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7月31日 その⑨

 

「──な、なんだよ。これぇ……!」

 一人、自分の個室にある窓から外を眺めて震えているのは1人の負のオーラを纏い、紫色の髪を持つ小さな少年──成瀬蓮也。


 窓の外に映るマスコット大先生の大群に、焦りと恐怖がぐちゃぐちゃになった感情を剥き出しにする彼は、そこから動くこともできない。


 ──逃げられない。

 今から、部屋の外に飛び出してもマスコット大先生の大群に飲み込まれてしまうだろう。

 その手に刃物があれば刺殺されてしまいそうだろうし、そうでなくても圧殺されてしまう可能性は存在していた。


「──どうしよう、どうしよう……!」

 蓮也はその小さな頭を必死に回してみるけれど、何も状況が改善しそうな結論は出てこない。

 安心が崩れていく音がする。会長会議になんか関わるもんか──そう考えていた彼にとって、夏休みは強制のデスゲームのない楽園のような期間だと考えていた。

 だが、言うまでも無く短慮であった。強制でなくとも、マスコット大先生自身が動いて危害を加えてくるのだ。


 ──自分の部屋から出ない。

 それが最大の防衛手段であることを自覚した彼は、マスコット大先生の大群が消え去るのを部屋の中で待ち続けた。


 ***


「どうなってんだよ……」

 校門の外で無限に増え続けるマスコット大先生は、次第に校門の外を埋め尽くして行って遂にはデスゲーム会場に侵入していた。

 それは、事実上のデスゲームの崩壊を意味しているだろう。

 これまでのデスゲームでは起こらなかった出来事に、俺と純介は啞然とすることしかできなかった。


 状況を理解するために、マスコット大先生に会いに行く。

 それも一つの手かもしれない。だけど、俺はネズミ算式に増えるマスコット大先生を見て、会話が通じるとは思えなかった。


「──純介、俺達はどうすればいいと思う?」

「そうだね……歌穂が鏡の世界を抜け出してこっちの世界にいることがわかったし、一旦皇斗達と連絡を取りたい。2人なら、この状況を見ても瞬時に最前の判断ができるだろうし」

 そう口にする純介は、今の自分には最前の判断ができないと宣言しているように見えた。

 俺は静かに頷いて、近くのトイレから鏡の世界に突入することを目標にする。が──


「──割られ、てる?」

 トイレに散らばっているのは、ガラスの破片。手洗い場の鏡は粉々に割られており、鏡の世界に移動することはできなさそうだった。


「一体誰が……」

「栄、他のところを見に行こう」

 純介はそう口にするとすぐに他の所を見に行くことを提案する。俺は、「ごめんなさい」と念じて隣の女子トイレの扉を開けた。

 薄いピンクの壁の内装は、初めて見る風景だった。俺の視界はトイレの壁から、すぐに鏡の方へと移る。

 だが、そこも男子トイレと同様に割られていた。


「──おいおい、マジかよ」

 失神から目を覚まして、まだ少し頭痛が残っている俺でも流石にわかる。この状況はマズいという事が。


 簡単に言えば、ハメられた。

 鏡の世界に愛香と皇斗・真胡の3人を押しやって、出口を破壊することで閉じ込める。

 鍵を持っている歌穂自体はこっちの世界にいるから、デスゲームクリアに関しては問題がない──という感じだろう。

 生徒会は、面倒な戦力を減らしながら自らが生き残る術を確保してきたのだ。


「──面と向かって勝負しても勝てないからって、卑怯だぞ……」

 俺は、壁をドンと叩く。だけど、自らの無力感に苛まれるだけだった。俺が失神していなければ、結果は変わっていただろうか。俺が歌穂を救うことができていれば、未来は変わっていただろうか──。


「栄、落ち着いて」

 俺の隣に立っていた純介がそう口にする。俺は、少し顔を歪めて純介の方を見る。

 無力感に押しつぶされそうな、醜い顔だったと自分でも思う。純介も、似た顔をしていた。


「僕達がなんとかしないと、つむは──栄にとっての智恵は助けられない。危害が加わる前に、全てを解決しよう」

 純介はそう口にする。智恵の名前が出されて、俺の頭の中の靄がすうっと晴れていくような感じがする。

 勿論、智恵の心配はしていた。だけど、人から言われることでこうも自覚できるようなものなのだろうか。


「──ごめん。驚きの連続で気が動転してた」

「無理もないよ。謝らなくていい」

「ありがとう」


 俺は、男子トイレに戻って割れたガラスの上を歩いて、蛇口を捻り顔を洗う。上履きというものは優秀で、俺の足にガラスが刺さることは無かった。


「──さて、と。行こう。俺達の目標は、歌穂の救出に追加してマスコット大先生の大群を止めること。そのためにも、皆の協力を仰ぎたい」

「わかった。そのためには何をすればいい?」

「校舎にマスコット大先生の大群が来るよりも早く、できる限り多くの人と合流したい。だから、他の皆に声をかけて欲しい。後、純介は歌穂を救出するために必要な鍵を1つ手に入れておいてくれ」

「わかった、再集合は?」

「5分後に昇降口」

「わかった。じゃあ、僕はA棟を回る」

「了解」


 そう口にして、俺と純介は一度分裂して動き始めた。俺が渡り廊下を通ってB棟まで移動すると──


「──いたいた、池本栄君!探しましたよ」

 そこにいたのは、俺の方へ向けて手を振るうマスコット大先生の一人であった。


「──まずは一体!」

「へぶおっ!」

 俺は、容赦なく拳を振るいマスコット大先生の顔をぶん殴る。

 マスコット大先生は、そのままごろんごろんと後ろに2回転してお尻を天に突き上げるようにして廊下に倒れたのだった。

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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