7月31日 その⑪
「ど、どうして殴るんですか!」
B棟の廊下を派手に転がった後、少し凹んだ被り物を擦りながら、俺の方を糾弾するような目で見るのはマスコット大先生。
白を切るようだが、俺はもうこの目で見たのだ。校門の外に大量発生して、学校の中にも侵入しているマスコット大先生の大群を。
何が理由で発生したイベントかはわからないけれど、ここで一人でも数を減らすことができればミリ単位どころか、ナノ単位かもしれないが少しは前進できる。千里の道も一歩から、だ。
「池本栄君、アナタは多分勘違いをしていそうです。ストップ、ストップ!」
「勘違いだぁ?」
マスコット大先生のことだから、親殺しは人間三大禁忌に抵触しますよ──などといったことを言うのだろうかと考える。だけど、ジャンプ主人公は親殺しをしている人も多い。ここで日和っているようでは──
「増殖しているのは私ではありません!だから一度その拳を下げて!」
「──は?」
俺はそう口にするマスコット大先生の真意がわからずに一瞬動きを止める。
それを待っていたかと言わんばかりに、その被り物の奥がキラリと光り、マスコット大先生は俺の方へと飛びかかってきて──
「──だなんて、私がそんな暴力を振るうわけないじゃないですか。Chu!」
「──ッ!」
マスコット大先生は、被り物をしたままであるけれど俺とキスをする。
俺が、マスコット大先生を拒むように跳ね除けるとマスコット大先生は再び同じ体勢で倒れた。
「──これで私が村田智恵さんと森愛香さんに次いで3人目のヒロインですね」
「実の親父がヒロインとか考えたくもないからやめてくれ!」
こんなくだらないことに付き合っている時間はないのだ。今の一瞬で殺傷沙汰にならなかったのであれば、マスコット大先生は少なくとも俺に対して敵意はないのだろう。
「もう、こっちは大変なんですから。邪魔しないでください!」
俺は、そう口にして仲間探しに戻ろうとすると──、
「待ってください、池本栄君。私の方でも重大な問題を抱えているんです」
「そんなのデスゲーム運営の先生1人で対応してください」
「それができないから困っているんです。この問題は、池本栄君──アナタ達デスゲーム参加者にしか、良くも悪くも解決できない」
自分の失態が問題を引き起こしたと言うのに、そうやってカッコつけるマスコット大先生に少しイラッとする。
「──で、問題ってなんですか?こっちはただでさえ時間がないので早くしてください」
「おお!解決に手伝ってくれる気になってくれたんですね!ありがとうござ──」
「そう言うのいいから!」
少しでも気を抜くと中身のない会話を繰り広げようとするマスコット大先生には、ため息さえも出てこない。それが人に物を頼む態度かよ、と言いたいけれどもそんなことを言ったらまた話が横道にそれてしまいそうな気がしたので、ここはグッと拳を握りしめて言葉を堪える。
「──端的に説明します。先日、私は会長会議を我々冷戦と喩えたことは覚えていますか?それが、言ってしまえば世界大戦に切り替わりました」
「──ッ!ってことは」
「池本栄君の思った通り、あの被り物の大群は私ではありません。他のデスゲームの運営と参加者です」
色々と訊きたい事はあるけれど、今はそれをグッと飲み込む。
「このまま私達が敗北したら、デスゲームが全員死亡で終了して会長会議に参加するまでもなく、終わります。そして、私が参戦したらどっちもどっちと言うことで有耶無耶にされます」
「でも、マスコット大先生が動かず俺達がなんとかすれば、逆に相手を追い詰められる──ということですか?」
マスコット大先生は静かに頷き、俺は先生の考えをそれとなしに察する。
「これは会長会議で有利に動くためにも必要なことです。池本栄君は勿論協力してくれますよね?」
俺は、少し判断に迷う。首を縦に振るうのは簡単だが、行うのは難しい。それに、俺達のツートップである皇斗と愛香の2人が閉じ込められている現状、戦力は半減──いや、7割減してると言ってもいいかもしれない。せめて、その戦略の埋め合わせは欲しい。
「先生の話は承りましょう。ですが、一つ条件があります」
「条件?」
「過去の生徒会メンバーを1人、派遣してください。名目上は七不思議の敵役という形で構いません。その1人に、学校に入ってきた大量の侵入者を倒す手伝いをさせて欲しいです」
俺はそんな条件を出した。俺達ができる限り楽できて、勝つなんの問題にもならなさそうな妥協点。
「──わかりました。池本栄君の案に私も乗っかりましょう。その代わり、対処はそちらに任せていいということですね?」
「はい」
俺はわざと力強く返事をして、首をゆっくりと縦に振るう。これは、俺なりの覚悟の表明だった。
「──池本栄君であればそう言ってくれると思いました。彼らを退けることができれば、先程私を殴ったことも不問にしてあげます。それでは、頑張ってください」
そう口にして、マスコット大先生は姿を消す。
その後、俺は奏汰と美玲の2人と合流して昇降口の方まで移動した。
──白虎、そして侵入者の大群との決戦はすぐそこまで迫っていた。





