7月31日 その㉕
──校庭で睨み合う、2人の男女。
男の方は無愛想な無表情でただ2mを超える長身を持つ女の方を眺め、女の方はマスコット大先生──実際には覆面教師と呼ばれる別キャラクターの被り物をした状態で男の方を見据える。
その巨体は厚底ブーツと被り物で盛られており、実際には160cmも無いほどだ。女の視点は、厚底のお陰で丁度男と一致する。
そんな緊迫した中に入ってきたのが、全て失った少女──秋元梨花であった。
「──誠。助太刀に来た」
乱入してきた彼女は、無表情な男──西村誠の方を見てそう口にする。
誠は、横目で梨花の方を見てただ一言。
「宇佐見は、大丈夫なのか?」
「アタシが蒼より誠の方が心配だから来たの」
「宇佐見より心配されるとは。俺も信頼されていないな……」
「違っ!──もう、いじわる」
誠の戯言に、梨花はそんな反応を示す。少し頬を膨らませて、怒ったような素振りを見せた。
「可愛い反応〜。アンタの彼女?」
「ハァ?誰が誠なんかと付き合う訳!?アタシには──」
そこまで言って、梨花の方が自ずと止まる。表情が少し歪み、その後で彼女は両頬を叩いた。
「──何、急に!?ビックリした」
表情が見えないのでわからなかったか、偽マスコット大先生は梨花の奇行に驚いたような顔をしているのだろう。
「ごめん、誠。今の無し」
「別に俺は傷付いていない。秋元の彼氏は、後にも先にも柏木だけだ」
「──」
平然とそう口にする誠を見ていると、なんだか梨花の方が恥ずかしくなってくる。実際に拓人は梨花にとっての初めての彼氏であったし、心の底から怖くないと思える家族以外の男性だった。
──それで、2人目の心の底から怖くないと思える家族以外の男性は目の前にいて。
「──助太刀に来てくれたはいいが、怪我はするなよ。天国の柏木に夢で何を言われるかわからないからな」
「拓人を夢で見たことがあるの?」
「いや、ない。ないが、柏木のことだから出てきそうだ」
「なんなの、それ」
梨花は小さな声でそう呟く。見れば、目の前の偽マスコット大先生は動き出そうとしていた。
誠もそれに気付いているようで、構えの姿勢を取っていた。梨花の視界の中心で、偽マスコット大先生は飛び出して──
「──来るッ!」
梨花がそう声を上げると、伸びやかな四肢を駆使した軽やかな動きで誠の方へと飛びつこうとする。
誠はそれを梨花の方へと飛ぶことで回避する。
「秋元。俺が隙を作る。その間に動きを止めてくれ」
誠が、目を見ることもなく梨花にそう伝える。
「どうやって」──だなんて、無責任な質問を梨花はしない。自分が何もできないまま拓人は死んで、自分が独断で動いて美沙を失った。
──もう、同じことはしない。
誠の命は絶対に奪わせない。命に換えてでも──とも言わない。2人で勝って、2人で生き残る。
それが、梨花の望みだった。
「お話するなら、ウチも混ぜてよー」
偽マスコット大先生が誠の顎を砕かんと接近してすぐに足を上げる。
「足癖が悪いよ、お嬢さん」
誠は大きく上を向くことでその攻撃を回避すると同時に、下からその足を掴む。
その細く女性らしい足は、誠にとって簡単に持ち上げることができて、そのまま回転するように誠は動き出す。
「──ッ」
誠を中心に回転するので、偽マスコット大先生は投げ飛ばされそうになるけれども、その運命は至極簡単に躱される。
「──すごっ!」
梨花が心の底から驚いたのも無理はない。
偽マスコット大先生は、体を本来はあり得ない角度まで曲げて誠にしがみついたのだ。
まるで背骨がないかのようなその動きに、2人は驚きを隠せない。
「──ウチ、昔はバレエやってたんだよね」
バレエをやっていたからと言って、軟体動物のようなしなやかさを手に入れるとは思えない。だが、彼女は実際にやってのけたのだ。
「──仕方ない」
誠は、肘打ちをして偽マスコット大先生をなんとか引き剥がして、そのまま遠くへと投げ飛ばす。
そして、そのまますぐに彼女の方へと走っていった。一心不乱が大暴れしている影響で、地面が血の海になっているけれど、今はそんなこと気にしている余裕はない。
「ねー、やっぱここで戦うのやめない?ウチ、ここは嫌ー」
「校内で戦うのを提案したのはお前だ。それに、汚れなど気にしている場合ではないだろう」
そう口にして、今度は誠から動き出す。偽マスコット大先生を掴もうと手を伸ばす。だが、それは軽快なステップで躱されてしまう。が──、
「こっちには、アタシがいる!」
回り込むようにして偽マスコット大先生の後方に移動していた梨花がそう声をあげながら拳を振るう。そのまま、偽マスコット大先生に会心の一撃をぶつける──と思われたが。
「だからウチ、バレエやってんだって」
「──ッ!」
空中で腰を180度を超えるくらいまで曲げて、梨花と見つめ合うような形で迫ってくる偽マスコット大先生。その被り物の瞳の奥で、カラコンが光ったような気がして。
「ごめんね。ウチも惚れた男のお願いは叶えたいからさ」
そう口にして、偽マスコット大先生は梨花のことを捉えて地面に叩きつける。地面にできた血の海から血飛沫が舞い、梨花の服を汚したのだった。





