8月3日 その①
──昨日と言う一日の全てを智恵に捧げた俺に、再び現実と向き合わなければいけない時間がやってくる。
「栄~、今日も一緒に居ようよ~」
すっかり元気になった智恵が、2度目の会長会議に向かおうと出発しようとした俺に抱きついている。
背中で、智恵の温度を感じる。俺だって智恵と一緒に居たい気持ちは山々だけど、この会長会議までサボってしまうと俺の立つ瀬は無くなってしまうだろう。
「俺も一緒に居たいよぉ……会長会議、正直行きたくない」
あの会場の空気はあまりにも重すぎる。発言一つするだけで、息を切らしてしまう程の緊張感がある。
前回は智恵が隣にいてくれたから頑張れたし、守らなければいけない──そう思えたけど、今回は違う。
智恵が誰かに──隆貴や否不未に危害を加えられないために智恵を置いて行くから、今回は智恵なしで頑張らなければならない。
「やめちゃおうかな、会長会議に行くの」
「──え!それは……ダメだよ」
智恵にも分別があるから、少し困ったようにそんなことを口にする。俺が行くのをわかっていて引き留めているのだ。可愛い。
「──冗談だよ。会長としてやることはやらないと。そうじゃないと、智恵だって納得しないんでしょ」
俺が頭を撫でながらそう問いかけると、智恵もゆっくりと頷いた。
「──栄、頑張ってね」
「勿論」
俺は智恵とグータッチをしてチームFの寮を出た。すると、そこには愛香の姿があった。
「──惚気は終わったか?」
少し不機嫌そうな声で、俺に声をかけてくる出待ちをしていた愛香。腕を組みながら壁に寄りかかり、俺の方を睨んでいる。
「昨日はありがとうな。大変だったろ」
「全くだ。面倒なことを任せやがって」
「中身の確認はしたよ。いいと思う」
「会合に参加しなかった貴様の意見に耳を傾けるつもりなどない。貴様にとって悪かろうと、妾達は微塵も気にするつもりはない」
「手厳しいな」
愛香らしい返答だし、なんだかんだで俺達にとっても都合のいい内容を作ってくれた。この案は、冴恵香が出してくれるので、俺と光とで協力して3票をかき集める必要がある。
残る5クラスは不安要素としてあるが、否不未や隆貴のところはある程度自己中なところがあるから流石に4票集まるとは思えないだろう。
「──後は純介だけか?」
「あぁ。奴もチームCの惚気ているのだろうよ。貴様と同じように」
「愛香は独り身だから惚気るとかないもんな」
「殺す」
愛香に首根っこを掴まれ、絞め殺されそうになっているとチームCの方から純介が駆けてくる。そして──
「──2人して何イチャイチャしてるの?ふざけてないで、さっさと行くよ」
愛香の被害者が、1人増えた。
***
「──やっぱり、ここに来ると緊張するね」
愛香に絞め上げられた首を擦りながら、純介はそんなことを口にする。
今、俺達は4階から会議室に続く階段の前にいた。今回、会長会議に参加するのは俺と愛香、そして純介の3人。
皇斗はいないのか──そう疑問に持つかもしれないけれど、これはあらかじめ決めて置いたことだった。
会長会議の裏で何が起こるのかわからない。再度、ロンや他のチームが責めてきた場合に対処できる人がいなければ、大変なことになるだろう。
昨日は真胡にその役目を任せたが、今回は皇斗もそれに加わる形になった。
「そうだ、これ。先に栄に渡しておくね」
純介が手渡しをしてくれたのは、一枚のA4用紙。そこには、純介の字でデスゲームの内容が書かれていた。
「これは……」
「朝、マスコット大先生が寮に来て書いておけって。栄宛だったんだろうけど、今朝はいなかったでしょ?だから、僕が書いておいた」
「ありがとう」
そこに書かれているのは、俺達がダミーとして提出する予定になっていたゲームだった。
昨日、純介が即席で考えてくれていたものなのだろう。
「これ書いてたら遅くなっちゃって。ごめんね」
「紬とイチャイチャしてたから遅くなってたわけじゃないの?」
「まさか」
俺は反対側に立つ愛香の方を見て「予想が外れたな」と言ってみる。返事は帰ってこない。随分とご立腹のようだ。
「──多分、それを皆の前に提示して説明する形だと思うから。よろしくね」
「用意周到で助かったよ。何から何までありがとうな」
「できることはやっておかないとね。僕達だって何から何まで栄に任せっきりにしてたところがあった気がするから」
純介から受け取った紙を持って、俺は階段を登っていく。そして、扉まで辿り着くと深呼吸した後にゆっくりと開いた。
中に置いてある円形のテーブルの内、3席が埋まっている。光とロン。そして、否不未の姿がそこにはあった。
光は表情を変えずに、興味無さそうに椅子の上に座っている。俺達と組んでいると思わせないように態度を変えていないようだ。後ろには、担任であるマスク・ド・ティーチャーの姿しかない。
ロンは、いつものようにどこか気味の悪い笑みを浮かべながら俺達のことを出迎えるように「こんにちは」と挨拶をくれる。その後方には、前回もいたように思える女性2人の姿がある。
否不未は担任もいないようで、1人唇を手に当てながら俺達のことを見回した後に──
「──あれ、今日は智恵ちゃんいないんだ。残念だなぁ、会いたかったのに」
忌々しいまでに曇りのない声で、何一つ感情を込めずにそう言ってのけたのであった。
──緊張感や不快感。
2度目の会長会議が始ろうとしていることを、俺は本格的に実感した。





