8月5日 その⑨
──そこから、どれだけ歩いただろうか。
体の左半身を世界の端に、もう一方を森林という形で歩き続けて30分。
遂に、俺と智恵の2人は違う景色を目にする。
「湖……?」
「──というよりかは、沢──そこから、どれだけ歩いただろうか。
体の左半身を世界の端に、もう一方を森林という形で歩き続けて30分。
遂に、俺と智恵の2人は違う景色を目にする。
「湖……?」
「──というよりかは、沢みたいな感じだな」
ゴツゴツとした岩が露出しており、その間を器用に水が通っている。山合いではないから、沢も正しくないかもしれない。
岩の多い水辺がそこには広がっていた。
「──これ以上奥に進むと沈んじゃうのかな」
デスゲームは残り70時間以上あるのだ。服を濡らそうとは思わない。だから、進める範囲は限られていた。
「折角だし、行けるところまで行って見ようよ」
キラキラと光を反射している水面を覗き込みながら智恵がそう口にする。冒険心を忘れない智恵の提案を断りたくなかった俺は、「そうしようか」と口にして靴と靴下を脱ぎズボンの裾をまくる。
これで、濡れても多少問題は無さそうだ。靴下は丸めてポケットの中にいれ、左手で靴を持つ。
「待って」
智恵も、近くの岩に手をついて靴下を脱いでいる。スラッとした細くて長くて白い足が見える。一緒に寝る時も裸足だけど、こうやって外で智恵の足を外で見る機会はそう無く、陽光で反射して一層綺麗に見えた。
「──準備おっけー。行こっか」
「そうだね」
それぞれ片手に履いていた靴を持ちながら、俺達は2人は水辺を歩いて行く。足に浸かる水が冷たくて夏には最適だった。
「リフレッシュするね」
智恵の言う通り、歩き続けて疲れていたために重くなっていた足取りがいつの間にか軽くなってきている。
2人で水を蹴るようにして進んでいると、いつの間にか水の中から露呈している岩の数が減ってくる。
そして、5分も進めば岩は完全に消え失せて──
「──すげぇ……」
そこに広がっていたのは、一面の湖。
その水の透明度は高く空が生き写しになっていた。まるで鏡張りになっているかのようだ。歩いてできた波紋が消えると、そこには自分の顔が映っている。
この雄大で綺麗な景色を邪魔するものは何もなく、遠くには水平線が見える。
「デスゲーム会場にこんな綺麗なところがあるなんて信じられないね」
智恵が、ピチャピチャと水を蹴り上げながら楽しそうに笑う。
──俺達は、デートができない。
このデスゲームを終えるまでは、遊園地や動物園どころか、近所のマックやスタバにも行けない。
一緒に電車に乗って帰ることもできない。
だからこそ、智恵が学校や寮以外の場所でこうして楽しそうにしているのを見るのはすごく新鮮だった。
第8ゲームでも、俺が捕まっていなければこんなに楽しそうな智恵の姿が見えたのかもしれない。と──、
「──」
ゆらり。
水平線の手前で、一つの影が見える。あまりに遠くにいるそれは、もはや黒く塗りつぶされた何かにしか見えないけれど、人であることは間違いないだろう。
だって、この鏡張りのような絶景を邪魔するように不純物がある方がおかしいのだから。
「──栄、どうしたの?」
「誰かいる……」
「本当?」
智恵が動きを止めて、驚いたようにそう口にする。すぐにバレちゃマズいのかと思ったのか、口を両手でふさいだ。その仕草すらも可愛い。
俺は、智恵の頭を撫でるようにして「遠くにいるから隠れる必要はないよ」と教えてあげた。智恵は、目を凝らしてその影を探しているようだがあまりに小さすぎて見つけるのにも一苦労してるらしい。だが──
「──あ、あれ?」
「そう、あれ。人っぽくない?」
「言われてみれば確かに……?」
智恵は小さく首を傾げている。その姿も可愛い。
「──どうする?行ってみる?」
智恵が少し不安そうにそう問いかける。デスゲームが始まって既に1時間半くらいが経過している。
これまでずっとあそこで立ち止まっていたのか、それとも時間をかけて世界の端まで移動したのかはわからない。
だけど、近付いてみる価値はありそうだった。
「少し怖い──けど、仲間だったら合流できるのは嬉しいし……」
「──やっぱ、やめよう」
「──へ?」
俺は、智恵の手を取ってぐるりと反対側を向く。このデスゲーム会場の中心には、これまで森に隠れて見えていなかった高層ビルが乱立している姿が確認できる。
「──俺はもっと、智恵と2人きりでいたい。智恵と2人きりの時間を、自分の手でわざわざ壊すようなことをしたくないんだ。俺の我儘……聞いてくれないかな?」
俺がそう口にすると、智恵は一瞬きょとんとしたような顔を浮かべた後で、飛び切りの笑顔を見せる。
「私も気が変わった。やっぱり怖いからやーめよ。誰とも会いたくないなぁ」
智恵はそう口にして、俺に抱きついて来る。俺は、靴を落とさないようにしながら智恵を持ち上げるようにしてぐるりと一周して着陸させた。智恵が、俺に強く抱きついて来る。
足元で光が反射して、キラキラと輝いている。幸せだ。幸せだった。
──俺達は、デスゲーム会場の中心であるビル群の方へと歩みを進めていく。
誰とバッタリ出会うか知らないけれど、あと少しの智恵との2人きりの時間を楽しむことにした。
***
「──人影、消えたわね」
「茉裕を見て恐れ戦いて逃げたんじゃねぇか?」
「まさか。こんなか弱くてかわいい女の子のどこに恐れ戦く要素があるの。怖がられるなら、十中八九鈴華よ」
水平線の彼方にて。
そこにいたのは1人悪女。──そして、Ⅰ人の女史。
死者連合としてデスゲームに再臨を果たした園田茉裕と安土鈴華の2人は、自分達を捉えてていたであろう2つの人影が消えたことを眺めて察する。
「まぁ、何はともあれ命拾いしたな。アイツら」
「そうね。その豪運に反吐が出るわ」
つまらなそうに呟く彼女の腹積もりは、未だ割れない。





