第101話 イグゾムリア王国の復活
航海技術? 海図の作成スキル? そんな超重要かつ喉から手が出るほど欲しかった人材が、今まさに目の前にいるだと……!?
「よし行こう。すぐ行こう。今すぐ行こう」
「えっ、旦那様!?」
フィオナが目を丸くするのを完全に無視して、俺は勢いよく立ち上がると、走って外に出る。
「炎帝!」
『ヒヒィィィィンッ!!』
──炎帝が咆哮とともに駆けてくる。
「うおおっ! 炎の馬だ! かっけぇぇぇ!!」
「百花、乗れ!」
「おうっ!」
俺は百花の襟首を掴んで炎帝の背中へと放り投げ、自身も手綱を掴んで飛び乗った。
「ちょっ、旦那様ぁぁぁ!? まだ何の準備もしていませんし、奥様方にも誰も聞いておりませんよ!? ま、待てぇぇぇぇぇぇぇ!!」
背後でフィオナが悲鳴を上げながら追いかけてくるが、俺は振り返ることなく炎帝の腹を蹴った。
炎帝が力強く大地を踏みしめ、ドレイク邸を飛び出し一直線にドレイク町の正門へと向かって駆けていく。
風を切り裂くように走り、正門の前へと着地すると、そこには武装を整えた集団がいた。
先ほど大広間で謁見を終えたばかりの武士たちと、その護衛の騎士たちだ。
「おや、悠子爵様! 先ほどぶりでございますな。我らはこれから、奥様山の森へ訓練に向かうところでして……」
驚いた様子で頭を下げる男爵を見下ろし、俺は獰猛な笑みを浮かべた。
「ちょうどいい! 全員、俺に付いて来い!!」
「は、はい!? どこへ向かわれるのですか!?」
俺は炎帝の首を北へと向け、腹の底から叫んだ。
「──いざ! 海へぇぇぇぇぇぇっ!!」
「う、海ぃぃぃぃ!?」
男爵たちが泡を食って絶叫する中、その号令を聞きつけたドレイク町の町民や屈強な兵士たちが、「将領様のお出ましだ!」「海へ行くぞォォッ!」と歓声を上げ、手近な武器や鍋を引っ提げて嬉々として俺の後ろへと駆け出していくのであった。
◇◇◇
一方その頃──ドレイク町から遥か南西、フェリスグラード町にあるヒルダ伯爵の屋敷。
重厚なマホガニーの家具が並ぶ応接間には、張り詰めた空気が漂っていた。
部屋の周囲には、フェリスグラードの防衛を担う近隣の男爵たちが厳重な警護として配置されている。
「……よく来てくれたな、グレーテ」
革張りのソファに深く腰掛けたヒルダが、低く落ち着いた声で正面の人物に語りかけた。
対面に座っているのは、金髪をウルフカットにした女性──グレーテ=シアン=クラウス。南の要所を治める『犬伯爵』の当主であり、ヒルダとは幼少期からの気心の知れた幼馴染である。
「いいの、私たちの仲でしょ。防衛の指揮は全部うちの騎士団長に丸投げしてきた。私、血生臭い戦いは好きじゃないの。分かってるでしょ」
グレーテは気だるげに微笑みながら、膝の上に乗せた毛並みの美しい大型の警備犬の頭を、細い指先で優しく撫でていた。
「相変わらずだな」
「それで、なんでこんな物々しい空気で呼び出したの? ヒルダちゃん」
「……公の場ではそう呼ぶなと昔から言っているだろう。まあいい」
ヒルダは深く息を吸い込み、冷徹な瞳で幼馴染の目を真っ直ぐに見据えた。
「単刀直入に言う。──我らは、滅びた『イグゾムリア王国』を復活させる」
室内の温度が数度下がったかのような静寂が落ちた。
グレーテの手がピタリと止まる。彼女はゆっくりと首を傾げ、困ったような笑みを浮かべた。
「……あのね、ヒルダちゃん。一度失われたものは、二度と元には戻らないの。ましてや、戦争で根絶やしにされた王族なんて……」
「前王の孫娘であらせられるアイリス様は生きておられる。今は、ドレイク町で悠子爵の庇護下におられるのだ」
「…………」
グレーテの瞳から気だるげな色が消え、底知れない観察者の光が宿った。
じっと、瞬き一つせずにヒルダの瞳の奥を覗き込む。嘘や誇張がないかを確かめるための、冷徹な視線。
やがて、グレーテはふうと小さく息を吐き出した。
「……嘘ではなさそうね。本物の王族が残っているなら、その大義名分を使って立ち上がるのは正しい。──でも」
グレーテは唇を尖らせ、あからさまに頬を膨らませて拗ねてみせた。
「ヒルダちゃんが、私にそんな大事なことをずっと隠してたのが気に入らない」
「……それに関しては申し訳なく思っている。どこに間者が潜んでいるか分からない状況だったのだ。万全を期すため、誰にも明かせなかった」
「ならいい。許しちゃう」
あっさりと機嫌を直して微笑むグレーテ。昔から変わらない、掴みどころのない性格だ。
「私達の手で、イグゾムリア王国を再興する。それでいいな?」
「ヒルダちゃんがそれでいいなら、私は従う。……でも、私個人にはあんまり期待しないでね?」
「期待など端からしていないさ。だが──頼りにはしているぞ」
ヒルダが不敵に笑う。
それでいいのだ。それだけで十分すぎるほどの戦力になる。何せ、このウィルダム王国において『犬伯爵家』が恐れられている真の理由は、当主の武力ではないのだから。
この密談を皮切りに、『正統なる血を引く王女を戴くイグゾムリア王国の復活』の報は、燎原の火のごとく各地へと広まっていくこととなる。
王国の覇権を巡る戦乱はさらに混迷と激化を極め──そしてその巨大な渦の中へと、呑気に海を目指す悠たちも否応なく巻き込まれていくのだった。
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