8月5日 その⑩
──俺と智恵の2人が、デスゲーム会場の中心に位置するビル群に到着したのは、絶景が広がっている湖を抜けてからさらに30分程が経過した時だった。
デスゲームが開始してから、2時間。1つの人影を見た以外には、アリクイのような顔をした隆貴の仲間っぽい男と出会っただけだ。それほどまでにこのデスゲーム会場が広いのだろう。
もしくは、この巨大なビル群を本拠地にしている人が多いのかもしれない。
「俺達も歩く方向が違ったら、すぐにここに辿り着いていただろうな。そうしたら、智恵と2人きりの時間をこんなに長くは取れなかった」
方向を決めたのは智恵だ。智恵のおかげで、あんなにもキレイな景色を見ることができた。それに、2人の時間ができたことにも感謝している。
森林や沢は、根や岩が多かったのもあり歩きにくかったけれど、最後の30分は意図してゆっくりと歩いた。智恵と2人きりの時間を1分1秒でも多くとるためである。
──が、そんな時間も最後。
俺達の踏みしめる大地は、土のコンクリートのものへと移っていく。
「──ここからはもう、2人きりがいいとか言ってる場合じゃないね」
智恵もどこか緊張した顔つきでそんなことを口にする。俺も、それに頷いた。
「それにしても、建物が多いな。どこから誰が狙っているのかわからない……」
先程は開けていたからかなり遠くにいる人影を認識することができたけれど、ここは違う。
死角も多ければ、かなりの高低差もある。ここからビル群の最上を見上げるのは首が痛くなりそうだった。
「──とりあえず、ここらへんで一番背の高い建物の最上階に行って見よう。そうすれば、上空から誰か見つけられるかも」
「そうだね。そうしよう」
俺は、自分でも似たようなことを考えていたので智恵の意見に従うことにした。
つい30分程前まで、あの絶景の中にいたとは思えない。こんなビル群を歩くことになるとは。
俺は、智恵と空を見上げながらどれが高いのかを議論した後に、近場で一番背の高い建物の中に入っていく。
入り口の方へと歩んでいくと、音も無く自動ドアが開く。中は薄暗く、看板のようなものも見えない。
どうやら、廃墟のようだった。
「──やっぱり、広いね」
智恵の声が建物の中で反響する。彼女は、少し困ったような顔をして右手で口をふさいだ。
そして、「ごめん、声大きかったかも」と申し訳なさそうに謝る。どこに誰がいるのかはわからない。警戒は必要だろう。
「──上に行くには、どうしたらいいかな」
辺りを見回しながら、小声でそう声をかけてくれる智恵。目の前にはエレベーターがあるけれども、これが動いているのかは怪しい。それに、出待ちされていた場合逃げ場がなさそうだ。
「──でも、これだけの高さのある建物を階段で上りきるのはなぁ……」
2時間弱歩き続けた俺達に、一体どれだけあるのかわからない階段を上ると言うのも酷な話である。
それに、これからさらに移動することになったらその分の体力が必要なのだ。警戒をし過ぎて体力を消費し、それで動けなくなったら本末転倒である。
「──じゃあ、エレベーターを使おうか。あまり疲れすぎてもよくないから」
俺がそう口にすると、智恵は静かに頷く。2時間歩き続けて、智恵もかなり疲弊しているだろう。
こうやって休むことも時には肝心だ。
俺がエレベーターのボタンを押すと、すぐに5台ある内のエレベーターの一番右のところが開く。
どうやら、電気は通っているようだった。最悪の場合、ここにずっと籠城するのも一つの案だろう。
俺と智恵は、2人で乗り込む。
「──なんだか、緊張するね」
「うん」
俺は、智恵に返事しながら行き先ボタンを最大値である54にした。そこから上がどのくらいあるかは知らないけれど、それなりの高さであることは間違いないだろう。周囲を見渡して、とりあえず次行く場所を決めようと思う。
──と、そんなことを思っているとエレベーターの扉が閉じて動き出す。
体が上昇していく感覚がした。エレベーターの階数表示がどんどん上がっていく。それなりのスピードで動いているようだった。
「皆は無事かな」
「まぁ、メンツがメンツだから大丈夫じゃない?」
敵も敵で強者が多いから、一概には安心できなさそうではある。だけど、基本的には大丈夫だろう。
愛香や皇斗が死ぬことは、正直言って想像できない。と。
チーン。
そんな、無機質な音が54階に達していないエレベーターの中に鳴り響く。上昇していたはずのエレベーターが止まってしまう。
──表示を見ると、現在は39階。
ボタンは、54階しか押してない。即ち──
「──誰かがいるッ!」
俺は、咄嗟に智恵を抱き寄せながらエレベーターの端に移動する。もし、扉の向こうにいるのが隆貴やQなどだとしたら、武器を持っている可能性が十分に考えられた。実際、あのアリクイ男もナイフを所持していた。
そうであるのなら、ボケっと立っているだけでは殺されるだけだ。それだけは避けたい──。
その一心で、智恵を抱きしめながら右の壁に半ば衝突するようにして最初の奇襲を回避しようとする。が──、
「──あー、ごめん。2人のイチャイチャを邪魔しちゃったかな?」
困ったような顔をしてそこに立っていたのは、俺と血族の可能性がある同姓の同盟相手──池本冴恵香であった。彼女の頭の上には、マゼンタの立方体が浮かんでいる。





