第5話 燻る天才
深夜一時を回った頃、Kuroはいつものように配信の締めへ入っていた。
「じゃあ今日はこの辺で終わろか。遅い時間まで付き合ってくれてありがとうな」
『おつー』
『明日も見る』
『今日おもろかった』
『その話またしてくれ』
『大会見た感想配信頼む』
Kuroは画面へ向かって軽く手を振った。最後まで残ってくれる常連たちだ。四年間活動を続けてきた今でも、この時間は嫌いではなかった。
「ほな、お疲れさん」
配信終了ボタンを押す。画面が暗転し、部屋に静寂が戻ってくる。
登録者数は三万二千人。同時接続は三百五十人前後。個人配信者としては十分戦えている数字だった。固定の視聴者もいるし、配信だけで生活もできている。それでも満足はしていなかった。
「増えへんなぁ……」
椅子へ深くもたれながら天井を見上げる。
四年前、同じ時期に活動を始めた配信者たちは今や十万人、二十万人規模の人気者になっていた。企業所属としてイベントへ出演する者もいれば、大型案件を抱えて活躍している者もいる。
対して自分は今も個人勢だった。
事務所なし。スポンサーなし。案件もほとんどない。
理由は自分でも分かっている。
その時、机の上のスマホが震えた。
友人からのメッセージだった。
『また炎上したん?』
それを見た瞬間、Kuroは思わず吹き出す。
『してへんわ』
短く返してスマホを置いた。
正確には炎上していない。ただ思ったことを口にしただけだった。大会運営への意見、競技シーンへの苦言、人気配信者へのツッコミ。納得できないことは我慢しない。結果として敵も増えたし味方も増えた。そして企業から見れば扱いづらい人間になった。
「まぁ向いてへんのやろな」
苦笑しながら冷蔵庫を開き、飲み物を取り出す。
その時、再びスマホが震えた。今度はSKYLINEだった。
最近よく見る名前が表示されている。
BLUE HAWK。
競技シーン最大の話題となっている新設チームだ。世界王者監督、スター選手たち、圧倒的な資金力。良くも悪くも話題の中心にいる存在だった。
「また何か始めたんか」
何気なく通知を開く。
すると目に飛び込んできたのは新しい告知だった。
BLUE HAWK STREAMER DIVISION設立。
ストリーマー募集開始。
その文字を見てKuroは少しだけ目を細める。
「ほんま行動力お化けやな」
最初は好きではなかった。何もかも持っているように見えたからだ。
だが最近は少し考えが変わっていた。他のチームがやらないことをやる。失敗を恐れず挑戦する。だから話題になる。だから人が集まる。そのやり方は配信者として素直に面白いと思えた。
募集要項を読み進めていく。
活動者歓迎。
経験者優遇。
個人勢応募可能。
そこまで読んだ時には、もう応募ページを開いていた。
名前。
Kuro。
活動歴。
四年。
得意なこと。
雑談。
ゲーム実況。
企画配信。
順番に入力していく。
そして最後、将来の目標という欄で手が止まった。
綺麗な言葉はいくらでも思いつく。誰かを笑顔にしたい。夢を届けたい。そんな文章はいくらでも書ける。
だが、それは自分らしくなかった。
少し考えた後、Kuroは笑いながらキーボードを叩く。
――日本一面白い配信者になる。
入力を終え、そのまま送信ボタンを押した。
応募完了。
画面に表示されたのはそれだけだった。
受かる保証なんてない。むしろ落ちる可能性の方が高い。それでも不思議と気分は悪くなかった。
応募しなければ何も始まらない。
挑戦しなければ何も変わらない。
それくらいは四年間の活動で嫌というほど学んでいる。
「さて、寝るか」
立ち上がった瞬間、スマホが再び震えた。
先ほどの友人からだった。
『お前BLUE HAWK応募した?』
それを見たKuroは思わず笑う。
『した』
数秒後、すぐに返信が返ってきた。
『受かったら絶対面白いやん』
その文章を見ながらKuroは小さく頷いた。
「それは確かにそうやな」
まだ結果は出ていない。何も決まっていない。それでも久しぶりに少しだけワクワクしていた。
同じ頃、BLUE HAWK本部ではShinが大量の応募資料に目を通していた。何百人目かのプロフィールを見ていた時、一つの名前で手が止まる。
Kuro。
登録者三万二千人。
個人勢。
活動歴四年。
過去に何度も炎上経験あり。
プロフィールだけ見れば企業が敬遠しそうな人材だった。
だがShinは興味を持った。
動画を開く。
雑談配信を再生する。
五分。
十分。
二十分。
気付けば最後まで見終わっていた。
「喋り上手いな……」
自然と声が漏れる。
コメントとの掛け合い、話題の広げ方、空気の作り方。どれも経験に裏打ちされたものだった。数字以上の魅力がある。そんな感覚があった。
その時、後ろから誠司が声を掛ける。
「気になるか?」
Shinは資料から目を離さず頷いた。
「問題児ですけど、面白いです」
その答えを聞いた誠司はプロフィールを眺め、小さく笑った。
「だったら会ってみよう」
こうして月城アリサとはまるで違うタイプの才能もまた、BLUE HAWKとの運命が少しずつ動き始めていた。




