第12話 条件
「BLUE HAWK」
そのチーム名を聞いた瞬間、天城蓮は思わず笑ってしまった。
今まで何度もスカウトを受けてきた。
国内の有名チーム。
海外進出を目指す新興チーム。
大手企業が支援するプロジェクト。
話だけなら数え切れないほど聞いてきた。
だが、選手ゼロ。
コーチゼロ。
実績ゼロ。
それにもかかわらず「世界一を目指す」と断言するオーナーは初めてだった。
普通ならここで話は終わる。
適当に断って席を立つ。
それがいつもの流れだった。
だが不思議なことに、目の前の男の話だけは最後まで聞いてみたいと思ってしまう。
それが蓮自身にも少し不思議だった。
「何がおかしい?」
佐藤誠司が尋ねる。
蓮は肩の力を抜きながら答えた。
「世界一を目指すって言ってる割に、何もないんだなと思って」
「そうか?」
「普通は選手とかコーチとか揃えてから言うと思います」
すると誠司は小さく笑った。
「会社も最初は何もなかったぞ」
その言葉に蓮は少し興味を持つ。
誠司はコーヒーを一口飲みながら続けた。
「社員は俺一人」
「資金もほとんどなかった」
「オフィスは六畳のワンルーム」
どこか遠い昔を思い出すような口調だった。
自慢しているわけではない。
事実をそのまま話しているだけだ。
だからこそ妙な説得力がある。
「それでも十年で上場した」
誠司はそう言って蓮を見る。
「今度はそれをeスポーツでやる」
その目には迷いがなかった。
夢を語る人間の目ではない。
本気で実現するつもりの人間の目だった。
「世界一の選手を集める」
「世界一の環境を作る」
「世界一のチームを作る」
店内の喧騒が少し遠く感じる。
蓮は自然と誠司の言葉へ耳を傾けていた。
現実を知らない理想論には聞こえない。
むしろ難しさを理解した上で挑戦しようとしている。
だから気になった。
本気なのか。
それともただの夢なのか。
「一つ聞いていいですか」
「何だ」
「もし俺が入ったら、本当に世界を目指すんですか」
誠司は即答した。
「当たり前だ」
その答えに迷いはない。
蓮はさらに質問を重ねる。
「日本一じゃなく?」
「世界一だ」
「スポンサー集めのためじゃなく?」
その瞬間、誠司が少しだけ笑った。
面白い質問だと言わんばかりだった。
「スポンサー?」
「はい」
「いらんな」
蓮の思考が一瞬止まる。
Shinも思わず顔を上げた。
美月は苦笑する。
また始まった。
そんな表情だった。
「いや、プロチームってスポンサー大事じゃないですか」
蓮は当然の疑問を口にする。
すると誠司は肩をすくめた。
「普通はな」
「普通は?」
「SEIZE NEXTの売上知ってるか?」
蓮は首を横に振る。
会社には興味がない。
だから知らない。
誠司が数字を口にする。
その瞬間、蓮は思わず目を見開いた。
想像していた規模を遥かに超えていたからだ。
「……マジですか」
「マジだ」
横でShinが笑う。
自分も最初に聞いた時は同じ反応だった。
「正直、国内でもうちより資金力がある会社はそう多くない」
誠司は淡々と続ける。
「スポンサーを探す理由は金だろ?」
「まあ、そうですね」
「なら最初から持ってる」
あまりにもシンプルだった。
理屈としては正しい。
だからこそ反論できない。
蓮は思わず笑ってしまう。
こんな答えを返されたのは初めてだった。
「もちろんスポンサーを付けないわけじゃない」
誠司はそう付け加える。
「ただ金が欲しいからじゃない」
「じゃあ何のためですか」
「チームの価値を広げるためだ」
その答えにShinも静かに頷いた。
普通のチームはスポンサーに支えられる。
だが誠司は違う。
まず自分たちで立てる。
その上で価値を広げるためにスポンサーと組む。
考え方の順番が逆なのだ。
「選手の給料も用意する」
「設備も用意する」
「遠征費も用意する」
誠司は真っ直ぐ蓮を見る。
「だから選手は勝つことだけ考えろ」
その言葉は不思議なほど真っ直ぐ胸へ入ってきた。
今まで聞いたどんな勧誘よりも現実味がある。
夢を語るだけではない。
そのための準備を本気で整えようとしている。
そんな印象だった。
蓮は少し考える。
そして静かに口を開いた。
「なら条件があります」
美月とShinが顔を見合わせる。
一方で誠司は楽しそうだった。
最初から断られるより、条件を出される方が遥かに前向きだからだ。
「聞こう」
「豪華なチームハウスはいりません」
誠司が頷く。
「ほう」
「高級車もいりません」
「続けてくれ」
「配信ノルマもいりません」
今度はShinが吹き出した。
「配信者の前で言うなよ」
「嫌なもんは嫌なんで」
その返答に思わず笑いが起きる。
だが蓮の表情は次第に真剣になっていった。
「俺が欲しいのは一つです」
空気が少し変わる。
誰も口を挟まない。
蓮はゆっくりと言葉を続けた。
「勝つための環境」
それは昔から変わらない願いだった。
「ゲームだけに集中できる環境」
「強くなるための環境」
「世界を目指せる環境」
そこで一度言葉を切る。
そして最後に言った。
「それがあるなら考えます」
数秒の沈黙。
だが誠司は迷わなかった。
「いいな」
即答だった。
あまりにも早い。
今度は蓮の方が驚く。
「いいんですか」
「むしろ理想だ」
誠司は笑った。
「俺も全く同じことを考えてた」
「え?」
「余計なことはいらない」
「選手は勝つことだけ考えろ」
「それ以外は俺たちがやる」
蓮は言葉を失った。
スポンサー営業。
イベント出演。
案件対応。
配信活動。
多くのプロ選手が背負っているものだ。
だがこの男は、それを選手から切り離そうとしている。
競技へ集中させるために。
本気で。
だからこそ驚いた。
「本当に変な人ですね」
蓮が小さく呟く。
誠司は笑う。
「よく言われる」
「でしょうね」
思わず蓮も笑った。
普通なら断っていた。
今までなら迷いもしなかった。
だが今は違う。
気付けば少しだけ未来を想像している自分がいる。
世界大会。
世界一。
BLUE HAWK。
そんな言葉が頭の中をよぎっていた。
「すぐには決めません」
蓮が言う。
誠司は頷く。
「それでいい」
「待つんですか?」
「待つ」
「意外ですね」
すると誠司は少しだけ口元を緩めた。
「世界一になる選手を獲るんだ」
そして立ち上がる。
「数日くらい安いもんだろ」
その言葉を残し、店の出口へ向かって歩き出す。
美月とShinも後を追う。
残された蓮は窓の外を見つめた。
佐藤誠司。
世界一のチームを作ると言い切った男。
普通なら笑って終わる話だった。
だがなぜだろう。
気付けば、その言葉が頭から離れなくなっていた。




