第4話 ありえないオファー
「ナイスゥ!」
最後の集団戦に勝利した瞬間、Shinは笑いながら椅子の背もたれに身体を預けた。
コメント欄は歓喜の声で埋め尽くされている。
『うますぎる』
『今の判断神』
『やっぱシンだわ』
『今日も神配信』
軽く雑談を挟みながらコメントを拾い、いつものように配信を締めていく。そのやり取りも含めて視聴者たちは楽しんでいた。
「じゃあ今日はこの辺で! お疲れー!」
配信終了。
画面からコメント欄が消え、部屋に静寂が戻る。
Shinはヘッドセットを外し、大きく伸びをした。
時計を見ると深夜一時を回っていた。
六時間配信。
さすがに疲れてはいる。
だが嫌な疲労感ではない。
今日も数字は好調だった。
同時接続は四万人を超え、配信の反応も良い。企業案件やスポンサー契約も順調で、動画収益と合わせれば収入面で困ることはなかった。
今のShinはプロ選手ではない。
どこかのチームに所属しているわけでもない。
それでもゲームだけで十分生活できているし、一般的な会社員より遥かに高い収入を得ていた。
数年前の自分からすれば成功者だろう。
実際、今の生活に大きな不満はない。
それなのに、時々考えてしまうことがあった。
世界大会。
プロリーグ。
競技シーン。
かつて本気で目指していた場所だった。
だが現実は甘くなかった。給料やチーム環境、将来への不安など様々な問題があり、夢だけで続けられるほど簡単な世界ではなかった。
だから諦めた。
配信者として生きることを選んだ。
後悔はしていない。
そう思っていた。
その時だった。
机の上に置いていたスマートフォンが震える。
企業案件だろうと思いながら通知を開く。
しかし差出人を見た瞬間、Shinの手が止まった。
SEIZE NEXT株式会社。
聞いたことがあるどころではない。
国内有数のIT企業。
上場企業。
ニュースでも何度も名前を見る有名企業だった。
「……なんで俺に?」
首を傾げながらメールを開く。
そして数秒後、思わず声が漏れた。
「は?」
内容は驚くほど簡潔だった。
一度お会いしたい。
eスポーツ事業に関するご相談があります。
代表取締役社長
佐藤誠司
Shinは画面を見つめる。
もう一度読む。
さらにもう一度読む。
何度読み返しても内容は変わらない。
「いやいやいや」
思わず立ち上がった。
意味が分からない。
何かの間違いではないか。
だが送信元を確認しても本物だった。
会社ホームページも開く。
代表者名も一致している。
偽物ではない。
本当にSEIZE NEXTの社長から送られてきたメールだった。
なぜ自分なのか。
何の目的なのか。
頭の中で疑問ばかりが膨らんでいく。
その時、再びスマートフォンが震えた。
今度は着信だった。
知らない番号。
数秒迷った後、Shinは通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『夜分遅くに失礼いたします』
落ち着いた女性の声だった。
『朝比奈と申します』
「は、はい」
『SEIZE NEXT代表の佐藤よりご連絡を差し上げております』
その瞬間、Shinは無意識に背筋を伸ばした。
本当に本物だった。
『メールはご確認いただけましたでしょうか?』
「えっと……はい」
『突然のご連絡で申し訳ありません』
「いや、その……」
頭が追いつかない。
何を聞けばいいのかも分からない。
『弊社代表がぜひ一度お話したいと申しておりまして』
「案件とかですか?」
『それも含みます』
「含む?」
『詳しくは直接お話できればと思います』
余計に気になる。
だが相手の声からは誠実さしか感じなかった。
そして次の言葉で、状況はさらに理解不能になる。
『弊社は現在、プロeスポーツチームの設立を計画しております』
Shinは固まった。
プロチーム。
上場企業。
新設。
頭の中で言葉が上手く繋がらない。
『その件でご相談したいことがあります』
「……え?」
思わず聞き返す。
だが朝比奈は淡々と続けた。
『ご都合はいかがでしょうか?』
Shinはしばらく黙り込んだ後、恐る恐る質問する。
「ちなみに……」
『はい』
「選手の話ですか?」
電話の向こうで少しだけ間が空いた。
そして返ってきた答えは予想外だった。
『いいえ』
Shinは苦笑する。
やはりそうだ。
自分は現役プロではない。
競技シーンから離れて長い。
そう考えるのが普通だった。
だが次の瞬間。
『チームの顔になっていただきたいそうです』
Shinの思考が止まる。
「……はい?」
『代表の言葉をそのままお伝えします』
朝比奈は少し苦笑したようだった。
『強い選手は後から集められる。でも人気者は簡単に作れない』
『だから最初に君を獲りたい』
Shinは天井を見上げた。
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
だが胸の奥が少しだけ熱くなっているのを感じた。
昔諦めたはずの世界。
競技シーン。
プロチーム。
そして新しい挑戦。
忘れたつもりだった憧れが、静かに顔を出していた。
『いかがでしょうか?』
Shinはゆっくり息を吐く。
まだ何も決まっていない。
だが、この電話を断れば二度と来ない機会かもしれない。
そう思った。
「……とりあえず会うだけなら」
その返事をした瞬間だった。
Shin自身も気付かないまま、彼の運命は大きく動き始めていた。




