8月5日 その⑭
Qの右手で光る一つの刃物。
アリクイ男が同様の刃物を持っていたから、警戒しておいて正解だった。
ルール無用のQ達であったから、まだ何か仕込んでいると思っていたが予想通りで安心である。
「──だけど、問題は武器を持っていない俺がどうやってQに勝利するか……」
過去にも、刃物を持った相手との戦闘は何回か経験している。
その中で勝利できたのを例に挙げるなら、第7ゲームの途中で起こった裕翔との戦闘になるだろうか。
だけど、あの時の戦闘は視界が塞がれていたし、純介に助けられた部分が大きい。それに、最後の方は智恵が暴走させた『七つの大罪』に感化されて『嫉妬』と『憤怒』による殴り合いだった。
だから、あまり参考にはならない。
「──私が君達より年老いているからと言って、油断しなかったのは正しい。私はこれでも、動ける方だからね」
Qは少し自信ありげにそう口にする。だが、そんなものはスーツの下に隠されているであろう筋肉を考えても一目瞭然だった。
そもそも、全盛期も過ぎて、かつスーツなのにこれほどまで動けていることが賞賛に値されるべきだろう。
まぁ、彼は大罪人で誰にも褒められないのだろうけれど。
──Qの頭の上で、赤く染まった立方体が揺れる。
先程、俺が銃を別方向に向ける際に色が変わったようだった。後はシアンの誰かが来たら殺すことができそうなのだけれど、俺はイエローだし智恵も冴恵香もマゼンタだ。即戦力になりそうな人はいない。
「そろそろ、覚悟はできたかな。私に殺される覚悟は」
Qはそう口にして俺の方へと迫ってくる。少しでも時間を稼ぎたかったけれど、まだ誰も助けに来てくれないみたいだった。仕方がない。ここは俺の力でなんとかするしかないようだ。
迫ってくるQの持つ刃物を、俺は右側に避けるようにして回避する。腕を掴んで刃物を叩き落とすことも考えたけれど、それは向こうも相手の想定外だったようで、刃物を持っていない左手で俺の手を掴もうと伸ばしてくる。
「──っと」
俺は右手を大きく後ろに引いて、そのまま逆に左手でQの左手を掴む。Qの頭の上に浮かんでいた赤色が、マゼンタに逆戻りする。タッチ返しがないように、同じ人が同じ人に連続でタッチしても色が変わるようだ。ここでデスゲームの仕様を学べたのは収穫だ。
そして、そのまま俺の方へ引っ張ってナイフを奪ってしまおう──
「──だなんて、つまらないことは考えていないか?」
「──ッ!」
Qは俺の体に沿うように背中を向ける。そして、俺の体がQの背面にピタリと接着した。左腕でガッシリとQの体をホールドしている形になってはいるが、このままでは俺がマズい──そんな直感がした。
「刃物を」
「取らせないよ。勿論ね」
これまでしたことのない超が付くほどの接近戦に、なんとか対応しようと刃物を奪い取ることを目標に自由が効く右腕を勢いよくQの右手首の方へと迫らせるものの、それを見通されていたのかQに避けられてしまう。
──今、俺はQに抱きついている形になっている。
Qの動きを塞いでいる今、俺の方が圧倒的有利に思えるかもしれないが──、
「──ターニングポイントというのはいつも唐突でね。一瞬の慢心が全てを決壊させるのは、理なんだよ」
全てを知ったかのようにそう口にしたQは、前傾姿勢になる。俺の体重の全てを、一瞬Qに任せてしまうことになったのだが──そこが敗因だった。
「──ッ!」
俺は、Qの頭上を通り抜けるようにして背負い投げをされてそのまま背中を地面に叩きつけられてしまう。
「君はワタシをただの中年だと油断していたようだが、学生時代は柔道をやっていてね。君のようなヒョロヒョロしたガキに負けるつもりはないんだ」
刃物を使わずとも俺を倒せるのなら、別に武装するはないじゃん──と言いたくもなるけれど、背中を叩きつけられた痛みで上手く呼吸ができていない。藻掻くように息をすることしかできない。
「呼吸ができないだろう? 当然だ。私はそれを狙ったのだからね」
何か言い返してやりたいところだったけれど、何度も言うに息ができないのだから言い返すことすらできない。
「楽に殺してやるよ。君の彼女をすぐ同じところに送ってやれない事だけは許してくれ。隆貴が欲しがっているんだ」
Qはそう口にして、俺の心臓に刃物を──
「──ッ!」
チーン、とエレベーターが止まる音がする。俺とQの視線が、同時にそのエレベーターの方へと向けられる。
──俺は、先程銃弾を消費する際にエレベーターのボタンを狙撃していた。
目的は、今いる階数を伝えるため。あわよくば援軍が来てほしい──などと思っていたが、扉の開ききったエレベーターの中に人影はない。
「──いつエレベーターのボタンを押したかは知らないが、助は来なかったようだな。可哀想に」
Qが勝ち誇ったようにそう口にする。だけど、一瞬こうしてQから時間を稼げただけでも十分──。
「残念だが、助けは来てる。もう既に」
Qの真後ろで、そんな声がする。そして──
ガシッとQの頭を片手で掴み、馬乗りになっていた彼を投げ飛ばす。そこに現れたのは、冴恵香の右腕──魁亜であった。





