第24話 世界へ行く道
「世界一になる話をした」
佐藤誠司の言葉を聞いても、白河大牙はすぐには返事をしなかった。
窓の外では夕方の光が少しずつ薄れ始め、店内には落ち着いた音楽が流れている。だが二人の間には静かな緊張感が漂っていた。
大牙はこれまで何度も似た話を聞いてきた。
世界を目指そう。
優勝しよう。
最強のチームを作ろう。
だが、その言葉を最後まで貫いた人間はほとんどいなかった。
資金が尽きる。
運営が消える。
チームが崩壊する。
理想だけ語って終わる。
そんな光景を何度も見てきたからこそ、大牙は簡単に人を信用しない。
だから今も、目の前の男を試すように見つめていた。
「天城蓮はそれで納得したんですか」
大牙がそう聞くと、誠司は小さく笑った。
「いや」
「違うんですか」
「納得するまで話した」
その答えに大牙は少しだけ納得したように頷く。
確かに天城蓮という男は簡単に人を信用するタイプではない。だからこそ気になっていた。
どうやって口説いたのか。
何を見せたのか。
何を信じさせたのか。
「で」
大牙はカップを手に取りながら視線を向ける。
「俺には何を期待してるんですか」
誠司は少し考えた後、迷いなく答えた。
「タンクとして世界一になってほしい」
大牙の眉がわずかに動く。
「随分簡単に言いますね」
「簡単じゃない」
誠司は即答した。
「だから会いに来た」
その返答に大牙は少し黙る。
今までのスカウトは違った。
待遇の話。
給料の話。
スポンサーの話。
知名度の話。
だが、この男は最初から世界の話しかしない。
日本一ですらない。
最初から世界一だ。
「正直に言います」
大牙がゆっくり口を開く。
「俺はチーム嫌いです」
「そうか」
「人と揉めるし」
「そうらしいな」
「言いたいこと我慢できないんで」
「知ってる」
「ネットで書かれてること、大体本当です」
誠司は思わず笑った。
隠す気は一切ないらしい。
むしろ開き直っている。
「だから入ってもまた問題起こしますよ」
大牙は真顔だった。
脅しではない。
忠告だ。
過去のチームでも同じだった。
最初は期待される。
最後は衝突する。
その繰り返しだった。
しばらく沈黙が流れる。
しかし誠司は慌てない。
否定もしない。
説教もしない。
ただ静かに聞いていた。
「じゃあ聞くが」
「何ですか」
「何で揉める?」
大牙は少し考える。
そして静かに答えた。
「勝ちたいからです」
即答だった。
迷いはない。
「努力しない奴が嫌いなんです」
「なるほど」
「負けても悔しがらない奴も嫌いです」
「分かる」
「適当にやる奴はもっと嫌いです」
そこには強い感情が込められていた。
大牙は思い出していた。
練習をサボる選手。
言い訳ばかりするチームメイト。
負けても笑っている人間。
そんな環境が我慢できなかった。
だからぶつかった。
だから辞めた。
だから今も一人だった。
誠司は静かに頷く。
そして理解する。
問題児ではない。
少なくとも本質は違う。
この男はただ勝ちたいだけだ。
誰よりも強く。
誰よりも本気で。
だから周囲と衝突する。
「だったら問題ない」
誠司がそう言った瞬間、大牙が顔を上げた。
「何でですか」
誠司は真っ直ぐ大牙を見る。
その目には迷いがなかった。
「俺が世界へ行く道を作る」
大牙の動きが止まる。
誠司は続けた。
「練習環境も作る」
「コーチも集める」
「監督も連れてくる」
「施設も遠征費も全部用意する」
淡々とした口調だった。
だが、その一言一言には不思議な重みがあった。
「選手を守る」
「生活も守る」
「競技に集中できる環境も守る」
大牙は何も言えない。
誠司はさらに続けた。
「だからお前は勝て」
その言葉が胸に刺さる。
「世界へ行け」
「世界一を目指せ」
「それ以外は俺がやる」
店内が静まり返る。
大牙はしばらく言葉を失っていた。
そんなことを言われたのは初めてだった。
今までのチームは違う。
スポンサー活動。
イベント。
配信。
営業。
様々な仕事を選手へ押し付けた。
だが、この男は違う。
道を作ると言った。
守ると言った。
そして勝つことだけ考えろと言った。
「本気なんですか」
大牙が小さく聞く。
「本気だ」
誠司は即答する。
一切迷わない。
「世界一になるために会社を使ってる」
「利益のためじゃない」
「夢のためだ」
大牙は思わず笑ってしまった。
馬鹿げている。
普通じゃない。
会社を作った人間の発想じゃない。
だが、不思議と嫌ではなかった。
むしろ少し格好良く見えた。
「変な人ですね」
「よく言われる」
二人とも笑う。
最初に会った時より空気はずっと柔らかかった。
大牙はカップの中のコーヒーを見つめながら考える。
三十分だけのつもりだった。
興味もなかった。
適当に断って帰るつもりだった。
それなのに。
今は違う。
気付けばBLUE HAWKの未来を想像している。
Rei。
そして自分。
さらに世界王者監督候補。
本当に実現したらどうなるのか。
そんなことを考えている自分がいた。
やがて大牙は顔を上げる。
「もし」
誠司は黙って続きを待つ。
「もし入るとして」
「おう」
「条件があります」
誠司は少しだけ笑った。
天城蓮も同じだった。
本気で考え始めた人間は、必ず条件を口にする。
「聞こう」
大牙は真っ直ぐ誠司を見る。
そして静かに言った。
「その道を最後まで作り続けてください」
誠司の表情が少しだけ変わる。
「途中で諦めないでください」
「逃げないでください」
「本気で世界を目指してください」
その目は真剣だった。
確認だ。
過去に何度も裏切られてきたからこその言葉だった。
誠司は少しも迷わない。
「当たり前だ」
即答だった。
「俺は世界一になるまでやめる気はない」
大牙はその答えを聞き、ゆっくり笑った。
「なら」
短い沈黙。
そして。
「BLUE HAWK、悪くないかもしれません」
加入宣言ではない。
だが十分だった。
最初は興味すらなかった。
三十分で帰るつもりだった。
それが今は違う。
白河大牙は初めてBLUE HAWKというチームの未来を見ていた。
そして佐藤誠司も確信する。
世界一を目指すための二人目のピースは、もうすぐその手に届こうとしていた。




