7月31日 その㉛
「栄、大好き。助けに来たよ」
うっとりするような嬌声でそう囁く智恵の甘い匂い、俺の鼻腔を刺激する。
今、自分は汗臭いのだろうけれどそんなことも気にせずに智恵に半ば倒れ込むように抱きしめた。
「──会いたかった。寂しかったよ」
「私も。ずっと栄の事だけ考えてた」
柔い声と肌に触れて、俺の体は溶けてしまいそうになる錯覚を覚える。俺達の愛は、身を焦がすほどに温まっていたのだろう。
「──それで、栄。今はホワイトタイガーと戦ってるの?」
「うん。歌穂が白虎になって。尻尾を抜けば元に戻るんだけど……」
こうして苦戦を強いられているのは、少し不甲斐ない。
「あれが、歌穂──」
智恵は俺に抱きついたまま、歌穂の方を見る。少し考えるような可愛い仕草を見せるけれど、疑っている様子はなさそうだ。
「じゃあ、助けてあげなくちゃ。尻尾を抜けばいいのね?」
智恵はそう口にすると、羽化する超が支えとしていた茎から離れるように、俺から離れて立ち上がっていく。
「あぁ。でも、俺達が力を合わせても無理で──」
「栄、見てて。私ね、修行をして『七つの大罪』を暴走させずに操れるようになったの」
智恵が来たところで勝つのは難しい──そう思ってしまったから俺は智恵を止める。だけど、智恵は俺の方へと振り向いてそんなことを口にすると。
智恵から後光が差している──そんな幻覚を覚えてしまうくらい、今の智恵は天使に見えた。いや、俺にとって智恵はいつでも天使だが。
──と、見ていると智恵と相対する歌穂が喉を鳴らして襲いかかる。
そんな歌穂の方を見て智恵は防御も回避を見せず、ただ歌穂の方へと手を伸ばして──、
「『七つの大罪 第肆冠 怠惰者』」
そう口遊み、その手から見えない何かを歌穂に向けて放つ。すると、歌穂はその場で体を硬直させた後にバタリとその場に倒れた。先程まで自在に動いていた尻尾も、今ではダラリと廊下に垂れ下がっている。その権能の効果はわからない。でも、それが「七つの大罪」である以上強力な何かであることは間違いないだろう。
「──死」
「んでないよ。少し寝てもらってるだけ」
少し頬を膨らませてそう口にする智恵が可愛い。修業した智恵が寝ていると言うのであれば、そうなのだろう。俺は立ち上がって、ゆっくりと歌穂の方へと迫った。
動かない。寝ているフリではなさそうだ。
「まさか、僕達があれだけ苦戦していた白虎をこうも簡単に倒しちゃうとはね」
「なんだか、嫉妬しちゃうわ」
鋭い牙の餌食になり、ダランと垂れ下がっちゃった奏汰の手をご覧になっていると「そこまで痛くはないんだ」と一言断る。美玲も怪我はしているけど、致命傷ではなさそうだった。
智恵のおかげで誰一人として欠けることなく歌穂──白虎を無力化させることに成功したけれど、まだ安心はできない。この尻尾を引き抜こうとしたらまた目を覚まして逃げ出されるかもしれないのだ。俺達4人は、念には念を入れて音を立てずに近付いて、全く反応を見せなくなってしまった尻尾に触れる。
自分に尻尾が生えた時よりも太く、フサフサしていた。俺は周囲の皆と目を合わせて──、
「──じゃあ、抜こう。せーのっ!」
腕をやられた奏汰以外の3人で力を合わせて引っ張ると、なんとかその尻尾が抜ける。その時、肉が裂けるような痛々しい音がしたけれど俺達が尻尾を引き抜いた時もそんな感じだったから気にする必要は無さそうだ。
「──これで……」
白虎と化していた歌穂の体が、人のものへと戻っていく。白い毛の生えた体から毛が抜け落ちて、歌穂の白い体が明らかになる。服は虎になった際に敗れてしまったのであろう。人間の女性らしい肉付きがそのまま露になりになり、凛々しい虎の顔も見慣れた歌穂のものへと戻っていく。肩のあたりで切りそろえられた白髪も元に戻るが、その上部には虎の耳が残っていた。それと、引き抜いた尻尾が臀部辺りから生え変わっている。一部虎化の影響が残る歌穂の一糸まとわぬ姿を見ながら、俺達は白虎の解消が終わったのか考えていた。すると──
「──いったぁ……」
そう口にしながら、歌穂はムクリと体を起き上がらせる。そして、尻尾を引き抜かれたことで激痛が下であろうお尻を擦って──
「──って、あれ。服、ない!?」
自分の置かれている状況に気付いたのか、そんな声をあげて細い腕で自分の体を隠す。俺は、不憫に思ったからシャツを脱いで歌穂の方へと投げる。
「汗かいてるけど。我慢してくれ」
「それなりに親しい人に見られる裸が一番最悪……」
歌穂はそう口にしながら、俺のシャツに袖を通す。
「──じゃあ、僕は保健室にでも行こうかな。このまま偽物のマスコット大先生の大群の方に行っても勝て無さそうだしさ」
「ワタシも。正直、もう限界」
奏汰と美玲はそう口にしてゆっくりと歩いて行く。その後姿を見て、俺のシャツを着た歌穂が──
「──ありがとう。助けてくれて」
少し恥ずかしそうに、だがそれ以上に嬉しそうな声で歌穂はそう口にする。出会った当初からは考えられないような表情を浮かべた歌穂は、この数カ月で成長したのかもしれない。
「──と、歌穂も復活できたことだし。後は偽マスコット大先生の大群をなんとかしないとだな。一体、後どれだけの相手をしなきゃいけないんだか……」
そう口にして、俺は教室に扉を開ける。そして、窓を覗いてみると──
「──あれ」
そこに広がっていたのは、真っ赤に染まった校庭。
血の池が広がっている校庭には、もう動いている偽マスコット大先生の姿はなかった。その代わりに、血の池の真ん中に3人の男女──皇斗と愛香・真胡の3人が立っている。ということは──
「──ゲーム、クリア?」
今いる窓から、校門の方へと駆ける稜の姿が見える。あの鍵を差し込めば、ゲームは終了する。
──智恵の登場で苦戦を強いられていた歌穂救出作戦が終了し、そのまま七不思議其の参『マン・イン・ザ・ミラー』とそこに乱入してきた他のデスゲーム参加者の返り討ち、そして鏡の世界に閉じ込められていた3人の帰還の全てが完了したのであった。
七不思議其の参『マン・イン・ザ・ミラー』 ゲームクリア
会長会議の参加権、獲得──。
後日談を挟んで、7月も終わりにしましょう。





