8月3日 その②
「ねぇ、どうして今日は智恵ちゃんを連れて来てくれなかったの?会いたかったのに」
ハイライトのないガラス玉ような瞳で、俺の方を見てくる非野否不未。
俺は、目を細めるようにして否不未を睨みながら「お前らがいるのがわかっててわざわざ智恵を連れてくるわけないだろ」と口にする。
「そっかぁ、残念だなぁ。栄じゃ釣り合わないから、僕の恋人にしてあげようと思ったのに」
「──は?」
「君は智恵の希少性をわかっていない。彼女は凄いよ。何せ、七つのタイザイの全てを全て持ってる。僕も僕以外に初めて見た。コンプリートしてる人間は」
否不未はどうやら、智恵を女としてではなく「七つの大罪」を全て持っているから評価しているようだった。喜ぶべきなのか、安堵すべきなのか、俺にはわからない。心臓をくすぐられたような不快感だけが残る。
「智恵を譲りたくなったら教えてね。僕はいつでもウェルカムだよ」
「それならお前は世界が滅んでも待ちぼうけだな。誰にも智恵は渡さない」
「そ。それなら彼女が世界を滅ぼすのを待つまでだ。世界が滅んだ時、僕が智恵を迎えに行くよ。白馬の王子様みたいにね」
カッコつけるようにしてそう口にする否不未を俺は無視した。話をするだけ不快になるだけ──それが俺が学んだ答えである。
──と、そんな作戦を取っていると冴恵香も魁亜と穂泉を連れて会場入りしてくる。
彼女のチームのトップツーが2人なのだろうか。それとも、デスゲームの内容に関する質疑応答に応えられるように製作した2人を連れて来た形だろうか。どっちでも納得はできそうだった。
「──」
俺は冴恵香に目配せをする。冴恵香はわかってると言わんばかりに、履いているズボンのポケットの上を撫でた。冴恵香も俺達の協力関係を隠すことはわかっているようだ。と──、
「──そうだ。今日も僕が司会になると思うんだけどさ。その前に皆の名前を把握しておきたいんだよね。会議を円滑に進めるためにもさ。だから、君達の名前を教えて欲しい──と言っても、冴恵香ちゃんに栄君。そして、否不未君の名前は把握できてるんだ。今、この中で名前を把握できていないのは君だけなんだよね。どうだろう、名前を教えてくれないかい?」
ロンは、そう光に話しかける。光は、ロンの方へと一瞥した後にすぐに目線を伏せる。そして──、
「──光」
その名前だけを静かに口にした。「池本」という苗字はあえて公表していない。
表面上では、池本姓に関する問題に関わるつもりはないのだろうか。
「おお、こんなにすんなり教えてもらえるとは思わなかったよ。仲良くする気でもあるのかい?」
「別に。俺が名乗るまでお前は俺に付き纏うだろ。男のくせに気持ち悪い」
光の発言を耳にすると、ロンはその目を細めてニヤリと笑う。
「確かに一理あるね。君が名乗るまで僕は君に声をかけていたはずだ。その点、すぐに名乗ったことは合理的だと言える」
「じゃあ……」
「でもね、君は考えなかった。名乗ったとしても僕が君に話し続ける可能性を」
隣り合って座るロンと光は睨み合う。ロンに関しては、睨んでるのではなく微笑んでいるのだろうか。
顔を光の頬へ向けているので見えるのは横顔だけだが、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
「──テメェ、何を企んでやがる。本音を語れや、サン、ニ、イチ」
「僕はね、君と友達になりたいんだ」
「「「──ッ!」」」
その発言に、この場にいる全員──いや、話に興味を持っていない否不未以外の全員が驚く。
その中には光の担任であるマスク・ド・ティーチャーも含まれていた。ロンの付き人である2人は、やれやれという顔をしている。
「お断りだ。俺はお前と友達になんかなりたくない」
「それは──どうしてだい?君はこのデスゲームを一匹狼で生きていくつもりなのかい?それとも、もう既に親しくなった友達がいるのかな」
バレている──いや、違う。鎌をかけられている。
光だけではない。現在、俺と冴恵香──愛香に純介、魁亜・穂泉の6人に対して鎌をかけられていた。
俺達の協力関係を隠し通すためには、全員が無反応・平静を装う必要がある。
俺はなんとか視線を動かさず、驚きの反応を見せずに済んだ。
ロンが何かを仕掛けてくるかもしれない──そう心がけていたからだできたことだ。
冴恵香の反応を確認したいけど、そっちの方を見ると協力関係がバレてしまう可能性がある。だから、不用意にその方向を見ることができない。だけど、バレていないことを信じたい。
問われた光に関しては、俺達を彷彿とさせるような反応を見せていない。ただ、しつこい光に苛立つような反応を示して──、
「──別にお前の友達候補は俺だけじゃねぇだろ。俺以外と仲良しごっこをしろって言ってんだ。お前のお隣さんってところは俺だけじゃなくて栄も一緒だろ。そっちにアプローチしてみろや」
「──」
論点をずらすことで、なんとか協力関係に対してかけられた鎌を回避する。ここで変に言及しても意識していることがバレてしまう以上、スルーしたことを褒めてあげたい。
一方のロンは、カウンターで俺の名前を出されたことで一瞬黙り込んだ。俺のところへ侵攻してきた事実はまだ公表されていないが、今この場で公表されれば彼も困るのだろう。
俺との繋がりが露出していない現状、ロンにとっては冴恵香も協力関係を結んでいいクラスに違いない。
「──僕は君と仲良くしたかったんだけどなぁ」
ロンはそう口をすぼめながら悲しそうにそう口にする。
「俺とは仲良くするつもりないんだ」──などと言ってやりたかったけれど、ここは一先ず黙っておくことにした。何故なら──
「──今回は銃撃してこないんですね」
「嫌だなぁ、ロン君。アレは初めましての挨拶だ。それとも、君にしてあげようかい?さようならの挨拶を」
そんなことを口にしながら俺と対角線上の席に腰を下ろすのは、薄緑色の作業着を着た中年男性。
その後ろには、前回と同様に隆貴の姿があった。俺は息を呑む。
──この会長会議、失敗するわけにはいかない。





