第19話 韓国へ
「韓国へ行くぞ」
佐藤誠司がそう言ったのは、パク・ミンジュンへメールを送った翌朝のことだった。
BLUE HAWK本部。
朝の会議室では、美月がその日の予定を確認していた。
その横でコーヒーを飲んでいたShinは思わず手を止める。
「早くないですか?」
「まだ返事来てないですよね?」
誠司は机の上へスマートフォンを置いた。
「来てる」
「え?」
「会うだけならいいそうだ」
Shinは数秒固まった。
そしてゆっくり天井を見上げる。
「毎回それですよね」
「何がだ?」
「会うだけって言われたら本当に会いに行くところです」
誠司は当然のように答える。
「会わないと始まらないだろ」
「その理論でここまで来てるのが怖いんですよ」
美月が思わず笑う。
実際、その通りだった。
Shinもそうだった。
天城蓮もそうだった。
佐藤誠司は気になった人材がいれば必ず会いに行く。
メールでは終わらせない。
電話でも終わらせない。
必ず自分の足で会いに行く。
だからこそ相手の本音を聞けるし、信頼も得られるのだろう。
「韓国か……」
Shinは椅子にもたれながら呟いた。
世界王者監督。
そんな人物が本当に新設チームへ来るのか。
普通に考えればあり得ない。
だが、このチームは最初から普通ではなかった。
誰も獲得できなかった天城蓮を連れてきた。
誰も予想しなかったSKYLINEを作った。
設立から一ヶ月も経たずに競技シーンの中心へ躍り出た。
今さら常識で考える方がおかしいのかもしれない。
◇
二日後。
韓国。
仁川国際空港。
飛行機から降りた誠司は大きく息を吐いた。
仕事で韓国を訪れたことは何度もある。
だが今回はまったく違う。
会社の商談ではない。
投資案件でもない。
世界王者監督のスカウト。
それだけだった。
空港を出るとタクシーへ乗り込む。
窓の外を流れていくソウルの街並みを眺めながら、誠司は資料へ目を落とした。
パク・ミンジュン。
三十八歳。
元世界王者チーム監督。
世界大会優勝三回。
準優勝二回。
韓国競技シーンのレジェンド。
誰もが知る名前だった。
新設チームが声を掛けられる相手ではない。
だが世界一を目指すなら、世界一を知る人間が必要だった。
そこに妥協するつもりはない。
◇
夕方。
ソウル市内の高級ホテル。
最上階ラウンジ。
大きなガラス窓の向こうには韓国の夜景が広がっている。
誠司は約束の三十分前に到着していた。
コーヒーを飲みながら静かに待つ。
周囲では英語や韓国語が飛び交い、海外企業のビジネスマンたちが商談を行っている。
そんな中でも誠司の表情は落ち着いていた。
もちろん緊張はある。
だが不安はなかった。
やることはいつもと同じだ。
会って話す。
それだけだった。
やがて時計の針が約束の時間を指す。
ラウンジの入口が開いた。
誠司は自然と視線を向ける。
そこに現れた男を見た瞬間、一目で分かった。
パク・ミンジュン。
短く整えられた髪。
鋭い眼差し。
無駄のない歩き方。
スーツ姿にもかかわらず、現役アスリートのような緊張感を纏っている。
世界王者監督。
その肩書きに相応しい存在感だった。
ミンジュンもすぐに誠司へ気付く。
そして真っ直ぐ歩いてきた。
「佐藤誠司さんですか」
流暢な日本語だった。
「初めまして」
誠司は立ち上がる。
「佐藤誠司です」
二人は握手を交わした。
その瞬間、ミンジュンはわずかに驚いていた。
もっと企業家らしい人間を想像していたからだ。
計算高く。
合理的で。
どこか冷たい人間を。
だが目の前の男は違った。
起業家というより挑戦者。
新しいことへ飛び込む人間の目をしていた。
「お会いできて光栄です」
誠司が言う。
「私もです」
ミンジュンは静かに笑った。
「正直驚きました」
「何がですか?」
「オーナー本人が韓国まで来たことです」
普通なら代理人が来る。
GMが来る。
担当者が来る。
だが目の前にいるのはチームオーナー本人だった。
「会いたかったので」
誠司は即答する。
ミンジュンは思わず笑った。
「面白い人ですね」
「よく言われます」
「Reiも同じことを言っていました」
その名前が出た瞬間、空気が少しだけ変わった。
天城蓮。
世界中のチームが欲しがった才能。
その男を獲得したオーナー。
だからこそミンジュンも興味を持ったのだ。
二人は席へ座る。
窓の外にはソウルの夜景。
世界王者監督と新設チームのオーナー。
本来なら接点のない二人だった。
だが今、その距離は確実に縮まっている。
ミンジュンはコーヒーカップを手に取った。
そして静かに言う。
「本題に入りましょう」
誠司も頷く。
世界王者監督。
世界を知らない新設チーム。
そして世界一という目標。
BLUE HAWKの未来を左右する交渉が、今まさに始まろうとしていた。




