7月31日 その⑬
校舎を歩く。
冷房完備の校舎は、7月最終日でもヒンヤリと涼しく夏特有の不快感はない。
だから、俺達の顔が緊張感に塗れているのは夏が原因ではない。
一歩、また一歩と進む俺達が緊張しているのは白虎と化した歌穂がどこから現れるのかわからないのが問題だった。
この学校には、白虎がいる。
分かりきった事実ではあるけれども、一瞬で人を屍に変えかねないその存在は再確認するに相応しいだけのポテンシャルを持つ。
そんな俺達の役目は、白虎を人に戻すことだった。尻尾を引き抜くことで、白虎は人の姿を取り戻す。
それも、俺達がこれまでに確認してきた紛れもない事実だ。
俺達は、校舎を歩く。
A棟の3階。俺達以外誰もいないのに、ヒンヤリと冷えている校舎の中で、俺達は──。
「──見つけた」
それを正しく形容するのであれば、白い天使と呼ぶべきか。それとも、白い悪魔と呼ぶべきか。
白い体毛に、黒のラインが幾重にも入った白虎──歌穂の姿がそこにはあった。
頭から尻尾までは、俺たちよりも少し大きい2mほどであり、頭から前脚までは1mと通常の個体よりかは小ぶりであるが人と比べれば十分に大きい彼女は、その双眸で正確に俺達を捉えていた。
先程は俺と純介の2人を前にしても、今回はどうだろうか。
「──生で見ると、随分と凶暴そうね」
美玲が、俺の後ろでそう口にする。
「3人とも、いけそうか?」
「ワタシは問題ないわ」
「俺もだ」
俺の問いかけに美玲と稜がそう返事をして、奏汰は静かにうなずく。
「──じゃあ、行こう」
俺を先頭に、歌穂のほうへとゆっくりと進んでいく。歌穂は動くことなく、ジッと目を細めて俺達のことを睨んでいた。俺達の目標は、歌穂の尻尾を引き抜くこと──。
「──来る」
「ガオオオ」
俺が歌穂の動きを予見すると同時、俺の方目掛けて歌穂が飛び掛かってくる。その鋭い爪が俺の方へ襲いかかる。あれに引っ掻かれれば、一溜まりもないだろう。
「──奏汰」
「任せて」
俺が後ろに飛ぶと同時、俺の右側から歌穂の左腹に拳を振るうのは奏汰であった。柔道の達人である奏汰とはいえ、流石に白虎に対して技を使うことはできないようだ。まぁ、関節など色々なものが違うから仕方ないだろう。
「──よし」
空中へと飛び上がっていた歌穂は、横から殴られたことにより、俺から見て左側の壁の方へと弾かれるように吹き飛んでいく。すかさず、稜が歌穂の尻尾の方へと手を伸ばすけれども、「触らないで」と言わんばかりに歌穂は尻尾をニュルリと動かして稜の手を回避する。
「──やっぱり、そう簡単には無理か」
尻尾が取れないと判断すると、すぐに稜は後方に飛んで反撃を避ける。だが、歌穂はすぐに反撃を示すような気はなく体を大きく振るっては体についたゴミを落としているようだった。
先程の攻撃を攻撃と思っていないような、強者の余裕を感じる。
「──もう一度、かな」
だけど、先程の一撃の効果が薄そうであった以上、一瞬の隙をついての攻撃は難しそうだった。
「次は全員で行こう。一人でも尻尾を掴むことができれば、俺達の勝ちだ」
できる限り歌穂を傷つけたくないという意見は、俺達の根底で共通している。そのため、歌穂を血みどろにして動かなくなったところを捕らえて、尻尾を引き抜く──などと言ったことは考えていない。
だからこそ、俺達は数という最大限の利を利用して、歌穂の方へと全員で飛び掛かり──、
「──あだっ!」
軽やかな身のこなしで、歌穂は飛び上がり俺のことを踏み台にして囲まれていた状況から抜け出す。
その態度は、まだ俺達と戦う気がないかを示しているかのようだった。きっと、虎になった当初の歌穂であれば俺に噛みついて来ていたはずだった。
「目的が読めないな……」
「まさか、歌穂もマスコット大先生の偽物みたいな感じで、ワタシ達とは違うデスゲーム参加者の影響を受けてたりする?」
「違うと信じたいけど、俺が失神してた時は鏡の世界で何が起こっててもおかしくないからな。その可能性もあるかもしれない。けど、意思疎通ができない以上判断はできないな」
歌穂と言葉を交わさないため、俺たちがいなかった時の歌穂の行動は全てが不明だ。そもそも、いつこっちの世界に抜け出してきたのかすらわかっていない。
でも、もし別のデスゲーム参加者の影響があったなら、デスゲームのクリア条件の鍵を持っている歌穂を現実世界に追い出すようなことはしないだろう。鏡の世界への出入り口である鏡を割った今、歌穂が現実世界に来ていなければ鍵を手に入れる術を失っていた。
「──でも、歌穂の方にも企みはありそうだ」
「野生の勘かもしれない」
「人の手で白虎にされたのに野生の勘があるの?」
「さあ。適当言ってるだけだから気にしないで」
稜が、美玲の素朴な疑問に困ったように返事をしている。
お互いに殺し合いをしていない以上、少し緩慢な空気が流れていた。が──、
「──ッ!」
まるで、そんな空気を狙っていたと言わんばかりに果穂の目は途端に鋭くなり、それと同時に一瞬で俺の方へと距離を詰めてくる。
回避行動を取ることもできずに、俺はその鋭利な爪の餌食になり──
「──させるかッ!」
俺の肉に爪が食い込むよりも早く、奏汰が俺の腕を引いて半ば強引に──それこそ、投げ飛ばすようにしてその場から引き剥がす。
勢い余って、先程まで俺が立っていたところを白虎の巨体が歩く。
──心臓の鼓動が早い。
「すまん、油断してた。ありがとう」
俺はすぐに奏汰に感謝を口にする。奏汰は、俺の方を一瞥もせずに「いいんだ」と言葉を吐いた。
──全員を包んでいた空気が、一気に張り詰めるのを俺は肌で感じる。
──白虎戦が本格的に始まったことを、俺は自覚した。もう、気は抜かない。





