第99話 温度差の激しい悠子爵への謁見
龍栖館の謁見の間では到底収まりきらない人数が集まったため、謁見の場は急遽、八龍城の広大な大広間へと移された。
磨き上げられた黒漆塗り(くうるしぬり)の床、太い円柱が整然と並ぶ厳かな空間には、重苦しい沈黙と張り詰めた緊張感が漂っていた。
集まった数は、ブレイシアの男爵のおよそ三分の二。居並ぶ男爵たちは誰もが青ざめた顔で直立し、額には脂汗を浮かべ、喉を鳴らすことすら恐れているように息を詰めている。
彼らにとって、目の前の座布団に座る悠=レイブリス=ドレイクは、短期間で成り上がり、前任の猪子爵を容赦なく殺してその座を奪い取ったとされる『底知れぬ怪物』なのだ。
今更男爵の一人や二人、機嫌を損ねれば首を刎ねられてもおかしくないと本気で怯えているのだが当の悠はそれに気づいていない。
謁見の内容自体は、拍子抜けするほどシンプルだった。
集まった全員が俺への服従を誓い、正式に猫伯爵陣営の傘下に入ることが決定した。
その列の中には、犬伯爵の子供の姿もあった。まだ小さな子供だが聡明な目つきをしている。名乗られた名前は右から左へと抜けていって覚えられなかったが、要するに犬伯爵家も正式に猫伯爵側に付くという確固たる意思表示だ。
これによって、侯爵府マグナリアに属する伯爵のうち、猫伯爵と犬伯爵の二大勢力が味方であることが完全に公となった。
同時に、残る馬伯爵が牛侯爵陣営へと付いたというのも確定した。戦局の構図がいよいよ明確になってきたわけだ。
そうして一人ひとりに領地の安堵と武士としての身分を授ける受勲の儀を淡々と進めていたのだが──最後の一人に証書を手渡したあとで、列の前方にいた初老の元男爵がおずおずと手を挙げた。
「あの……悠子爵様。恐れながら、一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか……」
「ん? 何だ、申してみよ」
俺が鷹揚に頷くと、元男爵は喉をゴクリと鳴らし、決死の覚悟といった面持ちで口を開いた。
「はっ……我ら男爵が領地を治める『武士』へと改まることは、重々理解いたしました。な、ならば……我らが手元に抱える『騎士』たちは、今後どうなるのでしょうか? ど、どうか……騎士の身分だけは、廃止なさらないでいただきたいのですが……!」
悲痛なまでの訴えに、俺は思わず内心で首を傾げた。
騎士という単語は知っているが、それがどのような者達なのかはわからなかったのだ。ファンタジー作品によく出てくるあの甲冑を着たアレだよな? 作品によっては『騎士爵』なんていう貴族の一番下の爵位として扱われることもあるが、この世界ではどういう扱いなんだ?
知ったかぶりをして後でボロが出るのは一番まずい。わからない時は、聞くに限る。
「……無知をさらすようですまんな」
俺はわざと低く重みのある声を作り、薄く口角を吊り上げて不敵に笑ってみせた。
「そもそも『騎士』とは何だ? 忠誠心や騎士道精神といった心構えの話を聞きたいのではない。社会的な身分として、騎士とは具体的に何を指すのかを聞きたいのだ。何分、俺は貴族になって日が浅いものでな」
俺としては単なる純粋な質問のつもりだったのだが──質問した元男爵の顔から、サーッと血の気が引いていく。
元男爵の脳内では今、『言葉の選び方を一つでも間違えれば、身分どころか貴様らの命ごと剥奪してやるぞ』という恐ろしい脅迫として変換されているのだ。
ここにいる男爵たちは、悠に取り入ろうなどという甘い考えは毛頭なく、ただただ領民と己の家を守るために『絶対に不敬を働かないように』と必死なのだ。
「ひっ……! は、はいっ! き、騎士と申しますのは……! き、貴族と同等の高い教養と礼儀作法を身につけ、領主や貴族家に忠誠を誓って仕える『専属の上級兵士』のことを指します! はいっ!」
上ずった裏返りそうな声で、男爵は必死に言葉を紡ぎ出した。
見れば、背後に控える他の男爵たちも一様に青ざめ、床に視線を落として祈るように手を握りしめている。
(……うわぁ、めちゃくちゃ緊張してるじゃん。空気が重すぎる……。ここは一つ、場を和ませるために気の利いた冗談でも言って緊張をほぐしてやるか)
俺は顎に手を当て、うんうんと深く頷いてみせた。
「ふむ……貴族に帰属して仕えるのが騎士、というわけだな。それに高い教養さえあればいいのなら、本人の意識次第で平民だって『騎士』になれるというわけか……なんちゃって……」
──シーン。
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