7月31日 その㉚
少女は、走る。
数々の戦闘が終焉を迎える校庭を、校舎に続く最短距離を走る。
血の海の上を通るのも厭わずに、靴を赤く染めながら自らの意思で走る。
会いたい。
ただ、それだけ。
だが、何かを成すにはこれ以上ない理由だった。
最愛の恋人の元へ向かう。少女の純愛が、少女の体を突き動かす。
止まらぬことを知らぬ鳥のように、少女は走る。
少女は、走る──。
***
「──強いな。流石は歌穂だ」
額に滲む汗を拭いながら、俺は目の前にいる歌穂と目を合わせる。
もう7月も終わりそうです夏の本番真っ盛りだ。
去年の酷暑と比べれば、このデスゲーム会場は過ごしやすい温度をしているような気がするけれども、それでもこうやって激しく動けば汗は出る。
下着が血と汗で肌にくっつく不快感を覚えながら、再度睨み合う。
見れば見るほど、キレイな目をしていると思う。
天然石や宝石にタイガーアイって名前が付き、取引されるのも理解できる。
それに、なんだか歌穂は動物園などで見る他のホワイトタイガーよりも美しい顔をしている気がする。違いを言葉で説明するのは難しいのだけれど、なんかシュッとしている気がするのだ。これが親バカと言うやつだろうか。
「──栄。また同じ作戦で行きましょう」
「あぁ」
歌穂の白虎としての美しさを楽しむことと、戦闘が上手くいっているかについて相関関係はない。
稜に鍵を任せて送り出したため、俺たちの戦力は減って更なる苦戦を強いられることになったのだ。
同じ作戦──というのは、鍵を使った電撃ではない。歌穂が鍵を落とした今、もう歌穂に電撃を与える術はない。であるから、今回の言う作戦は挟み撃ちのことになるだろう。
美玲は、先程強烈な蹴りを喰らっていたけれども今のところ異常は無さそうだった。だけど、これ以上美玲に被弾させるのは避けたい。
「──奏汰は準備できた?」
「僕もいつでも問題ないよ。今度は僕が囮をする」
奏汰がそう口にすると、歌穂の目の前に割り込むようにして動き出す。俺と睨み合っていた歌穂の視線は奏汰の方へと吸いつけられて、その視線をズラした
だから、俺と美玲はそれぞれ歌穂の左右を通るようにして歌穂の尻尾に迫った。
「グルラァァ」
歌穂が咆哮を上げる。空気が震撼して窓が音を立てて揺れた。その後に歌穂は動き出して、奏汰の方へと迫っていく。
「──行こう」
俺は美玲の方を一瞥した後に、2人一緒に動き出す。白い尻尾が目の前で蝋燭の炎のように揺れた。
駆けた俺はそれに向かって手を伸ばす──、
「──やっぱり」
掴もうとすると、尻尾は俺の腕を軽々と回避する──が、そっちは美玲のいる方向であった。
俺が尻尾を逃してもいいように、わざと美玲のいない方から手を伸ばした──。
「──掴んだッ!」
俺の隣で、美玲がそう声をあげる。それを聞いて、俺は即座に美玲の援護に入った。
先程のように、美玲が引きずられるような状況は避けたい。もしそうなってしまったら、足蹴にされて先程と同じ轍を踏んでしまう。
それをふせぐため、俺は歌穂の後ろ脚にしがみつく。
──ここから歌穂は動かさない。
そう覚悟を決めて歌穂の筋肉質な足を捕らえる。毛むくじゃらで毛も少し固いだが、猫を触っているような感じがする。これが虎の毛なのだろう。
「──栄がそうするのなら」
奏汰も、俺の意思を組み込んでくれたのか歌穂の前足の動きを止めるために歌穂の首の下に腕を入れて噛まれることを避けた後に前足の動きを止める。
──勝った。
俺は、心の中でそう確信する。美玲がこのまま尻尾を引っ張り、歌穂から引っこ抜けば勝利できる──。
「ガウ」
──そう思っていたはずだった。
俺と奏汰は、抜かりなく歌穂の体を固定していたはずだった。それなのに──
「──あ、クソ!」
俺と奏汰による緊縛からいとも簡単に歌穂は抜け出していく。そのまま、俺と美玲のことを後ろ蹴りで蹴散らし、奏汰に対してかぶりつく。
「──奏汰!」
その衝撃を殺すことができずに廊下を転がる俺と美玲は、奏汰を救出するために動けずただ声をあげるだけであった。
──猫は液体。
もし、その法則が虎にも当てはまると言うのであれば今回歌穂が俺達の拘束から抜け出したのはそれだろう。それが本当なのであれば、歌穂をフリーズさせて尻尾を抜く必要が出てくる。
もしくは、走り出す歌穂に負けないくらいの体幹と足腰だろうか。
なんとか転がる自分の速度を殺せた俺は、すぐに歌穂の方へと走り出す。
「こん、にゃろぉ!」
美玲は、先程の傷が痛むのか表情を歪めながらも動き出す。無理をするな──とは言わない。
美玲の負けず嫌いは俺も知っているし、俺だって無理はする。だから、止めることはできない。
「奏汰、今助ける──」
俺がそう言い切るよりも早く、奏汰の腕を噛み砕いた歌穂が口の周囲を真っ赤に染めながら俺達の方を見る。
──獣だ。
血の味を覚えて、完全に獣になってしまった。
俺は、直感でそう理解する。痛みか恐怖かわからないけれど、足が竦んで、転びそうになる。
「グラァァ」
吠え、俺の方へと迫ってくる。歌穂の狙いは、完全に俺の首筋に定まっていた。容赦はない。完全に俺を殺すつもりだった。
──死ぬ。
逃げなければ、死ぬ──。
俺が直感でそう理解したその時だった。
「──見つけた」
そう口にして、美玲よりも、白虎よりも──誰よりも早く俺の元に駆けつけてきたのは一人の少女──最愛の恋人である、智恵だった。
その登場を見て、歌穂も本能で何かを理解したのか動きを止める。智恵のことを睨んで、何かを感じ取ろうとしているようだ。
「──智恵」
俺がその名を呼ぶとすっと智恵の体が俺の体を抱きしめる。そして──、
「栄、大好き。助けに来たよ」
俺の耳元で、甘くそう囁いた。
その柔い声は、俺の意識を溶かしていくような、そんな不思議な感覚がした。
智恵のことが好きだな、そう思った。





