8月5日 その⑫
一台のエレベーターが動き出して、グングン上の方へと移動していく。
誰が来ているのはわからない。けれど、先程の話を踏まえた感じ魁亜が誰かを見つけて連れて来た形だろう。
「──魁亜は俺達のクラスの人の顔もわかってるのか?」
「うん。顔はわかると思うよ。ケンカしないようにも言ってあるけど、魁亜のことだから守ってくれたかはわからないけど……」
喧嘩っ早い印象があるから、そこに少し不安が残る。
「──あ、エレベーターのボタンを押さなきゃ」
「俺達も行くよ」
3人で、ボタンを押しにエレベーターの方へと移動する。左から2台目のエレベーターが動いており、30階を通り過ぎようとしていた。
冴恵香がボタンを押して、止める。そして、扉が開き──、銃声。
「「──ッ!」」
俺と冴恵香の2人から、表情が剥がれ落ちる。今回のデスゲームに銃を持ち込んでいる人なんか、候補は一人だけだった。まさかこんなところで会うなんて──。
「──逃げようッ!」
俺は、智恵の手を握りしめて反対方向へと走り出す。非常階段があるはずだった。相手は銃を持っている以上、どこに逃げても無駄かもしれないが、行くしかない。
「おいおい……お前らが呼び留めたってのに、逃げるだなんてズルいじゃねぇか」
後方でそんな声がする。その声が隆貴のものではないことが不幸中の幸いだろうか。そのしゃがれた声は、Qのものであると想像できた。隆貴達のクラスのトップが早速お出ましである。
「に、逃げるってどこに……!」
逃げるべきは上か下の2択。この階層に隠れるのはまずあり得ない。だが、エレベーターを手放した以上、どっちに逃げるべきか。
上に逃げても袋小路に追い詰められるだけ。じゃあ、下に逃げるのが正解か。いや──、
「──俺は上に逃げるけど、2人は下に逃げてくれ!」
「ええ、えぇぇぇ!?」
非常階段の眼前、決断を下した俺は真上を指差して階段を上っていく。智恵と冴恵香の2人は階段を足を止めることができずに半ば転びそうになりながら階段を下っていった。智恵は、何かに気が付いたような表情をしてくれた。
──頼む、智恵。
今は智恵だけが頼りだ。
そんなことを思いながら、俺は1段飛ばして階段を駆け上がっていく。相手は中年だ。全盛期はもう過ぎ去っているだろう。俺に追いつくことはないはずだ。
「──来いよ、クソジジイ!アリクイみたいな顔をしたお前の仲間はぶち殺してやった!」
40階へ繋がる踊り場で方向転換した俺は、まだ39階にいるQに対してそう声をかける。俺を追うか智恵達を追うか迷う素振りを見せていた彼であったが、俺の発言を理由に俺の方へと追って来た。
──よし。
全部、作戦通りだ。後は、あの銃弾に当たらずに上へ上へと上っていくだけ。が、それが一番難しい芸当で。
再度、銃声が響き渡る。
さっきまで俺が立っていた場所を銃弾が通り過ぎていき、そのまま壁にめり込んでいった。
「お前が殺したのは自分より弱いものにしか手を出せないロリコン犯罪者だ。あんなやつが死んだところで、痛くも痒くもないね」
「──ッ!」
あのアリクイ男も最低なやつだと判明したが、それを簡単に見捨てるQもカスだ。
コイツらのクラスには友情というものもなさそうだった。俺は階段を上りながら、コイツらを見下す。
──出来る事ならとっととQとは距離を取りたいのだけれど、それはできない。
もし俺が一方的に上りすぎてしまうと、Qが本当に俺に付いてきているのか確認できなくなってしまう。
智恵や冴恵香の方へ行かれても困るのだ。
適切な距離感を保ちながら、階段を上っていくのは己の身を常に危険に晒していることでもあるし恐怖との戦いだ。
今は、1階の半分くらいの距離を保つことでQに姿を見せずに自分を追わせるようにしている。相手も銃弾には限りがある以上、好き勝手に乱射することはできないのだろう。
実際に、相手も俺の方へと銃弾を撃ち込んできてはいない。
「──仲間意識はないんだ。お前達に」
「仲間意識?そんなものは建前だ。私達はお互いにいつ裏切り見捨てるのかを考えながら生きている」
「──ッ!そんなもの!」
「生憎、こっちは君達のようなおままごととは違ってね。野望がかかっているんだよ。仲良しごっこじゃあない」
Qは走るようなそぶりを見せず、一歩一歩着実に階段を上っていく。こっちから攻撃の手段を持たないから焦る必要がないのは当然だろう。だが、それはあまりに余裕そうだった。
──俺なんか敵じゃない。
今こうしてベラベラ話しているのも、確実に俺を仕留める確証があるようだった。
「──何が言いたい」
「聡明だと囃し立てられていたようだが、まだまだ発想はガキだな。社会を知らない甘っちょろい考えだ」
「──何が言いたいッ!」
「訊けば答えが出る程社会は甘くないと言うことだよ。池本栄君。だけどね、私は大人げない大人じゃないか大人しく教えてあげることにしているんだ」
コツコツと一歩ずつ歩いていくQの足音が、踊り場で止まる。俺達は、踊り場で睨み合っている形になった。その銃は構えられていない。
ただ、彼はニタリと笑ってこう口にした。
「──最後までデスゲームに生き残った人は、釈放する。私達はそう約束されているんだ」
世紀の大犯罪をしたであろう名も無き犯罪者は、人間には作り出せないような笑みを浮かべてそう口にしたのだった。





