8月1日 その⑮
──冴恵香との作戦会議を終えた16時58分。
「──なんだかんだ、1時間半くらいかかちゃったな」
「ごめんね。多分、このバカ2人達が……」
そう口にして、冴恵香の視線が魁亜と穂泉の2人に向けられる。実力を測る──だなんて言われて勝負をしたことで、思ったよりも時間を取ってしまったようだ。
まぁ、殴り合いなんて10分続くだけでもかなり長い方だけれども。
「──俺達のことはどーでもいいよ。本当に、2人で大丈夫か?」
「うん。魁亜がいたらまたケンカになっちゃうでしょ」
「だがよぉ……」
4階から会議場に続いている階段の前で魁亜と穂泉に見送られながら、俺達は3人目の協力者に声を掛けに冴恵香と動くことになっていた。
──2人が置いて行かれるのは、その3人目の協力者とケンカをすることを防止する為だった。
正確に難ありな彼とは、説得するために衝突は避けられないだろう。もしかしたら、現地で殴り合いのケンカが起きるかもしれない。できる限り、その「もしかしたら」を避けるために喧嘩っ早い2人は置いて行くことに冴恵香がしたのだ。
「──じゃあ、行くね」
冴恵香が履いているスカートを翻しながら、そう口にする。艶っぽい黒の髪の毛はポニーテールとして頭の後ろでまとめられていた。それが、宙で可愛らしく踊る。俺も冴恵香に続いて階段を踏み出す。すると──、
「──栄、冴恵香を任せた」
魁亜が、俺の名前を呼びそう口にする。魁亜の口から、そんな言葉を聞くことができるとは思えなかった。
俺も実力を認めてもらえたという事だろうか。振り向きはせず、俺も「勿論」とだけ口にして階段を登る足を再度動かす。そのまま、階段を上って会議場に続く扉へ手をかける。そして──
「──こんなに早くここに戻ってくるとは」
扉を開けると、そこに広がっているのはクリーム色の壁。その途中途中に、合計7つの扉が見えて、真ん中には白い円卓と8つの時計が置かれていた。相変わらず中に人の気配はなく、死んだような空気が漂っていた。
「えっと……」
「こっちだよ」
俺が、次なる目的地に冴恵香を案内する。そして、彼の学校へと続く扉に手をかける。
「──準備はいい?」
「──うん」
冴恵香の声が、少し緊張しているような気がする。俺は、あえてそれを気付かないフリををして扉を開く。すると、扉の向こうに映し出された景色は俺や冴恵香と同じ下層へと続く階段。
「構造はどこも同じっぽいな」
「栄のところも屋上の代わりに会議室の入口があるの?」
「うん。そんな感じ」
俺の後ろに冴恵香が付いて来る形で、階段を降りていく。もう5時も近いが、まだ教室の外は明るい。
4階、3階と降りていき俺は先程と同じように寮を目指して歩いて行く。先程は魁亜がいたけれど、ここには誰かいるだろうか。
「──間取りは一緒。だけど、なんだか知らない雰囲気で緊張するなぁ」
冴恵香が俺の後ろでそんなことを口にする。これは、俺も思っていたところだ。
自分の学校と間取りは全く一緒なのに、纏っている雰囲気は全く違う。自分の学校の方が居心地がいいし、ここは逆に空気が重いような気がする。
──と、そんなことを考えながら2階、1階と降りていき俺は下駄箱の前に到着する。
「外靴はあるよね?」
「うん。言われたから、持って来たよ」
先程と同じように下駄箱に上靴とビニール袋を押し込んで、用意しておいた外靴に履き替える。冴恵香も下駄箱に手を突きながら靴を履く。
「──よし、オッケー」
「じゃあ行こうか」
2人共準備万端になったので、寮の方へと移動しようとすると──、
「──出て来たぞ、捕まえろッ!」
「──なッ!」
校舎の陰から人が出て来て、俺達は囲まれる。軽蔑するような視線が俺達2人には送られて、どうにも歓迎されている様子ではない。
「──誰だ、コイツら!アイツじゃないぞ!」
「えぇ!?」
「でも、アイツの味方なんじゃないか!」
アイツ──というのは、誰の事だろうか。もしかしたら、彼のことかもしれない。
だが、とりあえず俺達がイレギュラーであることに戸惑っているようだった。
「──栄、どうする!?」
「──そうだな!歓迎されてないみたいだし、一度退散しよう!」
そう決めて、急いで校舎の方へ踵を返そうとしたけれども──
「──逃げるぞ!とりあえず捕まえろ!」
「えぇ!」
俺達が逃げようとしても、数人の自警団に冴恵香が捕まってしまう。
「──栄!」
「今助ける!」
両腕を捕らえられた冴恵香を助けようと、手を掴む男の手を剥がそうとする。しかし、それを妨害しようと多くの人が俺に組み付いて来て俺も身動きが取れなくなる。
──このままでは連れていかれてしまう。交渉相手のクラスメイトである以上武力行使をすることもできない。どうすれば──
「──うるせぇぞ、ゴミが」
聞き覚えのある声がして、それと同時に空気が変わる。キュッと言う音が俺を掴む人達の喉から漏れて、瞬間脱力して俺達は解放される。
その声の主の方を見ると──
「──ゴチャゴチャ騒いでねぇで、消えろ。ゴミカス共が」
校舎の中から現れたのは、俺達の目的である青年──態度が悪く会長会議でも一言だって喋れなかった目つきの悪い男であった。名前すら教えてくれない彼は、クラスメイトから恐れられている──いや、忌み嫌われているのか、姿を見せただけで俺達を捕えていた人達を退けてしまった。
──先程まで俺達を囲んでいた人達が、叫び声を上げながら寮の方へと逃げていく。
俺達3人は、まだ沈むことを知らない太陽に顔を照らされていた。残っているのは、これだけだった。





