8月2日
──夢を見た。
自分が何者でもなくなる夢。
ふと、自分が何者でもないことを気付かされる夢。
名前を剥奪され、1人の「人間」として生きていくことを強制される夢。
目が覚めると、腹の底に沈んだ不快感だけが残っていた。右腕は、智恵の体に押し潰されていて感覚が薄れている。
「──何時だろう」
最近は、5時半でも窓の外に太陽の姿があるから明るいというだけでは時間の確認ができない。
俺は、乾燥した口をモゴモゴと動かしながら昨日の夜に放り出したスマホを手探りで探して手に入れる。
そして、それで時刻を確認すると7時13分を指していた。
「──そんなに寝てたか」
いつもより2時間弱も寝てしまったが、ここ最近は激務続きだった。七不思議其の参と会長会議で、かなり体力を消費していたのだろう。こんなに寝てしまうのも仕方がないのかもしれない。
──と、そんなことよりも今日は1日を智恵のために使うことにしたのだ。
俺の腕の中でまだ寝息を立てて眠っている智恵を起こしてしまうのは可哀想だった。愛しい寝顔を抱き寄せるのと同時に智恵の頭の下から腕を引き抜く。
二度寝するのも手か──と、心の中で思っていると俺の腕がなくなった違和感に気付いたのか智恵が薄目を開いた。
「──もう朝?」
俺に抱きつくように体を動かしながらそう問いかける智恵の姿が可愛い。俺は、智恵の体を抱きしめる。
「朝だけど、まだ寝ててもいいよ。今日は智恵の自由だ」
俺がそう口にすると、智恵は少し考えるようにトロンと視線を溶かした後で「お腹すいた」と口にして体を起き上がらせる。
俺もそれに合わせて体を起こすと、そのままま布団から一緒に這い出た。
「昨日、夜ご飯食べてないもんね。朝ごはん、作ろうか」
「ありがとう」
智恵が扉を開けてくれたので、俺達は1階に降りる。格好も寝間着ではなく昨日外出したままだ。
俺も智恵も、寝ぐせで髪が変になっている。
「智恵は髪の毛とかやってきていいよ。俺は朝ごはん用意しておくから」
俺がそう口にすると、智恵は少し考えるような表情をした後に「んん。栄と一緒にいたいから私も手伝う」と口にしてキッチンのあるリビングの方へと進む俺についてくる。
──どうやら今日は、俺にベッタリさんのようだ。
こうなれば、とことん一緒にいてやろう。
俺は、そう心に決めた。今日一日はやることの全てを智恵と共有する。
「──じゃあ、一緒に朝ご飯を作ろう。智恵は何が食べたい?」
俺はそう問いかける。その考える素振りが愛おしい。
──あぁ、幸せだな。心の底からそう思った。
***
──栄と智恵が一日中密着しているのに密着するよりも、大切なことはある。
「全く、面倒ごとを妾達に押し付けよって」
8月2日の昼頃──要するに直前に純介からそう伝えられた愛香は腹を曲げながらも会議に参加する。
普段の愛香であれば拒絶する可能性もあったけれど、他チームのことが気になるのだろう。
──愛香の他に、純介は皇斗と誠を連れて行くことにしていた。
この2人がいればデスゲームを考えるのにも苦労しないだろう──という妥当なメンバーだ。
会議を混乱させそうな不安分子は誘わなかったし、必要最低限のメンバーで足を運ぶに事にしている。
ロン達が再度攻めてきた時の戦力が薄いような気もするが、皇斗の判断で真胡に任せることにした。
明日以降デスゲームがある状況で、自分が不利になる形で攻めることはしないだろう。そんな読みである。
──そして、純介達4人は冴恵香のいるクラスにへと向かい、提案するに相応しいデスゲームを作りに動いていた。
彼らが作ったデスゲームの案は、スマホを通して栄の元にも届けられるのだった──。
***
──他方、こちらは救護室。
7月31日に行われたロン達の奇襲を防ぎきった英傑たちが集っているこの病室では、着々と怪我人の回復が行われていた。
然程大怪我なかった梨花や奏汰は既に退院して、残っているのは稜と蒼・康太の3人であった。
「──折角の夏休みだってのに、初っ端から救護室に幽閉されるとは。僕も不幸だだピョン」
この部屋の中では一番重症だろうか。深く腹を刺された蒼が、さも暇そうにそんなことを口にする。
一歩間違えれば死んでいたものの、クラスメイトの力を合わせて一命をとりとめていた。
「まあまあ。会長会議でデスゲームをするらしいし、それまでに備えておこう」
「酷いよな。マスコット大先生は夏休みにはデスゲームはないって言ってたのに。結局あるじゃんか」
稜のフォローに重ねるようにして、康太が批判的な意見を口にする。
マスコット大先生は「デスゲームを行わない」と宣言した。しかし、会長会議で生徒達側からデスゲームを行って決めると意見を出したためにすることになった。
その決定には耳が疑うけれども、会議の内容を知れば納得できなくもない。そんな話し合いだったため、会議に参加せずに救護室にいた3人はそんなことを知る由もなく文句を持つことになるだろう。
──と、このような形でそれぞれの8月2日は過ぎていく。
2度目の会長会議は明日に迫っていた──。





