8月1日 その⑬
後方には魁亜。前方には、白髪狐目の男。前門の虎後門の狼──と言ったところだろうか。
だけど、両方を相手にする必要がないことが幸いだろう。あくまで、白髪狐目の男と勝負をして実力を証明できれば問題はない。
流血沙汰にする必要がないのは、俺にとっても嬉しかった。
「じゃあ、行くよ。覚悟してね」
白髪男がそう口にすると、最初に拳が飛んでくる。俺は、その拳を見極めて回避する。
殴り合いは、デスゲームが始まってから何度も経験している。だから、最初の時よりも動けるようになった。
「──」
続いて、飛んでくるのは回し蹴り。俺の頭──いや、顎を狙って放たれたその足を、俺は後方に仰け反って避ける。
そして、そこで俺はある種の既視感を覚える。彼と似たような戦闘タイプを、俺は知っているような気がする。
「これはどうかな」
回し蹴りの直後、しなやかに体を動かして俺の腹部に手刀が迫ってくる。
──だが、その手刀も想定内だった。
俺は、それを右手でガッシリと受け止める。その手刀は腹に当たれど、めり込むことはなかった。
狐目の男は、目を薄く開ける。きっと、受け止めた事を驚いているのだろう。
「──まさか、受け止められるとは」
「想定外だったか?こっちは、想定内だ」
「じゃあ、これは想定内?」
いたずらっぽくそう問いかける彼。俺の右手で受け止めていたはずの骨がボキボキと明らかに異常をきたしたであろう音を鳴らし始める。
「──折れッ!」
「折れたんじゃない、折ったんだ」
瞬間、俺の右手から彼のボロボロになった手刀は抜け出す。自分の腕を、自分自身で触れることもなく折ったのだ。
「──どうやら、これは想定外だったって顔をしてるね。だから、君はこのもう一発を避けられない」
「──ッ!」
もう一度、彼の回し蹴りが俺に向かってやってくる。
「避け──」
「──させないわ!」
俺の左手の裾が彼の折れていない方の腕に捕まれて、そのまま金属がぶつかったような鈍い音が俺の右半身から鳴る。俺の体に、回し蹴りが直撃した。
「──ッ!」
「残念だったな。ソイツはお前を殺すつもりでいるぜ。容赦ってのを知らない野郎だからな」
回し蹴りの衝撃で、俺は地面に倒れ込む。だが、やはり既視感がある痛みだった。
きっと、次は馬乗りになろうとしてくる。だから──
「今ッ!」
俺は、馬乗りになろうとした瞬間に足を体の方に引く。そして、即座に足を戻して彼の股間を蹴りつける。
「──ッ!」
「馬乗りになろうとして俺をタコ殴りにするか首を絞めるかしようと思ったようだが、そう簡単には行かないよ」
股間を押さえて悶える彼を見ながら俺は立ち上がる。そして、その場に転がる彼の上に座る形でこう口にする。
「勝負あっただろ。これでも実力は認められないか?」
いつの間にか、2階の窓枠に戻っていた魁亜にそう問いかける。
「──そうだな。お前にはそれ相応の実力がある。それは認める」
「──なら」
「だが、お前は勘違いしてる。お前が椅子にしてるソイツは、容赦だけじゃなく休戦も知らない。だから、どっちかが死ぬまで戦い続けるぞ」
「は──」
俺がそう驚いて狐目の青年の方を見ようとしたのが悪手だった。彼の折れたはずの手が俺の首の方に伸びて来て、そのまま俺を倒す。
そして、先程とは上下が逆転した形で結局馬乗りになられてしまう。
「──さっき、折ったって言ったけどあれは嘘。実は、体の中で骨をバラしただけなんだよね」
彼は得意げにそう口にする。自分で腕を折っても痛そうにしていなかったが、その真実はそんなものだったのか。骨を体の中でバラバラにできるのはスゴいけれども、それ以上のものを何人も見ている。
「──実力があるならそれを使って抜け出してみてよ。ボクと言うギロチンから」
彼はそう口にすると、俺の首に手をかける。そして、両手でそれを締め上げて──、
「──ちょっとちょっと!何やってるの!ストップ!ストップー!」
遠くから、そんな声と忙しい足音が聞こえてくる。仰向けになっている俺は、狐目の青年と魁亜の2人が声の主の方を見たことに気が付く。
──この声は聞き覚えがある。ということは──
「穂泉、栄を虐めないで!魁亜も!来客が来たなら教えてって言ったよねぇ!」
「──冴恵香」
穂泉と呼ばれた狐目の青年の手が、俺の首から外れていく。
会長会議では髪をツインテールにまとめていた冴恵香だが、今はそれを外してストレートの状態でいた。
「──私の友達がごめんなさい。栄、怪我はない?」
穂泉が冴恵香の一声で退かされたので、俺はゆっくりと立ち上がる。首は絞められていたが、それらしい怪我はない。
「怪我はない。まぁ──キャットファイトみたいな、お遊びだ」
「そう?なら、よかったんだけど」
冴恵香は俺に対してそうは言うけれども、他の2人に対しては睨んでいる。
「穂泉、どうして暴力なんか振るったの?説明して」
「そ、それは……栄が冴恵香と協力関係を結びたいって言うから実力を計ってあげようと……」
「そんなこと頼んでないよね?それに、クラス会長に選ばれるくらいなんだから実力があることくらいわかるでしょ?全く、好き勝手動かないで。迷惑」
「──はい……」
「ごめんなさいは?」
「──ごめん」
「──いや、大丈夫。疑われるのを承知で来てるからさ」
消え入りそうな声で、穂泉に謝られる。冴恵香も頭を下げているし、別に俺もそこまでご立腹なわけでもない。
「じゃあ、協力関係を結びたいってなら早速話をしましょう。私の寮に案内するわね。付いてきて」
冴恵香はそう口にして、俺達に背中を向けて先陣を切って歩き出す。すると、再度2階から降りてきた魁亜がこんなことを口にする。
「──栄。運が良かったな」
「運も実力のうち。俺は、それを見せただけだ」
魁亜の悔しそうな舌打ちが一つ。
──俺の実力、証明終了。





