8月5日 その⑦
──世界の端。
アリクイ男を瞬殺してから更に30分程歩いたところで、俺達は世界の端に到着する。
黒。
世界の端はこれでもかと言う程に真っ黒に塗りつぶされており、落ちたら一溜りもなさそうだった。
「──栄、見て。見えない壁がある」
智恵が世界の端に手を伸ばすと、虚空が光に反射した水面のようにキラキラと光る。
落下防止のために、透明な柵が付いているようだった。考えてみれば、今回のデスゲームの性質と世界の端の存在は相性が悪い。今回は、デスゲームの方を優先した形だろう。
「落下死は無くて安全だな」
それが判明したことはプラスだろうけれど、本来の目的であるチームの皆との合流は何一つとして上手く行ってない。
それどころか、ここまで来るのに1時間近く歩いたけれど出会ったのはあのアリクイ男だけだ。それ以外とは誰とも出会わなかった。
「──そうなると、今回の会場は大分広いことになるけど、皆と合流できるかな……」
相手が止まっているならまだなんとかできそうだけれど、今回は皆絶えず動き続けていると考えられる。
そうなると、見つける難易度は更に上がる。
智恵とこのまま2人きりでも俺は嬉しいのだけれど、デスゲームという面では心配な部分もあった。
それは智恵も同じなようで、辺りを見回して次の目的地を探している。
「──次はどっちに行こうか?」
俺が智恵にそう問いかけると、世界の端に沿って右に動くように指を差す。
「一周しちゃうかもしれないけど、とりあえず向こうに行って見よう。誰かと合流だったり接敵したら、一緒に行動するなり逃げるなりしよう」
「わかった」
俺は、智恵の選択した方向に歩き出す。アリクイ男が単独で行動していた以上、俺と智恵は手を繋いでいたから同じ場所に転移した説が少し濃厚になった。勿論、アリクイ男と他のもう一人がそれぞれ単独行動を選んでいた──ということも考えられなくはない。
だけどまぁ、どうだったかは友好的な誰かと出会えればすぐに聴けることだろう。
──俺と智恵は、世界の端を左側において歩き出した。
このまま森が世界を覆うように続いているのか、それとも別の自然及び人工物が広がっているのはわからないが、前進あるのみだ。
***
──栄達が世界の端に辿り着いたほぼ同刻。
通称アリクイ男の殺害現場に辿り着いていたのは、2人の男女。
クラスも年齢も思想も性別も何もかもがバラバラな2人であったけれど、駆けつけた理由は奇しくも同じ。
アリクイ男の弔い──などではない。
殺された男の名前を知らないのは、栄や智恵に限らずこの2人にも言えたことだし、名前を知ろうとしていないのも栄達と一緒だった。
2人がそこに集まったのは、智恵の使用した「七つの大罪」の波動を感じたから。
そのオーラが智恵のものであると察した2人は、自分達がいた場所から直線に走ってきたのだった。
もっとも2人が動いた理由は「智恵と出会うため」だが、なぜ智恵に会いたいかの理由は違う。
一方は「智恵に求婚するため」で、もう一方は──、
「──お前は……」
「そっちこそ。お急ぎな感じだけど、何か用かな?」
「智恵が七つの大罪を覚醒させたオーラを感じた。だから、殺しに来た」
「成程。たまたま──じゃないわけだ。君がここにいるのは」
そう口にして、駆けつけた女性──九条撫子に対して人間らしすぎて人間らしさの一切を欠落した不吉な笑みで返すのは非野否不未であった。
「──お前こそ、何をしにここに来た」
「僕、智恵のことが好きなんだ。智恵と結婚したいんだ。それで、子供が2人欲しいんだ。男の子と女の子。七つの大罪を全部持った僕と智恵が結婚すれば、きっと七つの大罪を全て持った子供が生まれると思うんだ。そうすれば、後は家族同士で子供を作りあえば永遠に七つの大罪を全て持った子供を用意し続けることができる」
そう語る否不未は『傲慢』だった。それでいて『強欲』で、かつ『怠惰』で。さらには『暴食』で、『色欲』で。
──七つの大罪を全て持っているだけあって、流石は狂っている。
撫子は、心の中でそう思う。智恵には栄という恋人がいる──という正論は通用しないし、きっとそれを理解したうえで何も気にせずにこんなことを公言しているのだろう。撫子は、智恵を殺そうとしている身
ではあるけれども栄や智恵に同情してしまう。
「どうして七つの大罪を全て持った子供が欲しいの?」とは訊かなかった。
きっと、否不未の話を聞いても自分では何一つ理解できない──いや、納得や共感ができないだろう。
対話するだけ無駄で、会話するだけ不幸になる。だから、撫子はただ嘆息した。
「別にまぁいいわ。私達は駆けつけるのが遅かった。もう、智恵達はいない。実際、オーラが確認出来てから30分くらいかかっちゃったものね。移動してるのも当然。解散よ、解散」
そう口にして撫子が智恵を探しに歩き出そうとしたところで──。
「待ってよ、お姉さん」
後ろから、傲慢にもそう呼び留めるのは一人の暴食漢。
「──お姉さんって、智恵ちゃんの命を狙ってるんでしょ?それは僕としても不本意なんだよね。だからさ、死んでくれないかな?」
怠惰にも嫉妬に駆られてしまった色欲魔は、憤怒を胸に誓いながら強欲にそう口走る。
撫子の額に気持ちの悪い汗が伝う。そして、考えるよりも先に理解した。──否、理解させられた。
今、背中を向けている彼──非野否不未も、智恵と同様に世界を滅ぼす可能性を秘めている七つの大罪を全て持っている人間であることを。





