7月31日 その⑭
どしんと重い衝撃が走り、鈍くて鋭いという矛盾を孕んだような痛みが全身に響き渡る。
腹部にできた裂傷から、赤が滲んでいく。どくんどくんと心臓が跳ね、全身の血管が身震いする。
「──かふ」
状況も理解できないままに、自分の腹部に刺されている刃物の方を注視する蒼。
どれほど深く刺さっているのだろうか、激痛に感覚を支配されている蒼には体を貫かれているような痛みが傷口を震源に全身を駆け抜けているけれども、もしかしたら数センチの浅い傷なのかもしれない。
だけど、これまでの感覚で「引き抜かれたらヤバいな」とは思うのだった。
「──生徒会」
蒼の後ろで、刺した犯人であろう人物の正体が語られる。それが誰の声だったのか、刺された当の本人である蒼にはわからなかったけれど、確かにそう口にしたのは確かだった。
長身瘦躯をマントと被り物で包み、身長を偽ることで正体を隠そうとしている生徒会。
その後方から、1人。また1人と同じ格好の人影が増え続けて──。
「──なによ、これ……」
今度は明確に、梨花のものだとわかる甲高い声が聞こえる。蒼は、腹に刃物が刺さったまま数歩後ろに下がる。
下がれば、後方には大量の人影が見える。その一人一人が鱧音を持っているのであれば、自分はどれだけ串刺しにされてしまうのだろう──などと考えながら、蒼は薄ら笑いを浮かべる。
「──よくも僕を刺してくれたピョンね。成敗してやるピョン、誠が」
強がってそう言ってみるけれども、刺されて異物感が強く残る腹は痛みを訴え続けていた。
「無傷な俺でもこの量を一度に相手にするのを不可能だ」
「じゃあ、どうするの!?」
「逃げる。康太、蒼を運ぶのを手伝ってくれるか?」
「──」
「──康太?」
「──ぁ、ごめん。なんだ?聞いてなかった。なんて言った?」
「蒼を運ぶのを手伝ってくれ」
「わかった」
我に返った康太は、すぐに誠の指示通り蒼を背負う。刺された腹が上に来るようにして、康太は脚を、誠は肩を支えるように担ぎ始める。そして、そのまますぐに生徒会のいない廊下の方へ動き出す。
梨花が、リビングから抜け出すために、廊下へと繋がる廊下を開けて──、
「──キャア!」
そう声をあげて一歩、梨花が後退すると同時に廊下から姿を現したのは、窓際にいたのと同じ生徒会。
のっそりとリビングの中に侵入してきて、少しずつ梨花達の方へと迫ってくる。
「囲まれたな……」
蒼を担いだままで、誠は冷静にそう分析する。誠と康太の2人が蒼を背負っている以上、マスコット大先生を蹴散らす方法を誠は持っていないし、かと言って康太に蒼をお姫様抱っこして運んでもらうのも酷だろう。
「誠、どうする?」
冷静さを欠かない美緒が、誠に指示を仰ぐ。きっと、廊下の方に再び走っても大量の生徒会で埋め尽くされていて途中で動けなくなる可能性がある。そうなると、この家から脱出するためには窓から直接家の外に飛び出すべきだろう。
全員、靴は玄関だ。裸足、もしくは靴下で駆けることになる。向こうが撒菱のようなものを撒いていたら歩くのは困難になるだろうし、そもそも7月末の灼熱のアスファルトの上を裸足で歩くのは地獄だろう。
「──が、命には変えられないだろうな。皆、少々覚悟を決めてくれ」
誠はそう口にすると、康太の方を見る。康太も、全てを悟ったのか頷いて答える。そして、康太は背負っている蒼をお姫様抱っこし直す。
「道は俺が拓く。だから、康太は蒼を頼む」
「勿論。そのくらいは覚悟は十分してる」
「皆も、付いてきてくれ」
誠はそう口にすると、女子陣の反応を見ることなく窓の外の方へと飛び出す。蒼を刺した犯人である生徒会の1人の頭を蹴り飛ばす。頭の被り物がが吹き飛ぶことはなかったけれど、その場でグリンと回転して前が見えなくなったようだった。
「やはり。生徒会の使っている被り物はやはりマスコット大先生のものと同じだ」
誠が思い出していたのは、保健室のベッドでいつか栄から聞いたラストバトルの最終決戦のことだった。
マスコット先生の顔にスプレーをかけたことで、視界を奪った──という話を、この状況で思い出したのである。
「視界を塞げば、一瞬でも隙は付ける。これを利用して逃げるぞ」
そう口にする誠を先頭にして、7人は窓から家の外へと飛び出す。黒いアスファルトから、熱が直接足に伝わってきて火傷してしまいそうだ。
「──が、耐えられない程ではない。こっちだ」
誠は、大量の生徒会の間を縫うようにして道を選び、時には生徒会の視線を封じることで道を用意する。が──
「──ッ!」
誠の蹴りを黒い布で包まれた右手で受け止め、動きを止めた生徒会が一人。これまではなかった動きに対して、誠は驚くことなく冷静に対処する。
「他よりも強い個体か。そうなると、本物の可能性がある──ということかな」
誠が冷静にそう考察する素振りを見せるけれど、相手は何の返事も示さない。
「だが、量で負けている現在戦闘は避けたい。だから、ここは俺に任せて他の皆は先に行け」
「行けってどこに!」
「校舎の中に入れ。蒼を保健室に連れて行けば治療が受けられるだろうし、まだここよりも学校の中の方が生徒会の密度は少ないだろう」
誠がそう口にすると、康太は納得したのか頷いて動き出す。そのまま、他の女子陣を連れて校舎の中へ駆けて行った。
「折角なら俺達も場所を変えないか?やるならば正々堂々、タイマンがいいのでな」
「えー、タイマンがいいの?マジウケる。でもね、いいよ。ウチと一緒に戦っちゃお?」
誠が一人になってそう話しかけると、聞き覚えのない女性の声がして誠は初めて驚きを示す。過去に生徒会は変声機を使っていたらしいが、見ず知らずの人の声を真似するだろうか。
「何ボーっとしてるの?ウチらもいこっ」
誠は声を隠すことをしない相手に対して訝しく思うけれども、誠はその人物と一緒に校舎の方へと移動していく。
「本格的に、ラストバトルっぽくなってきたな」、誠はそう心の中で思うけれどもそれを口に出すようなことはしなかった。
──これから、被り物をした正体不明の人物と誠の戦いが始まる。





