第103話 「海を取る」の認識違い
「ん? そんな後ろに砦を築いたら、海に出られないじゃないか」
「……え?」
「……ん?」
互いに首を傾げ合い、宙で視線が交差して奇妙な沈黙が落ちる。
見かねたように、端に控えていた茉莉が静かに口を開いた。
「失礼。ジーク、悠子爵様の言葉を一般的な常識で捉えては駄目よ。彼にとって『海を手に入れる』というのはね……『海に船を出せる恒久的な港湾要塞を築くこと』を意味しているのよ」
「「「ええええぇぇぇぇっ!?」」」
ジークだけでなく、周囲の武士や騎士たちが一斉に裏返った悲鳴を上げた。
全員が「正気ですか!?」と言わんばかりの目をひん剥いて俺を見てくる。
「な、何をそんなに驚いてるんだ? 海に出ずに、どうやって新鮮な魚や貝や海藻を手に入れるんだよ」
「悠子爵様ぁぁぁっ!!」
ジークが頭を抱えて絶叫した。
「船というのは、流れの緩やかな大河や巨大な湖でしか運用されないものです! ましてや魔獣が跋扈する大海原に船を浮かべるなど、巨大な餌を自らばら撒いて的になるようなものですよ!? 一体どうやって航行するというのですか!?」
至極真っ当。この世界の常識に照らし合わせれば百点満点の正論である。
「そうだな……だが、案外いけるかもしれないぞ?」
俺はニヤリと笑うと、天幕の隙間から先ほど水鉄砲が直撃した付近の森を指差した。
そこには、先ほどの超高圧水流の余波を浴びたオークの魔木が立っていたが──水で濡れているだけで、樹皮には傷一つ付いていなかった。
「この魔木の強度なら、魔獣の体当たりや水鉄砲くらいじゃビクともしない船が作れる。……それに、精霊様からすでに頑丈な船を何隻か譲り受けているんだ」
もちろん、亜空間倉庫にある北欧風の本格的な木造ロングシップのことだが、出所を突っ込まれると面倒なので全部『精霊様からの授かり物』という便利すぎる設定で押し通すことにする。
「木はともかく……精霊様から船を貰うなどという話は聞いたことがありませんが……」
ジークが力なく項垂れてボソボソと呟いているが、聞こえなかったことにして話を進める。
◇◇◇
「よし! まずは部隊を四つに再編する。──『海上部隊』『陸上部隊』『建築部隊』『衛生部隊』だ。なお、今回の作戦において俺は全体指揮に専念し、直接戦闘や作業には一切加わらない」
「……悠子爵様が、ですか? それは何故でしょう? 悠様が前線にお立ちになれば、それだけで兵たちの士気は跳ね上がりますが……」
ジークが怪訝そうに尋ねてくる。
「これから先、広大な海を奪還していく戦い──名付けるなら『海上決戦』において、『俺がいなければ勝てない』という状況を作ってはならないからだ」
すっと横からフィオナが淹れたての温かいお茶を差し出してくれた。湯気とともに香ばしい茶葉の香りが漂う。
俺は「ありがとう」と礼を言って湯呑みを受け取り、喉を潤した。
「今回は精霊様からいただいた船を使うが、この作戦が成功すれば、ドレイク軍には正式に『海軍』が組織されることになる。俺の力に頼らず、軍としての組織力と戦術で海を制圧できるようにならなければ、今後の持続的な海の開拓はあり得ないんだ」
「……そのような考えが。海を船で自在に行き交う世界など、いまだ想像もつきませんが……悠子爵様がそこまで見据えておられるのなら、我らも全力を尽くしましょう」
ジークが迷いの晴れた力強い顔つきで頷いた。
「作戦は至ってシンプルだ。まず第一段階として、『海上部隊』が川の河口から船を使って一気に海へと突入する。海に出たら即座に左右に展開し、海中からの魔獣の接近を海上から迎撃・牽制して食い止めてもらう。投入する船は十隻。危険な役目だから、一番練度の高いドレイク町の精鋭兵を充てようと思うが──」
「お待ちください、悠子爵様!」
ジークが身を乗り出して遮った。
「その海上部隊、我がパラディス村の騎士団にお任せ願えませんでしょうか! 我らは常に過酷な環境で魔獣と刃を交え続けてきた精鋭です。未知の海上戦という死線に真っ先に飛び込む役目、我ら以上に適任はおりません!」
「……良いの……」
『本当に命の危険があるが、良いのか?』と喉元まで出かかった言葉を、俺はすんでのところで呑み込んだ。
ジークの瞳、そして背後に控えるパラディスの騎士たちの目には、燃え盛るような覚悟と主君への絶対の忠誠が宿っている。彼らが腹を括って名乗りを上げてくれたのだ。ここで気遣いという名の水を差すのは、武士に対する最大の無礼というものだ。
「……相分かった。海上部隊の指揮はジーク、お主とパラディス騎士団に一任する。一番危険な役回りだ。万が一船が破壊されれば命はないと思え。死ぬ気で耐え、陸上部隊が海岸線を制圧するまでの時間を稼いでくれ!」
「ははっ! 命に代えましても!」
ジークが胸を叩いて力強く敬礼する。
「続いて『陸上部隊』だ。海上部隊が海へ躍り出て魔獣の注意を引いた瞬間、全軍突撃を敢行する。役割は、建築予定地の確保と防衛線の構築だ。まずは一点突破で砂浜の中央部まで一気に切り込み、到達次第、部隊を三方に分割。一つは正面の維持、残り二つは左右へと展開し、まるで扉を開くように海岸線を押し広げて占領しろ!」
「「「はっ!」」」
居並ぶ武士たちが腹の底から声を揃える。
「そして『建築部隊』! 陸上部隊が切り開いた安全圏へ即座に資材を搬入し、オークの魔木を用いた簡易要塞と突堤を瞬時に組み上げろ! 最初は木造の砦で構わん。拠点が完成次第、後から石造り、レンガ造り、そして最終的には鉄筋コンクリート製へと増築していく!」
連れてくるよう指示しておいたドレイク町の建築組の親方が、太い腕を組んで不敵に笑った。
彼らは今も後方で続々と魔木の加工と資材の運搬を進めている。言うまでもなく、ドレイク町の建築組は全員が日々の魔獣の森戦っている歴戦の猛者たちだ。ドレイク町でレベリングをしていないのは乳飲み子くらいのものである。
「最後に『衛生部隊』は、本陣後方に設営した天幕で負傷者の救護に当たれ。ポーションは湯水のごとく使って構わん、一人たりとも死なせるな!」
一通りの指示を終え、俺は一同を見渡した。
「何か質問はあるか?」
武士たちが顔を見合わせ、何やらヒソヒソと小声で話し合いを始めた。
やがて、代表してジークが少し遠慮がちに口を開いた。
「あの……悠様。大変不躾な質問ではございますが……今回の戦において、何か『恩賞』のようなものはいただけますでしょうか?」
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