきてほしいな! 本物の海の塩をたくさん精製してみたいの」
絢乃が楽しそうに微笑み、ルフも「美味しいお魚を期待しております」とお辞儀をして、三人は護衛を連れてドレイク町へと戻っていった。
ウィルダム王国の各地で、次期覇権の座と王国の存亡を賭けた血みどろの動乱が幕を開ける中──。
ドレイク町とその領主たる悠=レイブリス=ドレイクは、ブレることなく、ただひたすらに『美味い飯と海の幸』のために戦いを繰り広げていたのである。
──だがその時。
沖合の暗き海底深くから、巨大な地響きのような唸り声が響き渡り、海面が山のように盛り上がり始めていた──。
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