8月5日 その⑬
「一度は中断された野望をもう一度動かして日本社会を大きく変える。それが私の望みだ」
「──そんなもの」
「おいおい……英雄気取りは自分に都合の悪いものを頭ごなしに否定する。それは悪い癖だよ」
「──ッ!」
ニタリと笑みを浮かべながら、コツコツと靴が音を立てて階段を上ってくる。俺も、今いる踊り場を出発して階段を上っていく。今は銃をしまっているようだが、またいつ取り出してこっちに発砲してくるかわからない。
今は、自分の野望とやらに陶酔しているようだがそこに関して刺激したら再度発砲してくる可能性は十分にあった。
「──私はね、弱者を見捨てる世界を志しているんだよ」
「もう、聞く耳を持たなくて良さそうな内容だな」
「そういうのは決まって弱者だ。君も何かしらの点で弱者というわけだ」
俺とQの2人は、一定の距離を保ちお互いの姿は見えないままでそんな会話を続ける。聴くだけ不快であったけれど、何故だか耳を傾けてしまう。怖いもの見たさのような力が働いているような気がした。
「──君は容姿も悪い方ではないし、見た感じ恋人がいるようだ。まぁ、隆貴のお古だったようだけど。それを踏まえても、君自身が立場的に弱者であるわけでは無さそうだ。そう考えると、親に問題がありそうだね。親がいない──とかかな」
親がいないのは事実だろう。俺はデスゲームに参加するまで自分の両親と会ったことが無かった。
5歳の頃に叔父の家に預けられたようだけれどそれ以前の記憶も曖昧で、共に過ごした記憶など存在していない。だが、ここで両親がいないことをネタにどんな罵倒や偏見が飛んでくるかわからないし、どれにも当てはまらなかったようなフリをしておこう。両親がいなかったことに対して、俺は特にコンプレックスを持っていない。だって、浩一おじさんが大切に育ててくれたから──。
「──別に俺のことを詮索してもいいが、何も出ないぞ。どれにも当てはまらないからな」
「そうか。まぁ、自分の汚点など誰でも隠したいものだ。そうやって、弱者であることを隠していても無理はない」
「そういうお前こそ、だ。お前は自分自身の理想に殺されるんじゃねぇか?」
「──ほう。どうしてそう思うんだい?」
「だって、お前はその野望の途中で捕まったんだろう?じゃあ、お前の身の丈にあってないってことじゃねぇか。その野望とやらを何不自由なく実行できていない時点で、お前も弱者同然だよ」
「──成程。それは随分と手厳しい剣だね。だが、私も否定できない以上それを認めなければならない」
そう口にして、パチパチと手を叩き始めるQ。その心情が読めない中で、俺は階段を上り続ける。その時──
「──だけどね、私は自分を否定する者が弱者よりも大嫌いなんだ。だから、君には消えてもらうよ」
「──ッ!」
銃声。
俺は咄嗟に身を引いて、いつの間にか迫ってきていたQの放った銃弾をなんとか回避する。
──拍手の音で自分が階段を上る音を隠していたのだ。
拍手に気を取られていた俺は、距離を詰められていたことに気が付いていなかった。上るスピードで勝てないことがわかっているから、Qは猿知恵を使っている。随分と小賢しい。
「──危ねぇ!」
俺は、転びそうになりながらも階段を上りきって視界の外に転げる。もしQが銃を持っていることを知らなければ避けられなかっただろう。
「──今のを避けられるとは思わなかったよ。奇襲をしたつもりだったが、まだ甘かったようだ」
「どうだかな」
俺はこれ以上階段を上って逃げるのは危険だと判断して、非常階段から離脱する。ここは何階だろうか、わからない。見ている余裕はない。
だけど、まだ上の階へと続いていたからここが最上階である54階ではないのだろう。
「──ここじゃ、マズい……」
本来であれば、最上階で智恵と冴恵香が武器になるようなものを持ってきてくれるのを待つ想定だった。だけど、今回はそれが通用しない。そもそも、武器を持ってきてくれるのかも怪しいのだ。
状況は最悪。せめて、階層だけでも伝えることができればいいのだが──、
そんなことを思いながら、俺はエレベーターの前にある部屋に入る。その時に、横目で階数を確認した。44。なんと縁起が悪いんだろう。
「──これを伝えるには……」
流石にエレベーターを待っているほどの時間はない。だって、もうすぐに──銃声。
「──そこにいるのはわかっているよ。池本栄君」
「追い詰められた──か」
この一室の出入り口はQが現在立っているところだけだ。間取りは39階のものと変わっていないようで、椅子もデスクも同様に置かれていた。俺は、デスクの後ろに隠れている。
先程放たれた銃弾は窓ガラスを穿っていた。外へと銃弾が飛び出していく。
「──降参したらどうだい?」
「したところで、お前は俺を殺すだろ」
「当然だ。正直言って、会長会議など私には全く関係のない行事だからね。早急に片を付けるつもりだ」
「──誰がお前に殺されてやるかよ」
そう口にして、俺はQの方へと飛び出す。
──キャスター付きの椅子に腹を乗せながら。
「──ッ!」
銃声。だが、それは俺の頭上を通り過ぎて終わっていく。俺の方へと焦点を向ける暇はない。
それより前に、俺はQに接近し終える。2発目が放たれるより前に、俺はQに触れて銃を真反対──エレベーターが遠くに見える出入口方へと向ける。そして、発砲。
無駄撃ちして、弾を失くした。これでとりあえず飛び道具による危機は過ぎ去った。が──、
「──油断していたようだね。私の武器は銃だけじゃない」
そう口にして、抵抗の弱かった左腕がキラリと光る。マズい──直感でそう理解した俺は、掴んでいた右腕を手放して、咄嗟にQを蹴り上げた。その腕には、刃物。
「──やっぱり持ってたかよ。武器の持ち込みを堂々するとかデスゲームの内容を無視し過ぎだ」
「武器の持ち込みを禁止するルールがどこにも見当たらなかったもので。皆持ち込んでいると思ったよ」
Qとの戦闘は非常階段を抜け出して、44階で繰り広げられる。まだまだ油断はできない──。
栄が一人でも戦闘できるようになっていて感動。
第7ゲーム前くらいなら、撃たれていたし刺されていた。





