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8月1日 その⑦

 

 ──目下、状況は最悪だった。

 名一つ名乗らぬ態度の悪い青年──それが可愛いと思えるほどに、俺の目の前にいるのは敵ばかり。

 デスゲームを妨害して来た池本ロンに続き、勝つことは不可能だと既に諦めがついている第二回生徒会メンバー、人間甘言唯々諾々。そして、死んだはずの茉裕達──死者軍団に加えて、智恵の元カレであり、智恵の人生を壊した張本人──橋本隆貴。


「──いやだ、いやだ……」

 俺の腕に、縋るようにして掴まりながら智恵はか細い声でそう口にする。その場に崩れ落ちるようにして屈んだ彼女の体は大きく震えており、力も籠っていない。触れたら壊れてしまいそうだった。


「──ねぇ、無視?聞こえてるよね?智恵を返してって言ってるんだけど」

「──断る。もう智恵はお前のものじゃない。お前の好きにはさせない」


 俺は、隆貴のことを睨む。すると、彼は軽蔑するような目で智恵のことを一瞥した後で──、


「そんな汚い女のどこに惹かれたの?あー、それとも知らないの?ソイツがどれだけ汚いのかを」

「──ッ!」

 腹の底から怒りが湧いてくる。何もかも、何もかもお前が悪いのだろう。なのにどの口で。


「教えてやるよ。ソイツは、元居た学校では──」

「──知ってる!だから、喋らなくていい」

 自分の息が荒れているのを感じる。コイツを前に、正気を保てられない。


「知ってて付き合ってんの?お前も気っ持ち悪ぃ趣味してんな。ソイツにお似合いだよ、性病カップル」

「──ざっけんな、クソ野郎!」

 怒りを抑えきれずに、椅子から立ち上がり円卓に上って殴りかかろうとしたその時だった。

 隆貴を連れてやってきたボスらしき中年の男性が、隆貴の前に手を出して制止する。


「隆貴。譲ってやれよ。娼婦の一人くらい。犯罪者ってのは、寛大じゃなきゃ。矮小な犯罪者は、醜いだけだよ」

「──親父。失礼いたしました」

「いや、いいんだ。学生の内は、学ぶのが性分だろう?」

 その男性は、隆貴の方に笑いかけた後に俺の方へ視線を向ける。その顔に感情は無く、深い闇しか感じられない。


「若いのが失礼したね。君にその女は譲ろう。代わりに、その後ろにいる意地の悪そうな女を譲ってくれないかい?私は、気の強そうな女をヒィヒィ言わせるのが大好きなんだ」

「栄、行け」

「言われなくとも」


 愛香がただ一言そう口にし、俺もそれに従う。言われなくても、俺は動いていた。

 俺の仲間を侮辱したのだ。寛容になるつもりなど、毛頭ない。


「死ね」

 智恵の持つ「七つの大罪」を媒介に、俺の憤怒を覚醒させる。その拳は感情に乗り、隆貴の顔面を正確無比に捉え──、


『七つの大罪 第参冠 憤怒者』

「すごい!それ使えるの、僕だけじゃなかったん──へぶぉ!」


 ──俺が殴ったのは、突如として俺の目の前に現れた一人の少年。

 脈絡もなく現れた彼は、俺の全身全霊の一撃をモロに喰らって後方に吹き飛んでいく。


「肉壁まで用意しやがって──ッ!」

 腹の底に収められない憤怒を口からこぼしてしまったけれど、違う。

 目の前にいる隆貴も、中年男性も、見るも無惨なアホ面を晒している。だから、違うのだ。

 仕組んだのではなく、偶然。突如として現れた少年は、何も知らない赤の他人。


 ──邪魔は入ったが、俺の怒りはそれでも収まらない。


 拳は放ってしまったが、足ならば動く。俺は、円卓を踏みしめる足を大きく後ろに引いて──、


「──今度こそッ!」


 振るう。次に狙ったのは、中年のクソ野郎の方だ。狙いにくかった──というのもあるし、二度連続で隆貴を狙っても避けられてしまうだろうという冷静さも残っていた。


 ──だからこそ、と言うべきか。冷静さが残ってしまっていたからこそ、俺の二撃目は当たらない。

 ガシリ──そう力強い右腕で受け止められて、余裕そうな笑みを浮かべられてしまう。


「何か、気に障ることを言ってしまったのならば謝ろう。申し訳ない」

「思っても無いくせにッ!」

「社会で大事なのは誠意を見せることじゃない、形式だよ。形だけでも謝られたと言うのなら、君もそれに見合った態度を示さなければならない」

「──ッ!」

 そう口にすると、中年男性は片手で俺の足首を持ち、そのまま軽々と持ち上げる。全体重を支えていた脚が宙に浮いたのだから、もちろん俺は転びそうになる。だが、頭が地面に着く前に中年により元居た場所の方へと投げられて、皇斗にキャッチされる形になった。


「──座れ、小僧ッ!ここは闘技場でもカジノでもない。会議場だッ!」

 そう口にして、俺は情けなく座るしかすることができなくなる。智恵を辱めた復讐をしようとしても、これ以上はダメだ。相手は銃を持っている。この騒動で引き金を引いていないだけ、奇跡と言っていいだろう。


 ──相手は全員、生粋の犯罪者。

 倫理もモラルも存在していないと判断していいだろう。仕方がないから、俺は静かに自分の椅子に腰を下ろした。すると──


「──それでは、定刻を幾ばくか過ぎてしまっていますが、8人のクラス会長が揃ったので、会長会議を初めていきたいと思います。司会は1年1組の担任である(ワタクシ)、マスク・ド・ティーチャー」

 そう口にするのは、態度の悪い青年の後ろに立っていた人物。


 ──8人の生徒会長が揃った。

 そう口にして周りを見渡すと、唯一の空席にいつの間にか座っていたのは先程俺が殴った青年だった。

 その後ろにマスコット大先生の姿はない。その代わり、死神のようなオーラが見えている。


 だが、今の俺には世界滅亡を彷彿とさせるその負のオーラを纏う彼に気にしている余裕など無かった。それなのに──、


「──君!すごいね、僕以外にも『七つの大罪』をコンプリートしてる人なんていると思わなかった!お名前、なんて言うの?僕、君のことをお嫁さんにしたいなぁ」

 ガバリと立ち上がって、智恵の方にその禍々しい瞳を向けてそんなことを口にするのだから、ただでさえカオスな状況が、更に深刻化していくのだった。

全く状況を飲み込めない冴恵香。

全てを理解しているので口を挟まない唯々諾々。

半分くらいしかわかっていないけれど面白いから静観しているロン。

智恵に苦手意識があり話に入らない茉裕。

元から喋るつもりなんかない青年。

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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