8月1日 その⑱
──帰宅。
数時間ぶりに帰って来た自分たちの学校は、他よりも何故か温かいような気がした。
まだ四ヶ月しか過ごしていないけれど、この学校に愛着を持っているようだった。
「──とりあえず、すべきは皆に情報共有かな」
そう口にして、俺は一個飛ばしにに階段を降りる。他の所全く同じ間取りの校舎。それでも、安心感は雲泥の差だった。
──俺は、そのままの足でチームCの寮に帰る。
中には、健吾と純介の2人がいた。智恵はまだ戻ってきていないらしい。
「智恵は?まだ寮かな」
「そうだと思う」
「後で会ってくるよ。話し合いをしてきた結果の共有をするね」
「うん、お願い」
「とりあえず、冴恵香ともう一人──光のクラスとは協力を要請することができた。これで目標の3クラスはクリアだ。明日、共同でデスゲームの内容を考えることになってるから純介には同行願いたい」
「了解。愛香と皇斗にも伝えておくから智恵のところ行ってきな」
「ありがとう」
俺は、椅子にも座らずにそのまま廊下へととんぼ返りをして智恵のいるチームFの寮に移動する。
他2人への報告は健吾と純介に任せておけば問題ない。
チームFのチャイムを鳴らすと、十数秒で梨央が出てくる。
「栄」
「智恵の様子はどうだ?」
「まだ部屋にいるよ。一人にして欲しそうだったから、ノータッチ」
「わかった、ありがとう」
俺は梨央に感謝を告げて、寮の階段を上がって智恵の部屋へと向かう。そして、扉をノックして「俺だ」と口にする。
数秒もするとドアノブがゆっくりと下に降りて来て、中から智恵の影が伸びてくる。
「──栄」
縋るように倒れ込んできたから、俺は優しく受け止める。階段の方で梨央が頭を少しだけ覗かせていたが、すぐに引っ込めた。
「入って」
智恵が弱い声でそう口にするから、俺は智恵を抱き寄せて持ち上げた後に部屋の中に入っていく。
智恵の体と部屋が暑い。エアコンも付けずにこの部屋に籠っていたのだろう。俺は智恵をベッドの上に座らせた後で、部屋の電気とエアコンを付ける。
「──よし。これで少しは過ごしてやすいな」
汗ばんだ智恵の頬を撫でる。赤く火照った顔が熱い。
「ごめんな、1人にさせちゃって」
「ううん、一緒にいたいってのは我儘だって判ってるから。1人でも大丈夫」
隆貴と会ったことで智恵がこんなに憔悴するとは思わなかった。もし誰もいないところで智恵が隆貴と出会ったら逃げられないだろう。
安全なところにいない時以外に、智恵の単独行動は避けたい。龍貴は智恵に何をするのかわからないのだ。
──ああ、クソ。考えただけで心臓が張り裂けそうになってきて苦しい。
「ごめんな、辛い思いをさせて」
「──」
「智恵に辛い思いをさせる人は、全員俺が殺すから」
──そう、全員俺が殺す。
智恵を傷つける人の命など、この世には必要ない。
「──栄」
ぎゅっと智恵が俺の服の裾を掴む。そして、2人でベッドの上に倒れた。
「──今日はこのまま、離れないで。私は、それが栄にされて一番嬉しいことだから」
「──いくらでも智恵の側にいるよ。今日も、明日も」
そうだ。思えば、俺達は離れている時間が長すぎた。少し考えても見よう。
6月の終わりに俺が鼬ヶ丘百鬼夜行に誘拐されて、現実世界に帰って来たのが7月25日──つい一週間前の出来事だ。そして、翌日の26日から31日まで九条撫子の判断によって話されていた。
その31日が昨日の話しなのだから、7月の一か月で一緒にいた時間は1日にも満たないのだろう。
そう考えると、智恵が心細くなるのも不安に思うのも理解できた。
「──明日は一日智恵と一緒にいることを約束するよ。だから、安心して」
「──わかった。だいすき」
智恵はそう口にすると、そのまま俺に抱きついて来る。まだ部屋には熱気が残っているのに、それでも引っ付いて来るのだから余程寂しかったのだろう。
──とりあえず、今は智恵の事だけに集中しよう。
隆貴のことも、デスゲームのことも考えるのはやめる。俺はポケットからスマホを取り出して、「明日のことは頼む。智恵のメンタルを優先したい」とだけ送っておいた。
愛香はどうかわからないけれど、純介や皇斗の2人がデスゲームの作成に協力してくれるのであれば問題ないだろう。冴恵香や光達をビックリさせてしまう可能性もあるけれど、そっちも何とかなるはずだ。
2人は、智恵の壊れたところを見ていたのだから、説得もしやすいはずである。
──と、布団の上で智恵と一緒に倒れていると眠気が襲ってくる。
まだ夕飯も食べていないしお風呂にも入っていない。日常生活のほとんどを終わらせていないのに、ここまでの疲れに襲われている気がする。
「──智恵、ちょっと寝よっか」
「うん。お揃いの夢、見ようね」
「勿論」
そう口にして、俺は智恵と一緒に少し眠ることにした。心地よい。
そして、俺は智恵があそこまで崩れた理由がわかったような気がする。智恵は、過去のトラウマを彷彿としたわけでも人生を壊されたことへの復讐でも無かった。ただ、今手元にある幸せを享受できなくなるのを恐れただけだった。
そうなれば、智恵が求めていることが過去の清算でも復讐でもないことがわかってくる。
──智恵と一緒にいる。
俺がそうしているだけで、智恵は幸せになってくれるのだ。
幸せの最低条件。それが、俺のようだった。
幸せだ。ただ、幸せだった。そんな幸福を腕に抱えたまま、俺の意識は智恵のものと混ざり合い、夢の世界に溶けていく──。





