8月1日 その②
「──は?」
会長会議に参加しない。愛香のそんな発言に、一瞬言葉を失った。が──、
「ふ、まさか愛香がそんな冗談を言うとは」
愛香のその発言が、彼女なりの悪戯であることに気付いた俺はすぐに笑みを取り戻す。
愛香であれば、きっと過去を彷彿とさせるような話をしてくれるだろう。
「粋だろう?」
「そうだね、粋だ」
「それで、11時20分に妾はそちらの寮に向かえばいいのだな?了解だ」
愛香はソファから体を動かさず、承諾した反応を見せる。女王様のような麗しい容貌で、彼女は柔らかな表情を浮かべていた。
「──で、だ。歌穂は体の方は大丈夫なのか?」
俺は、視線を一人だけソファに座っていない歌穂の方へと向ける。
「ん。アタシ?アタシは特になんとも。あー、ちょっとズボンが履きにくいけどね」
そう口にして、体の後ろにある白い尻尾を揺らす。ズボンの内側から出ているようで、少し窮屈そうだった。
「じゃあ、特に虎になった後遺症とかはない?」
「うん」
「じゃあ、耳はどうなってるの?」
歌穂の頭から、少し丸っこい猫耳──虎耳と呼べばいいのだろうか、が生えている。歌穂の白髪と同じ純白のそれは可愛らしいチャームポイントになってる。
だが、問題は人耳はどうなってるかと言うことだ。
「4つあるよ」
「そうなの?」
「うん」
歌穂はそう口にすると、髪にかかって見えなくなった人耳を見せてくれる。どうやら、耳が2つ増えたらしい。
「増えたところで特に利点はないけれどね。逆に耳が生えたことでいつもみたいな感じで髪の毛をまとめられなくて面倒よ」
耳と尻尾。歌穂の身に残った虎としての要素はそのくらいだけのようだった。
「ケモナーがいたら一番怒られるタイプの変化だな」
「そんなの知らないわよ。アタシだって別になりたくてなったわけじゃないんだから」
歌穂はそう嘆息する。表面上は悩んで無さそうにしているけれど、彼女も一人の少女であることには違いない。きっと、体の一部が変わって傷付いた部分があるのだろう。少し、失礼だったかもしれない。
「──って、申し訳なさそうな顔しないでよ。こっちが悪いみたいじゃない」
歌穂はそう口にして、腰の後ろで尻尾をユラユラと揺らした。
「栄にはこれでも感謝してる。助けてくれたのは栄達なこと、知ってるから」
歌穂は、撫子の体を足でつついて無理に詰めさせてから座る。そして──
「──それに、今喋る必要があるのはアタシじゃなくて撫子の方じゃない?」
これまで意図的に黙っていたであろう撫子が、歌穂によって話題に出される。撫子は少し気まずそうにしながらも、顔を上げて俺の方を見る。
話があるとするのであれば、十中八九智恵のことだろう。俺はつばを飲み込んで、歌穂と一緒に開いていたクッションの上に腰を下ろした。すると、撫子は視線を合わせるためかソファから降りて同じくクッションの上に腰を下ろした。
「──」
撫子はただこっちを見て口元を歪ませる。言葉を選んでいるのだろうか、意味のある単語は出てこず息が漏れる音だけが聴こえてこない。仕方がないから、こっちから助け船を出してあげよう。そう思って、俺から話してみる。
「──話した内容ってのは、智恵の事だろ?」
「──そうね。それで間違いないわ」
「昨日、あの場では智恵が助けてくれなかったら危なかったって言ってたけど本当か?」
俺が率直にそう問いかけると、撫子は少し悔しそうに眉をひそめてからゆっくりと頷く。
「正直に言えば、智恵がいない限りは負けていたわ。私とて『七つの大罪』を全て持っているわけではないから、操れるのは『憤怒』と『傲慢』と『嫉妬』の3つだけ。他のは使えないの」
「──成程?」
「今回、私は智恵の『怠惰』の権能で助けられた。要するに、歌穂を助けた時と同じで相手の意識を鎮静化させたの」
──ここで、撫子から『七つの大罪 第肆冠 怠惰者』の権能の説明を受ける。
どうやら、それは相手を鎮静化──要するに何らかの働きを止めさせる能力らしい。智恵が心優しくて智恵が殺害を望まなかったから相手の意識を鎮静化させて失神に近い睡眠をさせることになったけれど、やろうと思えば相手の生命活動を鎮静化──要するに死亡させることもできるようだった。
智恵のそんな一撃必殺の初見殺しが手助けとして来なかったら、撫子は相手に殺されていたという。
「──撫子が負ける程厄介な奴だったのか?」
「そうね。相手も相手で初見殺しだった。智恵が相手と喋るよりも先に遠くから攻撃したから倒せていただけで、それがなかったら智恵も負けていたかも」
「そんなやつがいるのか……」
「名前はわからないけれど、ソイツの体質はわかる。目を合わせると、視界が歪んで立つことができなくなるわ。まるで無限に続く渦の中に飲み込まれたように、目が回って眩暈がしてくるの」
「成程……ありがとう。気を付けるよ」
「そうして。会長会議はきっと、考えもつかないような初見殺しの体質を持った人がうじゃうじゃいるわ。負けないようにね。──それと、智恵にもありがとうって伝えておいて」
撫子はそう口にすると、少しスッキリしたような表情をする。俺は特に話すことも済んだし、愛香に「じゃあ、11時20分ね」と再確認して、チームHの寮を出ようとする。
玄関まで見送ってくれると言う歌穂が、耳元で「昨日智恵にありがとうって言えなかったこと、後悔してたんだって」と教えてくれた。
歌穂の頭上で、純白の耳が可愛らしく動いている。





