7月31日 その㉑
黄と黒の肉体の体が人のものへと変貌し、一糸まとわぬ裸体の姿に戻っていく。
当の李徴は意識を失っているようで、ピクリとも動かない。
皇斗は、落下してくる愛香を片手でキャッチした後に真胡の方へとパスをする。そのまま、愛香はボスッと真胡の手の中に落ち、バックハグのような形で支えられる。
「ごめんね、愛香ちゃん。しばらく我慢してね」
きっと、プライドが高い愛香にとって現状は最悪と称しても遜色ないだろう。四肢をなくして、こうして真胡に抱かれている。前の愛香なら、噛んででも抵抗していただろう。が、今の愛香は──
「──この状況で妾の我儘が優先されるとは思えない。妾の気を使うより先に、ここから抜け出す方法を考えるぞ」
愛香も、デスゲームを通じて大きく成長しているようだった。無愛想にはしながらも、喚き散らして傲岸不遜に振る舞う様子はない。
「李徴に訊いても教えてもらえない──いや、そもそも伝えられていないかもな。そういう情報の類は」
そうなると、情報を持っていそうなのは1人しかいない。そう、覆面教師だ。
だが、その覆面教師も愛香に喉を掻っ切られて倒れている。とりあえず、喋らないことに違いはないだろう。
──情報なし。
それが、今3人の置かれている状況であった。
李徴を倒しても、覆面教師を退けても結局鏡の世界からは脱出できていない。外からの救出を待つべきか──そう諦めかけた時、一筋の光が鏡の世界に現れる。
「──お前は」
鏡の世界の上空──先程まで覆面教師がいた辺りから現れたのは、1人の青年。
その青年の登場に、その場の誰もが驚いた。だって、そこにいたのは──
「──栄」
「ではない。よく似ているだけで、覆面教師と同じ偽物だ」
皇斗がその名を呼び、愛香がそれを否定する。そこにいたのは、愛香達の知っている栄よりも優しそうで、策謀に塗れた表情をする栄。
「──栄……。どうしてここに、お前が……」
いつの間にか目を覚ました李徴は、天使のようにして現れた栄の偽物に対してそう問いかける。
いつもは、栄のことを「ロン」と呼んでいたのに今は「栄」と呼んでいる。そこに愛香は違和感を覚えたのだけれど、何も口に挟むことは無かった。
「初めまして。って、怖い顔してるね。僕は皆と仲良くしたいのに」
そう口にして「栄」と呼ばれた栄の偽物は柔らかい笑みを浮かべる。その天使のようなスマイルは、愛香達のよく知る栄が智恵と一緒にいる時に浮かべているものと似ていた。
「──貴様は、池本栄なのか?」
四肢を失ったままの愛香が、地に降り立った彼にそう問いかける。すると、「栄」は首の後ろを右手で少し掻きながら「半分正解、かな」と口にする。
「半分正解?」
「うん、半分正解。逆に言えば、半分は不正解」
「──じゃあ、お前は誰だ」
皇斗が、這って「栄」の方に向かおうとする李徴の凹んで流血し続ける頭を踏みつけてそう問いかける。
「──そうだな。僕の名前を教えてあげてもいいけど、僕の友達を虐めるのはやめてくれるかな?皇斗君」
「──失礼した」
覆面教師──それと同様、栄に似た名前を持っている可能性があるから、皇斗は李徴から足を外す。
李徴は、皇斗の方を睨むけれども何か仕掛けるようなことはしなかった。それを見て、「栄」は小さく頷いた後に「ありがとう」と口にした後に、こう名乗る。
「俺の名前は池本栄。漢字で書いたら栄だけど、実際の読み方はロンだ。だから、池本栄は半分正解。わかってくれた?」
「理解したよ、ありがとう。貴様は栄ではないのだな。なら、死ね」
愛香がそう口にすると同時、皇斗が動き出してロンの顔面に向けて強烈な蹴りが繰り出される。即死級の一撃は、ロンの頭に激突し──
「──させ、ねぇッ!」
──ない。
ロンと皇斗の間に一つの影が入り込み、鈍い音がする。ロンを庇うようにして抱きしめ、皇斗の足からロンを守ったのは李徴であった。
「栄……怪我、ねぇか……?」
「僕は大丈夫。だけど、けど……!」
「へへ、そいつはよかった……己のこたぁ、気にすんな……」
そう口にして、李徴は笑みを浮かべて目を細める。そのまま、瞼は重くなり、ゆっくり命が閉じていき──、
「──これで、君達は満足かい?」
「あ?」
皇斗がロンから距離を取り、死んだ李徴を抱きかかえるロンのことを睨む。すると、ロンも皇斗のことを睨み返した。
「僕の仲間を殺して、君達は満足なのかって訊いたんだ!」
ロンはそう口にして、李徴のことを右腕に抱き寄せたまま立ち上がる。その目に涙が見えないのは、愛香達のよく知る栄と一緒だった。
「──満足も不満足もない。こっちの作戦に李徴は生死を問うていなかったし、そもそもさっきはお前を殺すつもりで動いたからな」
皇斗がそう答えると、ロンの顔面が歪む。だが、それ以上言葉を吐き出すことはなくガックシと肩を落とした。
「──そうか。やっぱり、君達とは話にならないね。僕の仲間が、君達の仲間の命を奪ってくれることを願っているよ」
「──それって……」
「やはり、現実世界の方も攻められているか……」
真胡は驚いたような顔をして、皇斗は納得したかのように無表情なままそんなことを呟く。
「じゃあ、僕はもう帰るよ。そっちの栄君によろしく伝えてくれ」
一連の事件の黒幕はそう口にすると、悔しそうな顔のまま鏡の世界から消えていく。
「ねぇ、皇斗」
「なんだ?」
「僕の仲間が、君達の仲間の命を奪ってくれることを願っているって言ってたけど、皆は大丈夫かな……」
「──そうだな」
「安心しろ、真胡。あんな栄とは違って、妾達の栄は仲間を殺されるようなヘマはしない。だから、大丈夫だ」
皇斗が口ごもって返事に困っていると、愛香が代わりにそう返事をする。愛香のその言葉を聴いて、真胡も安心したのか表情が柔らかくなった。
──そして、3人は再度鏡の世界の静寂に包まれる。
──現実世界に戻る方法を、3人はなんとかして見つけなければならなかった。





