第21話 次の条件
韓国から帰国した翌日。
BLUE HAWK本部の会議室には佐藤誠司、朝比奈美月、Shin、そして天城蓮の四人が集まっていた。
大型モニターにはチームの現状が表示されている。
選手一名。
スタッフ数名。
世界一を目指すチームとしては、まだ何も始まっていないと言っていい状態だった。
だが会議室の空気は不思議と前向きだった。
韓国遠征が完全な失敗ではなかったからだ。
「どうでした?」
最初に口を開いたのは蓮だった。
誠司は椅子へ腰掛けながらコーヒーを手に取る。
「断られた」
その一言にShinが額を押さえた。
「やっぱりか」
「まあ普通そうなりますよね」
美月も苦笑する。
相手は世界王者監督。
しかも韓国競技シーンのレジェンドだ。
設立したばかりの日本チームへ即答で加入する方がおかしい。
だが誠司の表情に落胆はなかった。
むしろ少し機嫌が良さそうですらある。
「ただし」
その言葉に三人の視線が集まった。
誠司は小さく笑う。
「また連絡しろと言われた」
会議室が静かになる。
蓮が少しだけ身を乗り出した。
「どういうことですか」
「そのままだ」
誠司は韓国でのやり取りを簡潔に説明した。
日本の才能。
世界への案内人。
そして最後にミンジュンから告げられた条件。
『選手を揃えてください』
『その時、もう一度話しましょう』
話を聞き終えた瞬間、Shinが椅子へ深くもたれた。
「なるほど」
「つまり?」
「監督候補として保留されたってことですね」
誠司は頷く。
「そういうことだな」
完全な拒絶ではない。
むしろ逆だった。
試されている。
BLUE HAWKが本当に世界を目指すチームなのか。
口だけの新設チームなのか。
それを見極めようとしている。
その事実が逆に全員の気持ちを高ぶらせていた。
「面白いじゃないですか」
静かだった蓮がそう言った。
三人が視線を向ける。
蓮は少し笑っていた。
「世界王者監督が来るかもしれないんですよね」
「ああ」
「なら監督に見合うチームを作らないと駄目です」
その言葉に誠司も笑った。
まさに同じことを考えていた。
ミンジュンが見たいのは計画書ではない。
言葉でもない。
実際のチームだ。
世界と戦うための土台だ。
「よし」
誠司が立ち上がる。
会議室前方のホワイトボードへ向かう。
ペンを手に取り、大きく名前を書いた。
Rei
まだ埋まっているのはそこだけだった。
その下へさらに書き加えていく。
DPS
TANK
SUPPORT
SUPPORT
FLEX
五人制チーム。
現在埋まっているのはDPS一枠のみ。
残り四人。
さらにベンチまで考えればまだ足りない。
改めて見ると途方もない状況だった。
Shinが苦笑する。
「こうして見ると何もないですね」
「だから面白いんだろ」
誠司は振り返る。
その顔には不思議な自信があった。
創業時もきっとこんな顔をしていたのだろう。
何もない場所から始めることを楽しんでいる人間の顔だった。
「天城」
「はい」
「心当たりはあるか?」
蓮は少し考える。
そして頷いた。
「少しだけ」
その返事に誠司の目が光る。
「いるのか」
「強い人なら」
蓮はホワイトボードを見る。
これまで表舞台には出ていなかった。
だがランカーとして活動してきた時間は長い。
日本トップ層の実力者なら知っている。
誰が本当に強いのか。
誰が過小評価されているのか。
誰が伸びるのか。
むしろ蓮以上に詳しい人間は少ないだろう。
「だったら頼む」
「分かりました」
蓮は即答した。
もう一人のプレイヤーではない。
BLUE HAWKの一員として。
チーム作りへ関わろうとしていた。
その変化を見て、美月は少し嬉しくなる。
数週間前まで正体を隠していた青年が、今は仲間探しを手伝おうとしている。
それだけでも大きな前進だった。
「目標は変わらない」
誠司が全員を見回す。
会議室が静かになる。
その言葉は何度も聞いてきた。
だが不思議と飽きない。
むしろ回数を重ねるほど現実味が増していた。
「世界一だ」
誰も笑わない。
誰も無理だと言わない。
最初は夢物語だった。
だが今は違う。
Reiがいる。
世界王者監督も興味を示している。
SKYLINEは成功した。
BLUE HAWKという名前も広まり始めている。
少しずつだが確実に前へ進んでいた。
「選手を揃える」
誠司はホワイトボードを見つめながら言う。
「そして」
小さく笑った。
「もう一度韓国へ行く」
その言葉に全員が頷いた。
次に韓国へ向かう時。
それは世界王者監督へ胸を張ってチームを見せられる時だ。
BLUE HAWKが本物のチームになった時だった。
その頃。
韓国・ソウル。
高級マンションの一室で、パク・ミンジュンは一人モニターを眺めていた。
画面に映るのはBLUE HAWKの記事。
Rei加入。
SKYLINE急成長。
日本競技シーンでの急速な存在感。
どれも興味深い。
だが何より印象に残っていたのは、一人の男だった。
佐藤誠司。
世界一を目指すと迷いなく言い切ったオーナー。
普通なら笑い飛ばしていた。
だがなぜか気になる。
だから試した。
選手を揃えてみろと。
本当に世界を目指す覚悟があるなら見せてみろと。
ミンジュンは窓の外の夜景を見ながら静かに笑う。
「さて」
その視線は海の向こうへ向いていた。
「どこまでやれるかな」
世界王者監督の試験は、まだ始まったばかりだった。




